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眠い目を擦りながら、私はシートに背を預けていた。

窓の外をものすごい速さで通り過ぎていく景色は、王立学校に教授に会いに行った時のものとは、また少し違う。

北に向かう時は平地が多かった記憶があるけど、東に向かう今は、林の中をひたすら突き進んでいるように感じられる。

「・・・眠かったら、寝ていてもいいんですよ?」

隣のジェイドさんが半ば苦笑気味に、分厚く束ねられた書類を片手に私に言った。

私は静かに首を振って答える。

「だいじょぶ、昨日ちゃんと寝たもん」


リュケル先生の針治療は、決死の思いで腹を括った私をあざ笑うかのように、全く痛くも何ともなかった。

それどころか、治療のあと立ち上がってみたら、全く痛みもなく歩くことが出来るようになっていたのだから驚いた。

そわそわと落ち着かない様子で見守っていたジェイドさんも、私の回復の速さにびっくりして言葉が出なかったようだし・・・。

ともかく、奇跡の針治療のおかげで私は今、こうしてジェイドさんの視察に同行して、東のヘイナの町へと移動しているところなのだ。

昨日は、寝不足のジェイドさんのために、一緒のベッドで一夜を明かした。

・・・語弊があるといけないので言い直すけど、ちゃんとぐっすり眠った。

おかげで、というか何なのか、ジェイドさんはすこぶる元気を回復した姿でこうして書類に目を通しているけど、私はやっぱり朝早いのは苦手で、欠伸が止まらない。

ジェイドさんは昨日も寝る直前まで書類をチェックしていたけど、暖炉の前でほんのひと時だけ休憩した時には、私を膝に乗せて「もう仕事したくない」と何度も呟いていたっけ。

一夜明けて、隣で欠伸をする私を心配する姿からは想像もつかないのに、なんて思い出してしまったら、どうにも笑いが堪えられなかった。

思わず頬を緩めて口を手で覆っていると、彼がふに、と私の鼻を摘む。

「ふえ」

間抜けな声が漏れた私を、彼が笑った。

「何を思い出してるんです」

「ひみつ」

私もかすかに笑って言い返す。

口調が砕けた理由は分からない。

でも、与えられるだけじゃ嫌だと思ったら、いつの間にか自分の口から出てくる言葉の目線が、彼と近くなっていたのだ。

最初はきょとん、としていた彼も、しばらく経つと嬉しそうに目を細めて私の言葉に耳を傾けてくれるようになった。

15歳も年下の私が、小生意気にも彼と対等に話そうとしていることを全く気にしない様子の彼は、本当に大人なんだな、と思ってしまう。

「そんなことよりもジェイドさん、体調は大丈夫・・・?」

控えめに尋ねれば、彼が微笑んで頷いた。

「大丈夫ですよ、つばきが一緒に眠ってくれたおかげですね」

ぽふぽふする手はいつもと同じで大きくて温かい。

「じぇ、ジェイドさん。

 事務官さんに見えちゃうから・・・」

「見せてなんぼですよ」




列車が到着した駅からは、この辺りの10の瞳の役を担っているというお宅にお邪魔することに。丁寧に迎えまで寄越してくれていて、快適に送り届けてくれた。

10の瞳というのは、この国に散らばっている5人の権力者を指す。

ちなみに、陛下の治める世の中に、おかしなところがないかをチェックしているようなものだ、と以前説明を受けた。

それぞれが土地も財産もたくさん持っていて、今回雪崩が起きた地域は、10の瞳を担っているパジェイダ家が管理しているらしい。

東の町の半分以上はパジェイダ家の土地であるらしいから、雪崩以外にも何かあるなら聞いておこう、とジェイドさんが自ら視察に来たのだそうだ。

私とジェイドさん、それから事務官さんの3人が乗りこんだ車は、すごく乗り心地がよかった。

運転手さんは何も言わずに、淡々と運転をして、淡々と大きな屋敷の前で車を停めて、やはり淡々とドアを開けてくれた。

そして今、私は首が折れるんじゃないかというくらいの高さがある玄関を目の当たりにして、言葉を失っているわけだ。

「大きい・・・」

玄関のドアが、大きな口を開いて私を待ち構えているようにしか見えない。

「そうですね、さ、中に入りますよ」

呆けてしまった私は、苦笑している彼に背を押されながら、玄関の中に入った。

甘い香りが漂う空間に、ほう、とため息を吐く。

ジェイドさんのお屋敷とは違って、生花の溢れる、春がやって来たかのような雰囲気に圧倒されてしまう。

「・・・お待ちしておりました」

どこからか、中年くらいの男の人がやって来て、ジェイドさんの前で頭を下げた。

彼はそんな男の人を一瞥して、あたりを見回しながら言った。

「ウェイルズは」

「今は町に出ておりますので、挨拶は後ほど・・・」

頷いたジェイドさんに、男の人がお部屋にご案内しますと言って、先頭を歩き出す。

そして、突き当りまで少し遠い廊下を歩きながら、彼が言葉を発した。

あまり声が通らないから、神経を集中させないといけない。

「わたくしは、家令でございます。

 部屋にあるベルをならしていただければ、メイドが伺いますので、なんなりと」

「分かった」

仕事の顔になったジェイドさんが相槌を打って、また静寂の中部屋へと案内される。

まず私の部屋のようだ。

私は荷物を抱えたまま、通された部屋から見える屋敷の中庭に見入っていた。

そして慌てて視線を入り口の方へ視線を戻すけど、そこには誰もいない。

連れてきてくれた家令さんも、ジェイドさん達もいつの間にかいなくなっていて。

私は内心首をかしげながらも、窓の外に広がる景色を眺めてため息を吐いた。

案内された部屋は2階だから庭を上から見ることが出来て、雪の融けた庭には、芝生のところどころに黄色い花が見えている。

何と言う花なのか、あとで聞いてみてもいいかも知れないな、なんて思って眺めていると、ふと、黄色い花がひとつ、動いた気がした。

ぱちぱちと瞬きをしてみるけど、いくつもある黄色い点の中でひとつ、点滅するかのような、不思議な変化を見せる点がある。

私は窓ガラスに額をぶつけながらも、食い入るようにしてその黄色い点を見つめた。

「もしかして、あれがホタル・・・?」

名前だけは聞いたことがある。

それは虫の名前で、お尻がクリスマスツリーの電飾みたいに、ゆっくりと光って点滅すると。

実際に見たことはないから、どれくらいの大きさで、どれくらい光るのかは知らない。

でも、図書館でキッシェさんが「ホタル」という単語を出していたくらいだから、もしかしたらこの地方にはホタルが生息しているのかも知れない・・・。

考えを巡らせつつも、黄色い点から目を離さないでいると、ふいに、その点がふわりと浮き上がった気がした。

そして左右に不安定に揺れながらも、ゆっくりゆっくり、上に浮き上がってくるように見える。

やがてそれは、ふらふらと庭を行ったり来たりしてから、私の目の前の高さまで浮上してきた。迷うことなく、と表現出来るくらい、まるで吸い寄せられるように。

私は息を飲んでその光景を見守っていると、違和感を覚えた。

虫だと思っていたのに、小さな光の中に虫らしいシルエットが見えないのだ。

ただの光だと言い切れるくらいに、黄色い点の中には何もなさそうだった。

「・・・なんなの・・・?」

呟いた瞬間、鳥肌がつま先から頭のてっぺんを突き抜けていった。

得体の知れないものを見てしまった、なんとも言えない恐怖が私の背後にぴったりとくっついているようだ。

それでも、窓ガラスを隔てているからと意を決して、私は透明な壁をつつく。

すると色い小さな光は、一瞬窓ガラスにぶつかりそうなくらいに近づいてきた。

「・・・ひゃっ、何、何?」

小さな悲鳴が口からついて出てしまった私を一瞥するかのように一瞬動きを止めたその光は、やがて、ふい、と向こうの方へと去っていった・・・。







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