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王立図書館には、毎日たくさんの人が本を読んだり借りたり、または勉強しに来たりする。

王宮のすぐそばにあるここは、民間人も王宮職員さん達も、騎士さん達も多く利用するらしい。

聞いたところによると、お姉ちゃんもよくここに来ていたそうだ。

今、私とシュウさんが本を漁っている、この本棚の前に、借りてきた椅子を置いて・・・。

「この辺りの本は、こんなところか・・・」

古い本の匂いに鼻が慣れてきたところで、つい感慨に浸ってしまっていた私は、彼のひと言で我に返った。

改めて彼の方に目を向ければ、見るからに重そうな本を片手で何冊も持ち上げて、教授から預かったメモを確認している。

その姿は、本なんか空気と同じだと言い出すんじゃないか、という気持ちにさせた。

「次は・・・、これを預けてからの方がいいか」

シュウさんは、ちら、と私の手に視線を走らせて言う。

今日は採血してから来たから、片腕にはあんまり力を入れたくないんだ。

きっと平気なんだろうけど、まだ針が抜かれる時の感触が消えなくて気持ち悪い。

私が頷いたのを見たシュウさんが、じゃあ、ともと来た方へと足を向けようとして、止まった。

忘れてた本があったとか、と思いつつ彼の背中を見つめる。

「おっつかれー」

彼の背中で前が見えない私にとっては唐突に、声がかけられた。

「ああ」

シュウさんが特別驚くでもなく、メモを持った方の手を軽く上げる。

知り合いなのかな。

興味をそそられた私は、そっとその背中から顔を出して向こうから近づいてくる気配を伺う。

「・・・っ」

息が止まって、心臓が跳ねた。

思ったより近くにいたから、慌ててもう一度背中に隠れる。

そして一度隠れてしまったら、なかなか彼の背から出るきっかけが掴めなくなってしまった。

「ちょっとエル、その後ろに隠してるコ、なに?」

最初の声とは全く違って、険のある声が飛んでくる。

それを聞いてしまっては、ますます動きづらい。

「ああ、これか」

しかも、これ呼わばりだ。気安いにも程がある。

そう主張したくて、彼の背を指でつんつん指してみるけど、僅かに肩が揺れただけ。

「まさか、また浮気疑惑?

 お前ね、ミーナ泣かせるのも大概に・・・」

ため息混じりの言葉に反応したのは、私の方だった。

思わず背を飛び出して、彼の顔を見上げる。

「浮気・・・?!」

「するか」

間髪入れずに言葉が降ってきた。

その目は、真剣そのものだ。

「・・・ほんとに・・・?」

若干気圧された私は、飛び出した勢いなどどこかへ吹き飛んで、控えめに訊き返す。

「ああ」

やはり間髪入れずに返ってきた言葉と、真剣な瞳に、私は言葉を飲み込んで頷いた。

「・・・あれは、墓参りの件がこじれただけだろうが」

シュウさんが、やって来た人に向かってひと言を飛ばす。

それにつられて、私はその人へ視線を移した。

・・・黒髪の、綺麗な人だ。

腕を組んで、気だるそうにしている姿からは、変な色気が漂っている。

「大体、どうしてお前がそれを知っている」

「どうしてって、ミーナから聞いたから。事後報告だけど」

「・・・病弱剣士の分際で・・・」

険悪なんだか気安いんだか分からない会話が途切れたところで、私は一応自己紹介をしておこうと口を開いた。

一瞬でもシュウさんと何かあるんじゃないかと勘繰られては、あとでジェイドさんの耳に入らないとも限らない。

もう、つまらないことで拗れてしまうのは癪だもの。

「ええと、はじめまして・・・。

 私、リアと言いまして、シュウさんとは・・・」

言いながら助け舟を求めて、横に立つ彼を見上げる。

「ちょっとした親戚だ」

「・・・は?」

なんとも的確な助け舟に、黒髪の彼の訝しげな声が返る。

「それから、ジェイドのとこの雑用係だ」

彼の反応を拾うことなく、シュウさんがジェイドさんの名前を出したら、彼が大きく頷いた。

「あぁ、このコが・・・。

 ・・・僕、キッシェ。よろしくね。

 そこのお堅くて無駄に強いのとは、学生時代からの腐れ縁」

そう言って差し出された手を握り返したら、結構な握力を感じて戸惑う。

「ああごめん、力加減が得意じゃなくて。

 ・・・君の噂は聞いたことあるよ」

「うわさ・・・?」

握った手を離して、キッシェさんはにやにやする。

「そ。雑用係は、補佐官殿の逆鱗なんだって」

「げきりん?」

「触れると、暴れて手がつけられなくなる。急所のようなものか」

首を傾げた私に、シュウさんが苦笑いをしながら教えてくれた。

「急所・・・。

 あ、その噂が流れてるってことは、紙切れの件が片付いたってことですか?」

そのテの噂が流れたってことは、昨日の話の通りなら、補佐官の側にいる人間に手を出したら痛い目を見る、という前例が作られたってことなのか。

急所云々の部分は完全に無視して勝手に想像していると、シュウさんが頷く。

「あいつのことだから、リアの目につかないように済ませるだろうな」

「そっか・・・」

それは、そうなのかも知れない。

帰る方法がないことを隠そうとして、彼は私の知らないところで手を回していたこともある。

きっと、今回のことも・・・。

「確か、紅の侍女と白の騎士が、補佐官殿に呼ばれたって聞いたけど・・・。

 白の騎士の方は、去年か一昨年に家が不正をして取り潰されてるらしいよ」

詳しいことを教えてくれたキッシェさんに、シュウさんが「なるほど」と呟いた。

私はといえば、すっかり朝別れたきりのジェイドさんのことで頭がいっぱいになってしまって、もう古い本の匂いなんて、全く気にならなくなってしまっていた。

本当に仕返ししたんだな、とか、逆恨みされないかな、なんて、とりとめもなく考えを巡らせて、手元がそわそわと落ち着かない。

早く用事を済ませて、あの執務室に戻らないと。

「おい、リア」

ぱちん、と意識が弾けて、我に返った。

「はいっ?」

いつの間にかシュウさんとキッシェさんの話は終わっていたみたいで、2人とも私をじっと見ている。

私が小首を傾げて2人の顔を交互に見ていると、シュウさんがため息混じりに言う。

「次は歴史書の本棚だ」


「じゃあ、これはカウンターで預かっとくから」と言って、歴史書の本棚まで私達を案内してくれたキッシェさんは、シュウさんから重そうな本を全部引き受けて去って行った。

「今度は何冊探すんですか・・・?」

自分の口から出た、あまりにも力のない声に悲しくなる。

そんな私に、シュウさんは一瞥をくれた。

「・・・じゅう・・・3、冊か・・・」

語尾が弱くなったということは、きっと彼もげんなりしてるってことだ。

意外と普通なところもあるんだな、なんて変な親近感を抱いて、私は少し元気になった。

「だっ、大丈夫!

 ぱぱっと見つけましょ、2人で!」

ぱちん、と手を合わせれば、間抜けなほどに景気の良い音が響いた。

なんで額を押さえてため息つくのシュウさん。

小首を傾げれば、「早いとこジェイドのとこに帰すか・・・」と呟くのが聞こえる。

それに何か返してやろうと口を開こうとした、刹那。


かた、カタカタカタ・・・

カタカタ・・・ごと・・・ゴトゴトゴト・・・


「何・・・?」

淡々と音が広がっていく。

そこにある本棚で収まりどころのない奇妙な音がしたかと思えば、隣の本棚へ、そしてその向かいの本棚へと拡散していった。

なんだろうこの、気持ちの悪さは。

本棚同士がぶつかっているのか、本が本棚の中で騒ぎ出したのか・・・視線を走らせて、気づいた。

これは・・・。

「地震・・・?!」

「伏せろ!」

シュウさんの聞いたことのない緊張を孕んだ声を聞いたのと、突き飛ばされた私が体に衝撃を受けたのは同時。

「・・・ぅぐっ」

咄嗟に口を閉じておいて良かった。

じゃなきゃ、舌を噛んでただろう。

「ぐぇ、おも・・・」

「我慢してろ!」

苛立った声が聞こえたかと思えば、ぎゅうぅぅぅ、と頭を抱きこまれた。

どこかで、どさっ、ばさっ、がたんっ、と次々に大きな音がする。

そのたびに、がくん、と彼の体が軋んで。

小さく息を飲む音が、耳元でする。

ジェイドさんとは違う息遣いに、思わず突き飛ばしたくなる衝動に駆られるけど、今は緊急事態なんだと自分を叱咤して懸命に体を小さくした。

息をするのも憚られるほどの緊張感。

彼の心臓の音が、厚着してるはずなのに皮膚一枚を通してるみたいに感じられて、その速さに危機感が募っていく。

脳が左右に大きく揺さぶられて、大きな地震に晒されているのが嫌でも分かった。

「ジェイドさん・・・っ」

目をきつく閉じすぎて、目じりに涙が滲む。


王宮にいる彼が、心配だった・・・。









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