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ふと気がついたら、空色の瞳が目の前にあった。


「あれぇ・・・?」

自分の声がおかしな響き方をしていることに、私は小首を傾げた。

なんだか洞窟の中にいるみたい。

「おはよう、つばき」

微笑みに、ふにゃり、と頬が緩む。

ふわふわとして、真綿に包まれているような、不思議な安心感。

「ジェイドさんだぁ・・・」

上手くろれつが回っていないけど、そんなことはどうでもいい。

なんだかずっと会いたかった気がして、鼻の奥がつん、と痛いのはどうしてだろう。

「体のどこか、違和感を感じる箇所はありますか・・・?」

空色の瞳から溢れる甘い何かを感じつつ、私はふるふると首を振った。

すると、大きな手が頬に触れて、遠慮がちに上から下へと流れていく。

それがまた心地良くて、私は思わず目を閉じた。

「ああ、もう寝ちゃ駄目ですよ」

声が耳元でしたかと思えば、首筋に熱を感じて身じろぎする。

「ん・・・」

一度身を捩っただけでは熱を振り落とせなかった私は、何度もそれを繰り返して、気がついたらクスクスと笑い声を上げてしまっていた。

だんだんと意識がはっきり浮上してくる予感に、そっと目を開けて彼を見る。

視界いっぱいに存在する彼が、形の良い唇を綺麗にしならせて私を見つめていた。

「・・・ちゃんと、見えてます?」

「ん?」

言われたことの意味がよく分からない私は、眉間にしわを寄せてみる。

あんまり近すぎて、彼の顔に焦点が合わせづらいことも、原因かも知れない。

彼の手が、私の額に貼り付いてしばらく動きを止めた。

「うん、大丈夫ですね・・・」

そう呟いたのを聞いたと同時に、ゆっくりと彼の大きな手が離れていくのを感じて、私は急に寂しくなってしまう。

胸がぎゅっと、狭くなるような、そんな感じに、思わずその手を追いかけて掴んだ。

衝動的に掴んだ手に指を絡めて、そんな自分に驚いてしまう。

すると空色の瞳が、驚いたように大きく見開かれて、彼が息を飲んだのが分かる。

それが、なんだか初々しくて可愛く見えてしまって、私は噴出した。

「・・・こら」

彼がそんな私を見て、いささかむっとしたのか、ほんの少しだけ咎めるような目をして、絡めた手に力を込める。

先に指を絡めたのは私の方なのに、いつの間にか彼の手の方が私を飲み込もうとしていた。

「つばき・・・」

空色の彼の瞳が、強い熱を孕んでいる。

抑えようともしていないのか、それは段々と膨れ上がっていくような気がした。

「ん・・・?」

呼ばれて、返事をしたはずの声が吸い込まれる。

きっと彼は、私が何と答えるかなんて待ってはいなかったんだと思う。

見た目よりもずっと柔らかい唇が、私のそれに重なって吐息が漏れた。

触れた部分が、すごく熱い。

思わず閉じた瞼の裏が、チカチカする。

「・・・会いたかった・・・」

何度も何度も角度を変えながらキスをする唇が、合間を縫って言葉を紡ぐ。

・・・そんな台詞、どうして、毎日一緒にいるのに・・・。

私は乱された呼吸を整えようと息継ぎをしながら、彼だけで占められそうになる頭の隅の隅で、そんなことを考えた。

彼の触れた所から次々に体温が上がって、しまいには沸騰してしまいそうだ。

もう一方の手が、酸素を求めて離れそうになった私の後頭部を捕まえて、1ミリの隙間すら逃さないとでも言うかのように引き寄せる。

「ん、ぅ・・・っ」

息が上がって苦しい。

苦しいのに、離れて欲しくなくて拒絶出来ない。

酸素も欲しいけど、ジェイドさんも欲しい。

・・・ああ、ダメだ。私、おかしくなっちゃった。

そんな自分に呆れて、同時に何かを諦めた瞬間、呻きに似た吐息が漏れた。

すると重ねられた唇の隙間から何かが入ってきて、私の中を抉られる。

必死に彼のシャツにしがみついた私を、彼は喉の奥で、くっ、と笑う。

自分でも、何をこんなに必死になっているのか分からないけど、もう言葉で何かを考えるのももどかしくなってきた。

「・・・ジェィ、、さ・・・んっ・・・」

熱に浮かされたみたいに、うわ言が掠れて消えていく。

そうやって、何度彼の名前を呼んだだろう。

・・・ぱちん。

突然体のどこかでそんな音がして、急に視界がクリアになったのに気がついた。

気がついて、彼との距離があまりに近くて驚いた。

「わ・・・、あれ、ちょっ・・・」

自分の置かれた状況に、慌てて手を突き出す。

今、私は何をしてたんだ。

・・・頭の奥は痺れてるし、唇がひりひりする・・・。

「あ、あれ?」

そして沸騰していた頭が冷えてきて、冷静になった私は自分の体がだるいことに気がつく。

呼吸は乱れたままだけど、絡めたままの片手がきつく握られて痛いけど・・・。

いろいろなことを自覚するごとに意識がはっきりしてきて、間抜けな声が出てしまった。

ジェイドさんが苦虫を噛み潰したような、何かを耐えるような表情で私を見つめている。

「・・・つばき・・・」

よく見れば彼も少しだけ呼吸が乱れていることを知って、2人が何をしていたのか、しっかり理解してしまった。

途端に、顔に熱が集まってくる。

「ジェイドさ・・・私、あの、これ・・・っ?!」

夢とも現実ともつかない感覚の中で、思わぬ振る舞いをした自分に、恥ずかしさが大波でやって来た。

恥ずかしさで窒息出来そうだ。

すると、至近距離で彼のため息が聞こえる。

「・・・いいとこだったのに・・・」

言いながら、私のパジャマのボタンを留めていく。

・・・ぬ、脱がされてた。いつの間に。しかもこんなに。

上半身がほとんど下着の状態になっていた自分に気がついて、絶句してしまう。

これくらいの衝撃だと、羞恥心よりも驚愕が勝ってしまうらしい。

呆然と彼の動きを見ていた私に気づいたのか、彼が困ったような微笑みを浮かべて、私を見つめる。

そして、今度はゆっくりと距離を詰めた。

「ジェイドさん・・・?」

今度は何をするの、と意味を込めて、お互いの吐息が肌に触れそうなくらいの距離で、その名前を呼んだ。

でも彼が私の呼びかけに応えてくれることはなかった。

代わりに、唇が触れる直前に囁きをくれて、私は完全に目が覚める。

そっと触れて繋がった部分から温かいものが流れ入ってきて、それが体に染み渡っていくのを感じた私は、思わず頬を緩めた。






私が目を覚ましたのは王都のジェイドさんのお屋敷で、どうやら気を失ってから3日ほど、眠りこけていたらしい。

原因は分からないらしいけど、私自身はいろいろ起きた現実を受け止めるのに、頭のどこかがショートしてしまったんじゃないかと思っている。

洞窟で気を失った私は、教授に抱えられてウェイルズさんのお屋敷に戻ったそうだ。

そこからはジェイドさんに運ばれて王都に帰ってきたと、彼に聞いた。

そして意識がはっきりして、あの洞窟で起きたことジェイドさんに話そうとした私は、あの衝撃的な光景が脳裏に蘇るたびに動悸がして、上手く言葉を紡げなくて。

聞けば、眠りこけている間の私は、時折魘されていたらしい。

目覚めたのはジェイドさんのベッドの上だったから、きっと、隣に眠っていたはずの彼の安眠は、そんな私が阻害したに決まっている。

ただでさえ忙しくて大変なのに、眠っている間すら足を引っ張っていたんだと思うと、ちょっとだけ落ち込んだ。

・・・そんな私を見た彼は、お決まりの頭ぽふぽふをしてくれたけど。




けど、そんなことよりも何よりも、意識がはっきりして困ったのは。

ジェイドさんに触れられたい、と私の無意識が訴えているのに気づいてしまったことだ。









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