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「ありがと・・・」

お茶のおかわりを受け取って、私は煩く騒ぐ鼓動を宥める。

言われた内容があまりに衝撃的だったから、大きく動揺してしまった・・・。

「ごめんなさい、急にこんな・・・」

「ん、ううん、大丈夫大丈夫」

お茶を啜って首を振った私に、申し訳なさそうに小さくなったルルゼが俯いて呟いた。

「・・・舞い上がって、しまったみたいで・・・ごめんなさい」

儚げに言われると、良心がズキズキと痛む。

相手を苛めているみたいな、おかしな錯覚を覚えた私は、軽く首を振って否定した。

「違うの、ほんとに少しびっくりした、ってだけ。

 ・・・それより、さっき私のこと、渡り人だって言ってたけど・・・」

いっそのこと話題を変えようと、焦点を自分に合わせて言葉を選ぶ。

温かいカップを両手で持っていると、いくらか気分が落ち着いてきたのが分かった。

これなら、少しくらいの衝撃は受け止められそうだ。

ゆっくりと顔を上げた彼女は、言葉を切った私に頷いた。

その視線は、私の顔ではなく、胸元のあたりを彷徨っている。

「ええと・・・それは、ロウファさまから聞いてはいたの」

本人を差し置いて、団長の口から聞かされて知ってしまったことを、申し訳なく思っているのだろう。

彼女は沈んだ声をそっと吐き出して、また俯いた。

「うん、団長なら知ってるもんね。

 それはいいよ、いつかはルルゼの耳に入るだろうし。

 そうじゃなかったら、私も自分で言うだろうし・・・だって、友達だもん」

素直な気持ちを投げかければ、彼女がはっとした表情をして顔を上げる。

・・・きっと、紅の団長はルルゼのために、私の正体を告げたんだろう。彼はそういう人だ。ルルゼが世界の中心で、ルルゼが平和に暮らせるなら、世界は平和。そのためなら、何でもする。

彼とまともに話した時間なんか、ほんの僅かだけど、私はなんとなくそう理解していた。

この世界の男の人は、どこか極端で強引なのだ。

・・・あくまで、私が取った統計ともいえないような統計だけど。

「リアさん・・・」

彼女が呆然と呟いたのを、私は穏やかな気持ちで見ていた。

そう、気持ちはとても穏やかだ。

「うん。友達だもん」

もう一度口にすれば、やっぱり、と腑に落ちた。

初めて会った時は、目が見えないことを知って「可哀想だ」なんて、自分がその立場だったら反応に困るようなことを思ったけど、今は違う。

私はルルゼのことが好き。だから、仲良くしたいし、寄り添っていたい。

「だから、信じるよ」


「私が見えるのは、黄色や青や、緑の光で・・・」

ほんのり雰囲気が暖かくなったところで、彼女が話を始めた。

私はそれに相槌を打ちながら、ところどころ質問しながら耳を傾ける。

「・・・たぶん、人の・・・胸のあたりにあるんだと思うんだけど・・・」

「うん」

「ロウファさまのは、胸の中心のあたりだから、きっと皆そうなんじゃないかと思うの」

「う、うん・・・」

・・・どうやったら、そこが彼の胸だと分かるんだろうか。掘り下げると恥ずかしい話が待っているような気がするから、少し黙って聞いておこう。

「それで、リアさんが渡り人だって聞いた時ね。解ったの。

 今まで青い光も見えていたんだけど、それってすごく珍しいことだったのね。

 ・・・だから、初めてリアさんに声をかけられた時、青い光で驚いて・・・。

 その後渡り人だって知って、ああそういうことだったのか、って・・・」

「そっか、それで。

 じゃあ、今までルルゼが見てきた青い光の人達は、渡り人だってことか・・・。

 ・・・ヘイナで見たの?」

「うん、本当にごく稀にね。

 ええと・・・最近だと、夏のあたりに街中で見かけたけど、それっきり」

「・・・ふぅん・・・」

「リアさんの中の光はね・・・これくらいで、」

彼女が両手で、野球ボールくらいの大きさを作る。

「青くて、つるっとしてる・・・かな」

彼女の目が、私の中を透かして見ているのが分かって、なんだか背中がむず痒い。

そして、視線が合わないような気がしていたのは、ただ単に目が見えていないというだけじゃなくて、彼女がその人の胸の辺りに光の玉を見ていたからなんだと納得した。

「そうなの・・・?」

言われて自分の胸のあたりに手を当てるけど、ただ規則正しい鼓動を感じるだけだ。

つるっとしてる、と聞いて想像するのはガラス玉くらいのもので、それが光って見えているのだと思うと不思議な気持ちになる。

私がそんな感想を抱いていると、彼女はまた話し始めた。

「光は、人によって明るさや形が少し違うの。

 明るくて大きな人もいれば、ぼんやりとしている人もいるみたい。

 元気がなかったら小さくなるし・・・それに、悪いことをしようとしてる人は、

 光がくすんでいたりして・・・」

「・・・気持ちとか、そういうことを表してるってこと?」

思ったままを言葉にした私に、彼女は曖昧に頷く。

「うん・・・私はそう思ってる・・・」

それを聞いて、私は思い至った。

紅の団長が、いつだったか教えてくれたのだ。

・・・いろいろと人の機微に敏感になって、その場にいるのが辛いらしい、と。

「そっか・・・」

思い出したところで、どう言葉をかけたらいいのかは分からない私は、少し温くなったお茶を口に含んで考えを巡らせて、結局知らない振りをしておくことにした。

「それに・・・」

「うん?」

彼女が言いにくそうにしながら、言葉を並べる。

きっと、光が見えることに気づいてからずっと抱えてきたんだろう。

誰かに、幾人の人に話しても何かが変わるわけじゃないけど、自分という器に閉じ込めておけない、溢れ出てしまう記憶や思いがあることを、私は知っている。

・・・私にも、抱えきれなくなってお姉ちゃんに聞いてもらった経験があるから。

私は静かに相槌を打って、彼女の話を聞くことにした。

「お年寄りとか、病気の人が持っている光は、輝きが弱かったりするみたいなの・・・」

「・・・寿命、みたいなものが見えるってこと・・・?」

膝の上で組まれた手が、わずかに震えているように見えた私は、小さな声で問いかけた。

すると彼女は小さく頷いて、息を吐き出す。

そんな彼女の様子を見ていて、私はふと疑問が浮かんだ。

「そういうのが見えるってこと、団長は・・・?」

言葉の代わりに、彼女ははっきりと首を振る。

雰囲気が張り詰めないように、意識して明るい声を出そうと息を吸い込んだ私は、口角を上げて言葉を紡ぐ。

彼女を追い詰めたいわけでも、決断を迫っているわけでもない。これはただの、そう、友達同士のちょっとした打ち明け話。そう思うことにした。

「・・・そっか。

 これから、話す予定はないの?」

冷めたお茶を飲み込んで頭の中が整理され始めたのを感じた私は、真っ直ぐに彼女を見つめた。

けれど、私の言葉に彼女はやっぱり首を振って。

「もうしばらく、黙っているつもり。

 ・・・いつか話さなくちゃとは思うけど、今はお仕事が大変そうだから」

「うん・・・分かった」

きっと、彼女なりに考えてそう決めたんだから、私が気持ちのままにそれを覆そうなんて、お門違いもいいところだろう。

そう結論付けて、私はこくりと頷く。

いつの間にか、彼女が私の胸元を見ていることなど、全く気にならなくなっていた。




・・・そういえば私、話を聞いても気絶しなかったな・・・。

そんなことを思いながら、私は目の前に座ってお茶を淹れ直してくれている彼女を見ていた。

静かな部屋の中で、お湯が湯気を立ち昇らせている様子や、こぽこぽと温かい音を響かせているのを耳にしていたら、自然とこれまでのことが思い出された。

目が覚めて働き始めた脳が、自動再生しているみたいだ。

・・・教授に会いにホルンへ行ってからこっち、目まぐるしい速さでいろいろ分かって、いろいろ調べて、いろいろ驚いて・・・。

ああ、そんなこともあったな・・・と、そこまで振り返った私は、何かが引っかかっているような気がして息を止める。

「あれ・・・?」

無意識に呟いて、首を捻った。

・・・壁画を見に行って・・・壁画を見ていたら、ホタルが発生して・・・。

「・・・ホタル・・・」

「リアさん?」

私が思わず漏らした声に、ルルゼが怪訝そうな声で反応する。

けど、私には彼女の反応を気にかけるだけの心の余裕はなかった。

・・・彼女は、私に青い光が宿っていると言っていた。

この世界の人には、黄色い光。

考えていると、だんだんと呼吸が浅くなっていく。

脳に酸素が回らなくなってしまう・・・そんな自分を、どこか遠くて認識した私は、膝の上で手を痛いくらいに握りこんだ。

・・・落ち着かなくちゃ。もう、気絶なんかしてる場合じゃない。

「・・・リアさん?」

「うん」

少し大きくなった彼女の声に、私は半ば反射的に返事をして、額に手を当てた。

そして、逸れてしまったものを引き寄せるために、集中しようと目を閉じる。

・・・落ち着け、私。

唱えて、深呼吸をする。

洞窟で起きたことをもう一度思い起こして浮かぶのは、ホタルが発生したこと、ホタルがぶつかり合って光が降り注いだこと。

次々に蘇った映像は、断片的だったけど、鮮明で。

その鮮明さに鼓動がひときわ重く強くなったのを感じた私は、思わず息を飲んで、そして、自分が何かを掴みかけたのを感じた。

・・・青い光と、黄色の光。青と黄色が混ざったら、出来るのは緑色。

「ルルゼ・・・」

呼吸をするのに一生懸命だったのか、いつの間にか口の中がカラカラになっている。

気づいたところで、それに構っているだけの余裕のない私は、掠れた声で彼女を呼んだ。

底冷えを感じるように背筋に伝う寒さは、私の中の青い光が感じる本能なんだろうか。

自分では絶対に見えないはずなのに、その存在を知ってしまったら、今それが頼りなく揺れているような気がしてならなかった。

「なあに・・・?」

彼女がそっと、窺うような声色で言葉を発したのを聞いた私は、やっと目を開けて彼女に視線を投げた。

受けた視線は、私の胸元に注がれているのが分かる。

心の中がぐちゃぐちゃになっているのは自分でも分かるから、私は彼女の視線を気にしないように努めて息を整えた。

「私の中にあるのは、青い光なんだよね?」

決して目が合うことはないと分かっているけど、私は彼女の目を見据える。

彼女は、そんな私の気配を感じ取ったのか、何も言わずにただ頷きを返す。

「こっちの世界の人が持ってるのは、黄色い光、なんだよね?」

「・・・ええ」

きっと彼女には、私が急に黙り込んだと思えば突然声をかけてきたように見えて、戸惑っているんだろう。膝の上に置かれた彼女の手が落ち着かず、時折動いているのが視界に入る。

でももう1つ、確かめたいことがあるのだ。

私は何も知らない彼女に申し訳ないと思いながらも、自然と力のこもる声で尋ねた。

「地震の起きた日、緑の光を見たんだよね・・・?

 地面を、緑の光が走って・・・」

答えを待つ間、自分の心音が耳元で響く。

ほんの一瞬のはずなのに、何度も何度も心音が響いて、息が苦しい。

彼女は、わずかに小首を傾げたけど、その後すぐに頷いた。

「ええと・・・ええ、緑色、だったと思う。

 自分の部屋から、少し遠くに見えたんだけど・・・。

 いくつもの細い光の線が、しゅしゅしゅーって・・・一瞬だったけど・・・」

「そっか・・・」

やっぱり、という思いを込めて、私は呟く。

「・・・それが、どうかしたの・・・?」

尋ねるだけ尋ねて、1人で納得した私に耐えかねたんだろう、彼女が控えめに声をかけてきた。

私はそれに曖昧に頷いて、言葉を濁す。

「ん、ちょっとね・・・」

何かが腑に落ちたと思うのに、私の頭で考えたことに理屈が通っている自信はなかったから。

目の前の彼女に話していいのかどうかも自分では判断出来ないし・・・。

そんなことを考えながら、私は壁にかかっている天体盤を見上げる。

ジェイドさんが帰って来るまでは、まだまだ時間がありそうだ。

「ね、ルルゼ?」

「なあに?」

「一緒にキッチン、行こっか」

ひらめきを口にしてみたら、それまで頭の中で渦を巻いていたものが綺麗に消えていくのが分かって、私は立ち上がる。




深刻な話はとりあえず横に置いておこう。

そう思って初めて取った手は、温かくて柔らかかった。








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