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ぽわん、という擬音語がぴったりだ。

「・・・教授・・・!」

指輪を嵌めた手の甲の上、私は目の前に浮かぶ青白い光から目を離さずに、隣にいるはずの彼に声をかける。

「・・・う、うん・・・」

すると思いのほか呆然としたような声が返ってきた。

「なんですか・・・これ・・・?!」

私の胸の中は、緊張と不安でいっぱいだ。

昨日ホタルを見た時のような、得体の知れないものへの気味の悪さなんかとは違う、これが何かを引き起こす予感に焦燥感が募っていく。

「僕にも分からない」

短い返事が、さらに私を不安にさせる。

時限爆弾を抱えたら、こんな気持ちになるんだろうか。

私は光の玉を落としてしまうんじゃないかと、指輪を嵌めている方の手を下ろす勇気が持てずに、ただ立ち尽くしていた。

何か話していないと、押しつぶされてしまいそうだ。

「・・・昨日の、」

言葉を絞り出して、彼に視線だけを向ける。

そして、ジェイドさんによく似た眼差しが私を見ていることに気がついて、思い出した。

・・・そうだ、1人でも大丈夫だって、安心してもらわなくちゃいけない。

そう思うと呼吸が少し楽になって、鼓動がいくらか落ち着いた。

「ホタルも、私の髪留めから出てきたんです。

 これ、指輪から出てきましたよね・・・なんか、似てませんか・・・?」

手の上の光が動かないのを確認して、私は彼の反応を窺う。

「・・・どうだろう・・・」

問いかけに、ぼんやりと返事をしながら彼が手を伸ばす。

ほんの一瞬だった。

「痛・・・!」

ぱちん、と乾いた音がして、彼が手を引っ込めた。

「何してるんですか?!」

思わず声を荒げてしまって、その声が洞窟の中を波紋のように反響していく。

くわん、くわん、と空気が揺れるのを感じながら、私は彼のことを見上げた。

「何考えてるんですか・・・?!

 ・・・怪しいもの触っちゃダメですよ!」

彼は無造作に手を伸ばして、指先で光の玉を突付いて・・・弾き返されたのか、熱さに手を引っ込めたのか・・・ともかく、何か痛い目にあったらしい。

その彼は、私の一喝を全く意に介さずに「いてて・・・」なんて言いながら苦笑していた。

まさか私より無鉄砲だなんて思わなかったから、ただただ驚愕してしまう。

「怪我は?

 大丈夫ですか?」

手の上で揺れる光が気になって、彼に触れることが出来ない私は、そのもどかしさに余計苛々を募らせて問いかけた。

でも、そんな私のことなどお構いなしに、彼は光の玉に近寄って行く。

「うん、大丈夫。

 ・・・でも触れないとなると、困ったね。

 リアちゃん、歩けそう・・・?」

言いながらも、彼はいろんな角度から光を見ようとしているんだろう。その頭が視界の真ん中で行ったり来たりしている。

私は静かに首を振ろうとして、背筋に冷たいものが走るのを感じて振り返った。

「・・・あ・・・」

目の当たりにした光景に思わず漏れ出た声は、青白い光の玉に夢中になっているらしい彼には聞こえなかったのかも知れない。

反応したのは、私だけだったから。

視線の先、最初に見た方の壁画の一部が、ぼんやり光っていた。

「なに・・・?」

黄色い光が、ぼんやりと光っては消え、ゆっくりと点滅する光景に、私は無意識に呟いた。

耳では自分の声を拾うのに、どこか遠くに意識があるような気分になる。

どうして次から次へと、不可思議なことばかり起こるんだろう。

何かが連鎖していくのを感じて、私は頭の中が真っ白になった。

そして、壁画が光っていることを教授に伝えなくちゃ、と我に返った時には、もう遅かった。

「あ・・・!」

壁画の中から、ふわり、と黄色い光が浮かび上がったのだ。

昨日の光景がフラッシュバックして、血の気が引いていく。足元がぐらつく感覚に息が止まりそうになりながらも、私は咄嗟に叫んでいた。

「教授!ホタル!」

「え?」

必死の呼びかけに、やっと視線を上げたらしい彼が、何事かと言わんばかりに声を漏らす。

観察の邪魔をされたとでも思っているんじゃないだろうか。

けど、それはきっと驚愕に変わるはずだ。

私は矢継ぎ早に言葉を並べる。

一気に吐き出してしまわないと、何もかも遅い気がした。

「ホタル!昨日見たのと同じです!」

「・・・そうなの・・・?」

彼が呆然と、言葉を失ってしまったかのように呟く。

もっと慌てて欲しいのに、どうしてそんなに冷静なの。

詰りたい気持ちと、焦燥感、恐怖感、いろんなものがない交ぜになった私は、すっかり青白い光の玉のことを忘れていた。

上げていた手が、ゆっくりと下がっていく。

すると、あるところまで下がった手が、ぐい、と上へと引き上げられる。

「手を下げないで。何があるか分からない。

 ・・・僕がちゃんと支えてるから、慌てないで」

ぐるぐると渦巻き始めた感情が、彼のひと言で霧が晴れるようにして消えた。

「飲まれちゃダメだ。

 ・・・しっかりしろ、リア」

そこまで言われて私は、彼が呆然としていたんじゃなくて、冷静になって何かを考えていたんだと知る。

そして、ジェイドさんよりも濃い、紺色の瞳の中にしっかりと光る何かを見つけて、やっとのことで頷いた。

喝を入れられた、のだと思う。

私達がそんなことをしてる間にも、壁画の中から出てきた黄色い光が、ふわふわと漂い始めた。

風に乗るわけでもなく、下へ落ちていくわけでもない。

「・・・なんか・・・」

右へ左へ、壁を伝って這うように移動してみたり。

その様子は、なんだか蝶々がひらりと舞うようでもある。

「・・・探してる・・・?」

花を探すそれに見えた私は、ぽつり、と呟いた。

私の手首を掴んで支える彼は、静かにホタルの行方を見続けている。

「・・・まさか、意志がある・・・?」

訝しげにひとりごちる彼を見て、私は再びホタルに視線を移す。

ふわふわと漂っているそれは、少し離れてはこちらへ戻って来て、なんだか落ち着かないようだ。戸惑っているようにも見えてしまう。

ほんの少し、それが滑稽に感じた私は、思わず囁いた。

そんなことが出来たのはきっと、喝を入れてくれた彼がいるからだ。

「・・・もしかして、出口、探してるの・・・?」

すると、ホタルがその場で静止した。

私の言葉に反応したんだと思うのは、頭がおかしいんだろうか。

思わず彼の顔を見上げると、彼もびっくりした表情で私を見つめていた。

まさか話しかけると思っていなかったのか、それともホタルの動きに驚いているのか・・・。

とりあえず止められなかったことに安堵して、私はもう一度口を開いた。

私は宇宙人の存在だって信じてるし、ご先祖様がいつも見守ってくれていると思うと、心が温かくなる。座敷童子がいるって初めて聞いた時は、少し怖かったけど、居て欲しいとも思った。

そうだったらいいのに、と思うことは信じてみたい。

大人になってからは、馬鹿げてるって、私を笑う人も増えたけど・・・。

「・・・言葉・・・分かるの・・・?」

ふわり、と静止していたホタルがゆっくりと近づいてきた。

こちらの様子を窺うように、時折後ろへ下がってみたりしながら。

そうして、段々とホタルが近づいてくるのを見ていた彼が動いた。

「・・・っ」

私の手首を支えながら腰を抱き上げて、ぐるり、と体の向きを変えたのだ。

ふわ、と浮いた足がゆっくりと地面に着く感触に、咄嗟に止めた息を解放する。

「ごめんね、振動があってもいけないかと思って」

囁かれた声の真剣さに、私も慌てずに頷いた。

きっと、青白い光のことを言っているのだと気がついたのだ。

・・・しっかりしろ、って、言われたのに・・・。

頷いて、彼の顔を見上げようとしたその瞬間。

眩い光が、カメラのフラッシュのように洞窟を照らした。

突然のことに瞑ることが出来なかった目に、残像が残る。

「・・・なに、今の・・・?!」

残像を振り払おうと何度か瞬きして、私は彼の声を聞いた。

「ホタルの光が、強くなったんだ」

さっきよりも、いくらか声に力が込められているのを感じて、私はごくりと生唾を飲む。

少し落ち着いた目を、何度も瞬きをしながら向けると、ホタルが目の前までやって来ていた。

なんだか、その輪郭が少し大きくなっているような気がする。

「・・・え、なに・・・?」

出口は向こうだよ、と言いかけた私は、違和感を感じて言葉を紡いでいた。

なんだか、違う。

さっきまでは、何かを探しているような雰囲気だったのに・・・。

揺れることなく浮かんでいるホタルから、何か・・・視線のようなものを感じるのだ。

「これか・・・!」

彼の焦りを含んだ声に、あまりに変化がないから、すっかり存在感が薄れてしまっていた手の上の光に目を向ける。

見れば、その光は少しだけ、弱くなっている気がした。

「え、これ・・・?!」

ホタルが、私の手の上に向かって、真っ直ぐに飛んでくるのが目に入る。

「待って待って・・・!」

何かが起こる予感に、必死に顔を背けた。

「・・・や、ぁ・・・っ」

悲鳴に似た声が漏れて、私は目を閉じる。


その刹那、ぶわっ、と大きな空気の塊が私を飲み込んで去っていった。


衝撃らしい衝撃はそれっきりで、私はそっと目を開ける。

すると、2つの色の違う光がぶつかり合ったはずの私の手の上で、緑色の光の玉が、ほわんほわん、と空気を揺らして浮いていた。

「・・・も、なに・・・?!」

鼓動が大慌てで鳴り響いているのを感じながら、私は息も絶え絶えに呟く。

必死に現実から逃げそうになる意識を繋ぎ止めて、私は浅い呼吸を繰り返した。

そうしている間にも、緑色の光は、ほわん、と膨らんで膨らんで膨らんで・・・。

「今度は爆発するの?!」

もしそうなったら、私と彼は見事にスプラッタだ。苦手なのに、そのテの映画。

でももうここまできたら、逃げも隠れも出来ないのは分かっている。

私は変に冷静な頭で、そんなことを考えながら事態を見つめていた。


・・・ぱしゃん!


「割れた・・・」

彼の呆然呟く声が聞こえる。

「割れましたね」

私ももう、何が何だか分からないままに、彼の言葉に頷いた。

驚愕と恐怖と不可思議さに晒されて、もはや投げやりになってしまうのも仕方ないと思う。

水風船が割れたような音の次の瞬間、雨のように光の粒が次々と頭上から降り注いだ。

差し出していた手にも、何も感じないけど、きっと頭の上にも。

「これ、有害物質だったらどうします・・・?」

ここまでくると、いっそのこと冷静で、私は静かに彼の表情を仰ぎ見た。

なんだか、頭の芯が冷えきって、自分がどこか遠くからもう1人の自分を見ているような気分。

「・・・どうしようかね」

彼も彼で、至って冷静だ。

私は肩を竦めて、手の上に落ちる光の粒を見た。

「・・・ああもう」

思わず声を漏らしたのには、理由がある。

「なんじゃこりゃ」

光の粒が、私の手をするりと通り抜けていくのだ。

私の手が透けているんじゃない。

降り注ぐものが、手を通り抜けて地面に吸い込まれていくのを見て、私は息を吐いた。

視界が、ぐらつく。

「・・・きょうじゅ・・・?」

光の粒が吸い込まれる地面が、歪んで見える。

「リアちゃん?!」

彼の声が、遠ざかっていく。

視界が段々と狭くなって、歪んでいた地面が目の前に迫った。





覚えているのはここまでで、ただ分かるのは、私がいろんなことに蓋をしたってこと。

それから今の私じゃ、まだ、1人で立っていられない、ってことだ。








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