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「・・・大丈夫か・・・?」

紅の団長の控えめに紡いだ言葉が、ゆっくりとその場に漂って、ルルゼが頷く。

「ちょっと、眩しかっただけ・・・」


「ごめんね・・・大丈夫?

 今あったかいタオル持ってくるから、ちょっと待ってて。

 ・・・あ、そこ、ソファの上の物を適当にどかして座れる人が座って」

教授が言いながら広い部屋の隅の方へ走って行った。

物だらけなのにどうして転ばないのか不思議に思いつつ、とりあえずその疑問を頭の隅に寄せた私は、ジェイドさんとシュウさんが作ってくれたソファのスペースにルルゼを座らせる。

まだチカチカと光の残像が見えているんだろうか、彼女は目元を押さえたままだ。

私は自分も彼女の隣に座って、そっと背中を擦った。

物だらけ、書類だらけで身動きひとつにも気を遣うような部屋の中、ジェイドさん達も積み上げられた書類をどけて、適当な椅子を持ってくる。

そして腰掛けたところで、教授が湯気の出ているタオルを持って来てくれた。

「はいルルゼちゃん、これで目元を暖かくしてて。

 リアちゃんお願いね」

「はーい」

「・・・あ、ありがとうございます」

「ルルゼ、熱かったら無理しないで言ってね」

「うん・・・ありがとうリアさん」

受け取ったタオルから、ふわりとハーブの香りがしたのに気づいた私は、教授がいろいろ考えた末であんなに石を並べていたことに思い至った。

その表情を窺おうとそっと視線を投げると、それに気づいた彼が困ったように眉毛を八の字にして微笑んだ。

・・・この人も、ジェイドさんみたいに痛い思いをしながら補佐官をしてきたんだ・・・。

前触れもなく漠然とそう感じた私は、言葉も何もかもを飲み込んで、タオルを目元に当てているルルゼの横顔をただじっと見つめていた。



「それで・・・」

最初に口を開いたのは、紅の団長だった。

ルルゼの返したタオルをどこかに置いてきた教授が、椅子の上に置いてあった書類を思い切り雑な動作で場所を移してから腰掛ける。

石を入れた箱には蓋がしてあって、ルルゼが眩しく感じるような状況を作らないように気を遣ってくれたようだ。

「彼女に何をしたの?」

団長の声には棘が含まれていて、彼女に害になることをされたと憤っているのが分かる。

すると、答えたのは教授ではなくルルゼ本人だった。

「目の前に光がいっぱいあって、それが眩しかっただけ」

普通に答えているように見えるのに、その声は硬くてどこかよそよそしい。

言われた方の団長も、どうしたらいいのか分からないというように呆然と、それでも呟きを漏らした。

「・・・光って・・・」

「見えたんだもの、本当に」

その言葉が癇に障ったんだろうか。ルルゼが苛立ちを隠さず言い捨てる。

漂い始めた不穏な空気に、私は慌てて彼女に向かって尋ねた。

これはもう、本題に入ってさくさく話を進めていかないことには、延々と痴話喧嘩をハラハラしながら見守る羽目になる。

「ごめん、もう1回確認ね・・・見えたんだよね?」

「ええ」

間髪入れないひと言に、私と教授は顔を見合わせた。

ジェイドさんとシュウさんは、そんな私達を静かに見ている。

「見て欲しい物があるって、言ったでしょ?

 あれね、さっきルルゼが眩しいっていった光のことなの」

「・・・そうなの?」

肩透かしを食らったとでも言いたげな彼女に、思わず苦笑してしまう。

部屋を出る前は緊張して、でも頑張ろうと思ってくれていたみたいだし、拍子抜けしてしまったんだろうか。

私は肩から力を抜いたらしい彼女を見てから、ちらりと教授に視線を走らせた。

「うん。

 でも、あんなに一気に見せることなかったと思うんだけどね」

すると、私の視線を受けた教授が苦笑して言葉を引き継ぐ。

「それに関しては、謝ったから許してくれると嬉しいなぁ。

 君の咄嗟の反応が見たかったんだ・・・おかげでリアちゃんの話を信じられそうだよ」

「・・・え?」

君、というのが自分を指すと分からなかったんだろうか、彼女は教授の言葉を聞いてしばらくして、そう声を出した。

「信じるって・・・?」

半ば呆然と呟いた彼女の顔に、戸惑いの色が浮かぶ。

私は思わずそんな彼女が膝の上で握った手に、自分の手を重ねた。片耳に、彼女が息を吐く音が聞こえてくる。

そんな様子を感じ取りながらも教授と目が合った私は、彼よりも先に口を開くことを選んだ。

「うん。

 その前にひとつ聞いとくね。

 さっき見た光と、この場にいる私達の中にある光は、同じだったと思う?」

質問に、彼女の手がぴくりと動く。

息を詰めて答えを待っていると、彼女が息を吸った。

「ええ、同じ・・・人がたくさんいるのかと思った」

「・・・やっぱり」

教授が呟いて、ルルゼの手がまたぴくりと動く。

「大丈夫だよ、あれは人じゃない」

「石ですよ、古代石と星の石」

「もったいぶって話をするのは、可哀想だと思いますよ」

ジェイドさんとシュウさんが交互に言葉を放って、教授が肩を竦める。

私はそんな3人に苦笑しているところで、隣の彼女が息を吐いたのを聞いたジェイドさんが、そっと囁いた。

「すみません、うちの父が。

 ・・・面倒でしょうけれど、もう少し我慢してやって下さいね」

「ごめんね、ちょっと複雑なの。

 ・・・さっき話した、私の従姉妹を呼び戻す方法のために、確認したいことだったんだ」

こくりと頷いた彼女は、私の手を握ってゆるゆると息を吐いた。どうやらずっと、気を張っていたらしい。

その様子を見た私がジェイドさんを振り返ると、彼は微笑んで頷いてくれた。私もいつの間にか緊張していたらしく、彼の顔が目に入った途端に肩の力が抜けていくのを感じる。

思わず頬を緩めて見詰め合っていると、彼女がふと思い出したように言葉を紡いだ。

「じゃあさっき片付けるって言ってた物は、古代石と星の石?」

「うんそう・・・あっ」

ぼんやりした思考のまま曖昧な返事をしていた私は、はっと我に返った。ジェイドさんから視線を剥がして、彼女を見つめて口を開く。

自分でも、早口になるのを止められなかった。

「何色の光だった?黄色と青?」

「え、あ、うん。黄色と、青だったわ」

「ああじゃあやっぱり、ルルゼが見てるのはホタルだったんだ・・・!」

「ホタルって・・・あの、死者の思いが目に見える形になって彷徨ってるっていう、あれ?」

「そう、そのホタル」

会話を止めて教授に確認を取るのがもどかしい。絡まった結び目が、もう少しで解けそうな歯がゆさと期待感に、いつの間にか私は彼女と話をすることに夢中になっていた。

「リアさんは、ホタルを見たことがあるの?」

「うん。

 その時はジェイドさんも一緒でね。別の日には教授と一緒だったんだけど・・・。

 とにかく、ホタルが古代石と星の石から発生する場面を目撃したのね。

 で、黄色いホタル同士がぶつかると嵐が起きて、結果、渡り人がやって来るみたい。

 黄色いのと青いのがぶつかると、緑色の光に変わって、地震が起きる・・・って、

 ルルゼは孤児院で地震の前に緑色の光の線を見たんだよね?」

「うん、見たけど・・・。

 ・・・あ、じゃあ、今この部屋にあるホタルは大丈夫・・・?!

 黄色いのも青いのも、たくさんあったけど・・・!」

「それに関しては、たぶん大丈夫でしょう」

ルルゼの悲鳴に近い台詞に、ジェイドさんが横から穏やかな口調で言う。

「手当たり次第でホタルが発生するとしたら、今頃産地では大騒ぎですから。

 これまでの目撃される機会が少なかったことを考えると、ホタルが発生するのは場所や

 時間に条件があるからだと考えるのが妥当な気がします」

「そうだな」

私には苦手な理由付けも、ジェイドさんにかかれば呆気なくひと言で終わってしまうらしい。

ジェイドさんの向こうでは、シュウさんが頷いていた。

「ミナも1年半ほど、星の石や古代石を身につけていたが、変化はなかったようだから」

「・・・ミナっていうのが、私の従姉妹で、シュウさんの奥さんなの」

彼女が耳にしたことのない単語だっただろうと、私は彼女に耳打ちする。

すると、彼女が小さく「あ」と呟いた。

「ん?」

私が小さく訊き返すと、彼女はかすかに首を振ってシュウさんの方に顔を向ける。

「蒼鬼さま、ですよね。

 昨日はちゃんとご挨拶しなくて、ごめんなさい」

何を言うのかと思えば、その小さな口から出てきたのはただの挨拶で、私は内心首を捻りながら彼女の言葉を聞いていた。

シュウさんも、よく分からないけど・・・といったふうに、曖昧に頷く。

「あの・・・去年の夏・・・」

「夏・・・?」

彼女の視線は、シュウさんの胸元に注がれたままになっていた。

訝しげな表情で、眉間にしわを寄せている彼が首を傾げている。

そんな彼にひとつ頷くと、彼女は続けた。

「ヘイナに、来ませんでしたか?

 奥様・・・ミーナさんと、一緒に・・・」

思わぬ言葉に、シュウさんが目を見開いて絶句する。

それをどう受け取ったのか、彼女は慌てたように手を振った。

「あの、見覚えがあったから・・・!

 蒼鬼さまの光は輝きがものすごく強いんです。だから、昨日すぐ思い出しました。

 奥様の方は・・・」

そう言った彼女の視線が、私に向けられる。正確には、胸元を注視しているみたいだ。

「え?」

突然のことに驚いてしまった私は、若干体を引きながら、思わず声を漏らしていた。

そして、彼女が何かを確認したように頷いて口を開く。

「光の色が青でした。ちょうど、リアさんみたいな色合いで・・・大きさも似てて。

 この部屋に来る前に詳しい話を聞いて、ああそうだったのか、と思ったんです。

 あの・・・蒼鬼さま・・・?」

未だに何も言わない彼のことが気になるんだろう。彼女は窺うような表情で、シュウさんの方へと視線を移した。

呆然としていたらしい彼は、呼ばれてやっと意識を切り替えたようだった。

「ヘイナに行ったんですか?」

「ああ」

ジェイドさんの質問にあっさり頷いた彼は、重く閉じていた口を開ける。

「特にこれといった目的はなかったんだが、ミナが行ってみたいと・・・。

 そういえば、何かを拾ってあげたんだとか何とか、言っていたような気が・・・」

「はい、帽子が風で飛んでしまって、それを・・・」

彼の記憶を辿っているだろう台詞に、彼女が付け足して、それを聞いた彼がさらに呟いた。

「・・・そうだった」

「世間て狭いんですねぇ」

「ああ・・・」

事の顛末を知ったジェイドさんが感嘆すると、それにシュウさんが頷く。

そんな3人を見ていた私は、あれ、と感じた疑問を口にすることにした。

「お姉ちゃんと私の光が似てるってことは、ジェイドさんと教授も似てるってこと?」

そして、思わず口にしてしまった疑問に彼女はにこやかに、しかも間髪入れずに答えてくれる。

「うん、そっくり・・・きっと親子だからね」

そう話す間、彼女の視線は教授とジェイドさんの胸元を行ったり来たりしていた。共通点でも探しているんだろうか。

なるほど・・・と内心で唸っていると、はた、と教授がひと言も喋っていないことに気がついて、私はそっと声をかけた。

さっきから、テーブルの一点を見つめて何かを考えているみたいだけど・・・。

「あの、私ばっかり喋っててごめんなさい。

 勝手に盛り上がっちゃって・・・教授の方で、ルルゼに聞きたいこととか、」

「いや・・・」

控えめにかけた声に、教授はゆっくりと首を振って視線を上げた。

研究が大好きな彼のことだから、きっと自分でもっと聞きたいことがあって話が終わるのをじっと待っていたんだろうと思ったけど・・・どうやら違うらしい。

私は小首を傾げて彼の視線を受け止めると、その目が柔らかく細められたのを見つけてしまって、少しだけ鼓動が跳ねた。

・・・ジェイドさんに似てるのがいけない。

「ありがとね。

 リアちゃんが喋ってくれたから、耳から入ることを整理しながら考えることが出来たよ」

「・・・えっ・・・」

申し訳ない気持ちでいたのに、お礼を言われてしまっては戸惑うのも仕方ないと思う。

だって、教授は研究者で、調べたり裏づけを取ったりするのが仕事なのだ。

それを邪魔している自覚があった私には、彼のひと言は衝撃でしかなかった。

「ホルンの研究室で話をした時は、話の内容をあんなに不安そうに聞いていたのにね。

 口を挟まないように、私の隣でじーっと息を潜めて・・・」

「・・・思わず何か言うたびに、視線が集まると小さくなっていたな」

ジェイドさんとシュウさんから交互に言われて、顔が熱くなってしまう。

なんで今になって、あの頃の話なんかするの。新手の嫌がらせか。

「話の内容を噛み砕いてもらうつもりで、私のこと見上げてましたよね」

一瞬尖りかけた心が、ジェイドさんの空色の瞳が優しく細められたのを見たら、すぐさま凪いでいくのが分かる。

ジェイドさんに関して、私の心は正直だ。小憎たらしいくらいに。

そしてそんな自分に悪態をつきたい気分になっていると、彼の手が私をぽふぽふした。

久しぶりの子ども扱いだ。

今度こそ軽く睨んでやるつもりで彼を見上げれば、甘い微笑みに頬が緩んでしまった。基本的に、甘やかされるのは好きだ。

「つばきとルルゼさんの会話を聞いていて、私も理解出来ましたよ。

 ・・・いつの間にか雛が成長しちゃって、親鳥としては寂しいところですが」

「ジェイドさん・・・」

嬉しさ半分、まだその言い回し覚えてたのという呆れ半分で彼を見つめていると、シュウさんも教授も何故か温かい目をして私を見ていることに気がついた。

まさか親鳥が3人に増えたのかと思いつつ、慣れない視線に戸惑っていると、ふいに教授が言葉を紡いだ。

見据える先には、紅の団長がいる。

「ロウファ、君、大丈夫?」

ルルゼに冷たくされてから、彼は一度も口を開くことがなかった。それどころか、気配すら消していたような気がして、心配になってしまう。

怒りが一周して、落ち着き払ってしまったんだろうか。

「・・・ロウファ?」

反応がなかったからか、教授がもう一度声をかけた。

すると、団長がゆっくりと首を振る。

今までに見たことのない表情をした彼は、開いているのかいないのかも分からないくらい、わずかに口を開いて息を吸った。

「ごめん。今消化してるとこだから。

 ・・・もうここまで来たら、信じるしかないでしょ。だから、もうちょい待って」

さすがに自分以外の全員が、自分の信じないことについて真剣に話しているのを聞いたら、信じようという気になったんだろうか。

それとも、ルルゼの真剣な表情を見て、何か感じるものがあったんだろうか。


本当のことなんか私には分からないけど、でも、ちょっとだけ思い当たることがある。

私もあっちの世界でお姉ちゃんに会えた時に、お姉ちゃんの言葉のほぼ全てを右から左に流していたから・・・。

とりあえず、自分のしたことは棚に置いておいて。

もしこの後、団長がルルゼを傷つけるようなことを言ったらその時は絶対に仕返ししてやろう、と私は心に誓っていた。


・・・たぶんこの思考回路は、ジェイドさん譲りだ。








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