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「・・・蓋、蓋閉めて下さい!」

この場にいる全員が黄色い光に目を奪われている中、突然ジェイドさんが叫ぶように言い放った。

「えっ・・・?」

「ああもうっ!」

苛立ちを隠すことも忘れているのか、反応の薄い教授を一瞥した彼は、浮かんでいるホタルには触れないようにして、素早くテーブルに転がったままになっている古代石を箱の中へと放り込む。そして、乱暴なくらいの動作で蓋をした。

視界の隅で、ルルゼの肩が、びくりと震える。

緊迫した空気の中で突然響いた怒号と、乱暴な音に驚いたんだということくらいは想像がつくけど、それをフォローするだけの気持ちの余裕は、今の私にはなかった。

怖いくらいの静けさに、自分の鼓動の音が耳元で聞こえていて、それが否応なしに緊張感を煽る。

「ジェイドさん・・・?」

言葉を発していないと怖くて、ジェイドさんにそっと声をかける。

すると、彼はゆっくりと首を振った。

「嫌な予感がしたんです。

 ウェイルズ家の庭先で、髪留めから発生したホタルに、もう一方が引き寄せられるように

 やって来たでしょう?

 そして洞窟では、父が青いホタルに触れることが出来たと聞きました。

 なら、ホタルは透過することが出来ないのでは、と・・・」

「密閉してしまえば、ホタルが発生しても出て来ないだろう、という理屈か」

シュウさんがいつもと変わらない声で呟いた。

「・・・なんか昆虫採集みたいだなぁ」

のんびりとした団長の声が聞こえて、ため息を吐くジェイドさんが目に映る。

「ジェイドの理屈が通るとして・・・。

 そしたら、このホタルはどうなっちゃうんだろ・・・ずっとこのまま・・・?」

教授が目の前のホタルから目を離さずに、誰にでもなく呟いた。

もちろん誰にも分かるはずもないから、誰も何も答えない。

私は息を詰めたまま、混乱と冷静さが半分ずつ混在している頭で、この状況でどうすればいいのかを考えていた。

ジェイドさんが箱の蓋を閉めたんだから、旋風を起こすのは論外だ。けど、そうしない場合、ホタルがどうなってしまうのかが分からない。誰も見たこともないし聞いたこともない・・・。

ルルゼが口を開く気配に視線を投げると、彼女が遠慮がちに言った。その視線は、ホタルを見て揺れている。

「・・・あの、気になることが・・・」

「うん、聞かせて」

教授に促されて、彼女が頷いた。

「なんだか、不安そうに見えるんです・・・」

「何か根拠があるのか。

 俺には、光の玉が浮いてるだけに見えるが」

シュウさんの問いかけに、彼女は視線をそちらへ向けて答える。

「・・・どう説明したらいいか・・・。

 私、皆さんと同じ世界は見えないんですけど・・・胸の辺りにある光の具合で、その人の

 気持ちというか、そういうものが分かる気がして。表情、みたいなものでしょうか。

 ・・・それを頼りに、今まで人と接してきたんです。だから・・・」

「ルルちゃんには、ルルちゃんにしか見えない世界があるってことか」

言葉を選びながら話した彼女を見て、教授がひと言添える。ちゃんと話を聞いていたんだろうけど、その目はホタルを捉えたままだ。

それを聞いていたジェイドさんが、ため息混じりにぼやいた。どこか苛々しているようにも聞こえてしまうような、そんな声色だった。

「・・・不安そう、ですか、私達だって、この状況は十分不安なんですが・・・」

不安そう、と彼女が言ったのを聞いた私はふと、あることを思い出していた。鼓動が跳ねる。

「やっぱり、ホタルをもう1つ発生させた方がいいのかも・・・」

「つばき?」

ジェイドさんが、呟いた私を見つめる。

その目は、何を言い出すのかとハラハラしているようにも見えたけど、そんなものはこの際気づかない振りをしてしまおう。今は、この気づきを素直に伝える方が大事なことのような気がする。

「思い出したんだけど、洞窟でね、」

話し始めたところで皆の視線が集まっているのに気づいた。もともと人の視線を集めるのが苦手な私は、怖気づきそうになる気持ちを叱咤する。

「・・・後から発生した方のホタルが、何かを探してるような動きをしてたの。

 それに、私の声に反応したような気もするし・・・。

 でもここで旋風を発生させたら危ないから、星の石から青いホタルを発生させて・・・」

「地震を起こすわけか」

シュウさんの言葉に頷く。そして、教授に声をかけた。

「やめた方がいいですか?」

教授は私の言葉に少し考える素振りを見せてから、目の前に浮かぶホタルを見据えたまま口を開いた。

「どっちにしろ、どうしたらいいのか誰も分からないんだし・・・やってみようか」

言うなり、箱を開けてバラバラバラ、と星の石をテーブルの上に取り出す。大小さまざまに原石らしいものから、綺麗にカットが施されて輝いているものまで、おそらく全部取り出したんだろう。

無造作に散らばった星の石に視線を投げることもなく、彼は箱の蓋を閉じる。古代石のホタルが発生したら、一大事だからだろう。

それにしても、研究室の照明の光と宙に浮くホタルの光を乱反射している様は、本当に星が輝いているように綺麗で、思わず見とれてしまう。

そんな光景に、一瞬緊張感を手放してしまいそうになった私は、視線を星の石から隣の彼女へと移した。

「ルル、大丈夫か?」

「大丈夫・・・」

団長に声をかけられた彼女が、目元を険しくしながら首を振って手を伸ばす。

「これ、と・・・」

彼女は小さな、綺麗なカットが施されて輝いているものと、原石のままになっているものを左右の手に取って交互に目の前にかざした。

その目が迷いなく焦点を定めているのを、私はじっと息を詰めて見守る。

「こっちも・・・少し動いているような気がします」

眩しそうに目を細めて、眉間にしわを寄せた彼女の言葉を聞いた教授が、その他の散らばる星の石をザーッとテーブルの上を滑らせながら一斉に箱に戻した。もちろん、すぐに蓋をして。

「さっきと比べてどうです?」

ジェイドさんが待っていられなくなったのか、言葉をかける。

彼は、ホタルが引き起こしたことの顛末を見届けているのだ・・・抱き抱えた私ごと旋風に吹き飛ばされて、気を失ってしまうところまでは。

だからだろう、彼の目からは警戒心が感じられた。

私はそんな彼の手を握って、緊張に満ちた空色の瞳を覗き込む。

すると彼女へ投げていた視線を塞ぐようにして現れた私と目が合って、彼は困ったような微笑みを浮かべた。私もそれに笑みを返して、彼女の手の中にある星の石に目を移す。

「私も、見てみてもいい?」

「ええ、はい」

「ありがと」

短いやり取りの後、彼女が手のひらを私の方へ差し出してくれる。私はその手の上に乗った石を摘んで、目の前にかざした。

受け取ったのはカットされた方の石で、テーブルの上に浮かぶホタルの光を受けて輝いている。

ホタルは大人しく浮かんでいて、一見するとただの照明なんじゃないかと思えるくらいだ。あまりに変化がないからか、ジェイドさんが肩から力を抜いたのを見てから、私の体の強張りもほとんどなくなっていた。

ホタルを見るのは3度目だけど、今までで一番冷静でいられている気がする。

「洞窟の時は、突然石が光って冷たくなって・・・」

「何が切欠だったんでしょうね。

 ・・・石がエルゴンを内包していることは分かっていますし、嵐・・・天候が変化する

 前にも、空気中のエルゴン値が変化するんでしたよね。父さんの話では」

一緒に石を覗き込んだジェイドさんが、ちらりと教授へ視線を投げる。

「うん。

 たまたま空気中にエルゴンが含まれることが分かって、いろんな場所で計測してみたんだ。

 それで、天候とエルゴン値が関係してることに気づいたんだけど・・・。

 ・・・人為的にホタルを発生させる条件までは、まだ分かってないんだけど・・・でも、

 リアちゃんが渡ってきたのはウチの庭だし、この屋敷も条件に当てはまると思うんだよね」

「・・・ミナが渡ってきたのは、孤児院の渡り廊下だそうです」

シュウさんが呟くように言ったのを聞いて、教授は頷いて続けた。

「その時の話は、ラズさんから聞いてる。たぶん、君のお父さんの形見だっていう古代石が

 起こした嵐で渡って来たんだと思うよ」

そのひと言に、シュウさんが顔色を変える。無表情なことが多い彼が、珍しく動揺しているらしい。

「確かに・・・その頃、やっと母が遺品を整理する気になったと言って・・・。

 あの石の中に入っている小さな花の木を探して、植樹したと言っていました。

 ・・・その木を探すために、形見の石を持ち歩いていたらしいので、ホタルの出現する

 タイミングがあったのかも知れません」

「そっか・・・いろいろ辻褄が合ってきたね。

 僕らの血液の中のエルゴンの型が、古代石の持つエルゴンにすごく近いって、話覚えてる?」

「・・・すんません、オレ達その話知らないから説明してもらってもいい?」

目の前のホタルを警戒するのをやめたらしい団長が、ルルゼに視線を投げてから教授に向かって尋ねた。

ルルゼは、自分の役目は石の観察だとでも言うかのように、自分の手に乗せたものと私が摘んでいるものを交互に見ている。


「そうだね。じゃあ、もう一度確認しようか。

 始まりは、エル君が奥さんを呼び戻したいって僕を訪ねて来て・・・。

 その時は、全く持って何も手がかりがなかったんだよね。

 エル君が図書館で、エルゴンを含むものは人の血液以外にも存在する、という仮説を立てて。

 ・・・ま、僕が書いた本が元になってるから、僕もそれには同意見だったわけだ。

 それで、古代石と星の石にエルゴンが含まれてるっていう話をしたよね。

 その後エル君の目が、金色に光って不思議なことが起きたことを聞いて・・・エル君の持つ

 エルゴン値がケタ違いだってことが分かった。だから、その不思議な現象を引き起こしたのは

 エルゴンなんじゃないかって仮説を立てた。魔力みたいなものなんじゃないかって。

 ・・・エルゴンが魔力だってことに関しては、まだちょっと微妙なところだね。

 で、エルゴンについて掘り下げてみようということになって、エル君のことを調べさせて

 もらったんだ。そこで、エルゴンには型があるってことが分かった。

 ・・・ついでに、王立学校にいるオーディエ君の血液も分けてもらったんだけど・・・。

 そこで、エルゴンの型は血縁関係にある人間同士、酷似することが分かった。

 しかも、この世界の人間のエルゴンの型が、古代石のそれにものすごく近いこともね」


「なるほどねぇ・・・」

教授の話に、団長がため息を吐く。

「とりあえず今話した内容に関しては、僕らは共有していたことで・・・。

 これは、まだちゃんと話したことがないんだけど、ルルちゃんの話の裏づけになるかな。

 少し前に、ジェイドとリアちゃんに採血してもらったよね。

 ジェイドと僕のエルゴンの型は、ほとんど同じだった。で、リアちゃんの方は、星の石と

 よく似てたよ。

 きっと、ルルちゃんが人に宿るホタルが親子で似てるって言ってたのは、これだろうね。

 それに、古代石にはこの世界の人間のホタルが、星の石には渡り人のホタルが宿って、

 次の器に宿るのを待ってるってことなんじゃないかな。

 星の石に関しては、渡り人の命が、この世界の循環の中に入るために存在してるような

 気がするんだけど・・・ま、その辺りはいいか・・・ええと、それから、ホタル同士が、」

「リアさん!」

話に聞き入っていた私の隣で、小さな悲鳴が上がった。

突然のことに肩をそびやかした私は、慌ててルルゼを振り返る。

「・・・何?!」

思わず大きな声で反応してしまったことなど意に介さず、彼女が私の手を指差した。

「それ、出てきます!」

言葉の意味を理解するより早く、摘んでいた星の石が光り始めているのを見て息を飲む。

一度見たことがあるから落ち着いていられるのか、鼓動が速くなって呼吸が浅くなっているのに、頭のどこかが幻想的で綺麗だなんて、可笑しな感想を抱いてしまう。

「つばき、早くテーブルの上に」

呆けてしまっていた私に、硬い声でジェイドさんが言うのが聞こえる。

指先が、だんだんと冷たさから痛みへと変化してきたのに耐えられなくなって、私は放り出すようにしてテーブルの上に星の石を転がしていた。

すると、ほのかに青白い光を纏った石から光の玉が浮かび上がる。

「同じ・・・あの時と・・・」

「うん」

思ったことがそのまま口をついて出た私に、洞窟で一緒に同じものを見た教授が相槌を打ってくれる。でも、あの時とは違って声がしっかりしていた。

「まぶし・・・っ」

ルルゼが目元を押さえて呟いているのを片方の耳で聞きながら、黄色いホタルがフラッシュのように一瞬強い輝き放ったのを見て、はっとする。

あの時、確か・・・。

「・・・たぶん、ぶつかった瞬間に空気の塊みたいな衝撃が来・・・っ」

私は強い光の残像が残る視界に、顔を顰めながら言おうとして・・・間に合わなかった。


ぶわっ、と空気の塊がぶつけられたような衝撃に、一瞬息が詰まる。

その衝撃に思わず目をぎゅっと閉じた私は、周りで書類がばさばさと舞っている音を聞き取っていた。

肺に無理やり酸素を押し込まれたような感覚に苦しくなって、咽てしまった私の背を大きな手が擦ってくれているのを感じ取った。ジェイドさんだろう。

そして、生理的な涙が目じりに零れそうになりつつもホタルのあった場所に視線を投げる。

そこには緑色に変化した光の玉が浮いていて・・・。

「ルルゼ、この色だよね。孤児院で地震の前に見たっていうの・・・」

「ええ、これ。こうやって生まれた光だったのね・・・」

大量に積まれていた書類も埃も一緒くたに舞っている中、彼女が呆然と呟く。

そして、その次の瞬間。


ぱしゃんっ


水風船が割れるような音がしたかと思えば、光の玉が雨になって降り注いだ。

私達の体を通り抜けて、床へと染み込んで消えていく様子に、シュウさんが呆然と呟く。

「なんなんだ・・・」

シュウさんだけじゃない。ジェイドさんも団長も、ルルゼも、どこかぼんやりと光の雨が降ってくるのを見つめている。

洞窟で同じものを見た時の自分を見ている気分になった私は、この後に起こることを思い出そうとしていた。

・・・そうだった、私、ここで気絶したんだった。

大事なことを覚えていない自分にがっかりしつつ教授を見遣ると、彼は表情を硬くして私達を見渡す。

「呆けてないで。これから地震が起きる」

言い終わった刹那。

かたかた、コトコト、とテーブルに置かれている石が揺れ始める。

目まぐるしく変化していく状況に、頭がついていけなくなりそうだ。

そんなことを考えていると、大きな揺れがやってきた。

ぐらり、と自分の頭が前のめりになるのが分かって、思わず隣にいたジェイドさんにしがみつく。すると彼は、私の頭を抱え込むようにして覆いかぶさった。

苦しい。でも、そうしてもらっていないと、大きな揺れの怖さに打ち勝てないのも分かっている私は、必死に息を詰めて速く強くなる鼓動を宥める。

周りで何かを言う声が聞こえるけど、それが教授やシュウさんの声だということくらいしか分からない。何を言っているのかなんて、聞き耳を立てるだけの余裕なんかなかった。

がたん、という音の後に、バラバラバラ、と大粒の雨が窓に打ち付ける時のような音がした。

「・・・あぁっ!」

そして、ひときわ大きな声がしたかと思えば、がばり、とジェイドさんが離れる気配がして空気が頬に当たる。

閉じていた目を開ければ、彼が簡易キッチンの方を指差していた。

「父さん、あれって酒ですか?!」

「・・・あ」

彼の指差す物を見つけた私は、思わず声を出す。

棚の上には、たくさんの瓶が並んでいた。それも、色とりどりのラベル。どれも中身が7割くらいは入っている。

その下には、ストーブだろう。筒型の金属のものの一部分がガラスになっているのか、中で炎がごうごうと燃えているのが見える。

視界がぐらぐら揺れる。ホタルの引き起こした地震が、思いのほか強い。強くなってきたのだ。

「だから片付けろって言ったのに!

 古いストーブは捨てて、エルゴン式のを入れろって何度も言ったじゃないですか!」

ジェイドさんの悲鳴に似た叫びが響いた。

空気の塊が巻き上げた書類が、ストーブの周りにも散らばっている。

・・・もしも。

ストーブがぐらりと傾ぐ。

「床に固定してないの・・・?!」

私の悲鳴が、本や食器、家具が軋む音に紛れて消えていった。

ストーブが倒れて上からお酒の瓶が落ちてきて割れて、周りの書類に火がついたとして・・・。

いや、どちらが先になっても同じだ。瓶の中身がぶちまけられた所に、ストーブが倒れても。

・・・終わった。ここは地下だ。窓なんてない。出口は1つしかない。

思い描いた最悪のシナリオに、鳥肌が立った。思わずジェイドさんを押し退けて、立ち上がる。

「つばき?!」

「だって、消さなくちゃ!」

そして、一歩踏み出そうとして、揺れに足を取られた。

そうしているうちに、がしゃん、と一本の瓶が床に落ちたのが目に入る。

相変わらずストーブは傾いでいて、中の炎が嘲るようにして燃えていた。

転びそうになった私はいつの間にかジェイドさんの膝の上で固定されていて、身動きが取れない。

「ここまできたら仕方ありませんから、万が一火事になったら、出口へ。

 迷わず、騒がず慌てずに行けば大丈夫ですから」

腰の辺りをぐっと掴まれて、耳元で大きめの声を出された私は、何も言わずにただ頷く。揺れで首が動いているようにしか見えなかったかも知れないけど、彼は何も言わなかった。


がしゃん

パリン


こちらの気持ちとは裏腹に、やたらと軽い音を立てて瓶が落ちては割れていく。

幸いストーブにはぶつからない位置だけど、心臓に悪い。

ジェイドさんの腕に囲われたまま、祈るような気持ちで棚の上とストーブを交互に見ていると、だんだんと揺れが収まってくるのが分かる。

私もジェイドさんも、きっとそれぞれが、ほっと息を吐き出した、その時だ。

「あああっ?!」

教授が大声を上げた。

その視線の先は、棚の上・・・なんだろう、あれは。

同じ疑問を感じたんだろう、シュウさんが尋ねる。

彼は地震の間も全く動じなかったんだろうか、いつも通りの無表情な声色だ。

「なんですか、あれは」

「・・・遠い国の、すっごく強いお酒・・・の入った壺・・・」

「はぁ?!」

団長が素っ頓狂な声を上げた。

「・・・中に入った酒の揺れが大きくなったんだろ、落ちるぞ、もうすぐ」

シュウさんが、やっぱり落ち着き払った声で言う。

落ちると言うんだから、落ちるんだろうな・・・そう思わせる声だ。

そんなことを考えていたら、彼の言う通りに壺がバランスを失って・・・落ちた。


ガツン


そんな、重い音が響くとばかり思っていた私は、その光景に目を疑う。

「・・・えっ」

同じようにジェイドさんが息を止めて、凝視しているのが触れ合っている部分から伝わってきた。

「何が起きたの・・・?」

ただ1人、別の世界を覗くことが出来るルルゼだけが、険しい顔をして団長を見ている。

「あ、ああ・・・えっと・・・。

 棚から落ちた壺が、浮いてる・・・中身も、浮いてるんだ」

視線をそこから外さずに、団長が説明する。

「・・・ああ、だから蒼鬼さまのホタルが、広がって見えるのね」

そのひと言に食いつきたい気持ちを抑えて、私はシュウさんと壺を見比べる。

棚から落ちたはずの壺が、空中に浮いたままになっているのだ。中身も、ほんの少し出ているけど・・・それも、無重力空間にぶちまけたかのように、水の玉になって浮いている。

いや、浮いているけど、ゆっくり、ほんの少しずつ落下してきていた。

「ちょっと黙ってろ、気が散る」

私達を一瞥して立ち上がったシュウさんは、浮いている壺を片手に収めて、飛び散った飛沫をもう片方の手の平に集めていく。

手についた液体を口に含んでいるのは、ただ単に飲んでみたいと思ったからなんだろうか。

顔を顰めた。まずかったのか。

「・・・エル君、それが君の言ってた、目が金色に光るっていうやつ・・・?」

呆然と尋ねた教授の言葉に、シュウさんがあっさり頷く。

「そうです」

その目と体の輪郭が金色の光を帯びているのを見た私は、洞窟で見たものを思い出していた。

・・・確か、金色の目をした人間が描かれていたはず・・・。



「あ・・・」

さっき意味深な発言をしたばかりのルルゼが、何かに気づいたのか口を開いた。

シュウさんの変化に緊迫していた雰囲気のまま、皆の視線が彼女に集まる。その視線を感じるというよりは、それぞれの持つホタルを見ていたんだろう、彼女の顔が強張った。

「ごめんなさい、あの・・・」

そう言って、指を指す。

「え、私?」

指された私は、間抜けな声で訊いた。

「違うの、あの、なんだろう・・・そこは頭かしら・・・?

 あと、地震の最中に石の転がる音がしたんですけど・・・」

「頭・・・?」

「あ・・・しまった・・・」

ジェイドさんと教授の声が聞こえて、私は顔を顰める。

一体何の話をしてるんだ。

「・・・あああああ、またですか・・・?!」

彼女の言葉のまま、私を膝に乗せていた彼が悲鳴じみた声を上げる。

「何、なになに?!」

滅多に取り乱さない彼が上げた悲鳴に、私も心が不安定になってしまう。

思い切り振り返れば、今度は教授が息を飲んだ。

「・・・ストーブ消してくる!」

「だから何?!」

穏やかじゃない、しかも何かに備えるような動きをした教授に不安を煽られた私は、シュウさんと目が合う。

もういつもの彼に戻ったのか、瞳も体の輪郭も光ってはいなかった。

「諦めろ」

鼻で笑われたら、もうダメだった。

「ちょっと!

 いい加減に・・・!」

「オレ、ドア開けてくる」

「危険なものが転がってたりしませんか?」

私の非難も綺麗に無視するつもりなのか、団長とジェイドさんが交互に言う。

「・・・よし」

最後にシュウさんがひとつ頷いて、教授と団長がもといた場所へと戻ってくる。

ジェイドさんは、どういうわけか私の腰をきつく抱いて、息を飲んだ。

「だから・・・あ・・・?!」

頭に熱を感じたのと同時に、テーブルの上に転がるいくつもの古代石を見て、やっと事態を飲み込んだ私は絶句するしかなかった。








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