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4人で食卓を囲むのは、ホルンの街で過ごした時以来。

やっぱり賑やかで、食事がもっと美味しく感じられた。

もちろん、ジェイドさんと2人で食べる食事だって、穏やかで幸せな時間なんだけど。


「なんだ、そうだったのー?」

おなかがいっぱいになったのか、背もたれによりかかった教授がぼやいた。

凄腕のシェフさんが作ってくれる食事は、いつ何を食べても美味しい。

渡り人の私が、この世界で初めて食べたサンドイッチもシェフさんの作ったものだったらしいけど、残念ながらワケの分からないまま口にしたから、味なんて覚えてない。

いつかもう一度作ってもらえたらいいなと思っているのに、どういうわけか、キッチンに行ってもいつも留守だ。

タイミングが悪いのか、私が嫌われているのか・・・。

ともかく、謎の凄腕シェフさんにすっかり胃袋を掴まれた私は、日を追うごとに肉付きが良くなっていってる気がしてならない。

雪が溶けたら、軽い運動でもしよう。

そんなことを考えていると、ジェイドさんがフォークを置いて教授の方を向いていた。

「ええ、ちょっとした悪戯をされまして」

「悪戯・・・?」

シュウさんが訝しげに眉根を寄せた。

がぶがぶと水のようにワインを流し込むのをやめて、グラスをテーブルに戻す。

・・・今日は、海賊飲みじゃないんだな。

私はそれぞれに対していろんな感想を抱きつつ、会話に耳を傾けていた。

「おととい王宮の廊下で、まあとても趣味の良い内容が書かれた紙切れをつばきに拾わせて

 私を困らせようとしていたみたいなんですよねぇ・・・」

さらりと言って、ジェイドさんはグラスを傾ける。

中身は水だ。

「趣味の良い内容・・・リアに知られたくないこと、か・・・?」

シュウさんの低い声が、テーブルの上を這っていく。

書かれていたことなんてお見通しなんじゃないかと思わせる言い方に、内心ひやりとする。

ジェイドさんとお姉ちゃんのこと、この人は知ってるんだろうか。

シュウさんの表情を伺ってから、教授にちらりと視線を送る。

彼は彼で何かを考えているのか、視線を落として黙っていた。

「ええ、そんなところです。

 それで、相手の思惑通りにことが運んだと思わせてみようと思ったんですけど・・・」

「動きがなかったわけか」

「ええ。

 つばきが寝込んでいるのは、彼女が接点を持ってきた部署では周知の事実なのに・・・。

 今日は、あからさまな噂を流してみたのに、誰かが喜んでいるような気配もなかった。

 ・・・ああいう、くだらないことをする輩はだいたい直接反応を確かめにくるものだと

 思ってたんですがねぇ・・・」

ため息混じりに吐き出した彼に、シュウさんが眉根を寄せた。

「目星はついてるのか?」

「ええ、一応」

会話の内容が段々と物騒になっていくような気がして、堪らず口を挟んでしまった。

「も、」

3人の視線が向けられたのを感じて、急に鼓動が速くなる。

喉元で止まってしまいそうになる言葉を押し出して、私は言う。

「放っておいてもいいんじゃない、かなぁ・・・。

 私なら、しばらくお屋敷で大人しくしてますから・・・そしたら、私を利用した悪戯は

 出来なくなりますよね・・・?」

せっかく外に出られると思っていたのに残念だと思う反面、彼の迷惑になるようなら大人しくしていた方が利口だとも思う。

・・・私、こっちに来てずいぶん慎重になった気がするな・・・。

そう思いつつ、一番穏便で手のかからない対応策を提案したはずなのに、彼らが固まった。

教授まで、険しい目で私を見て固まっているのはなんでだ。

ほんの一瞬だけ全員が黙ったかと思えば、シュウさんが言葉を発しようと口を開く。

その目は、私ではなくジェイドさんを見ている。

「・・・だ、そうだが」

「・・・そうなんです、たまにものすごくズレているんですよこの子は」

「・・・だってさ」

ものすごい真顔で答えたジェイドさんに、やっぱり真顔で私に話しかけてくる教授。

ズレてるって、私・・・?

なんで3人共怒ってるの・・・?

何をどう解釈したら、表情が険しくなるんだろうか。

場に馴染めていない自分を自覚して、どんなカオをして座っていればいいのか分からなくなった私は、隣で不機嫌オーラを隠そうともしないジェイドさんの服の裾を引っ張った。

こんなに不機嫌な彼を見るのは、もしかしたら初めてなんじゃないかと思う。

私が髪を下ろしたままうろうろしていた時とは、全く違う雰囲気だ。

振り向いた彼の空色の瞳の中に青白い炎がゆらゆらと見えてしまって、思わず目を瞬かせる。

・・・ジェイドさんがこわい。

びくつきそうになる手を叱咤して視線を受け止めていると、彼が言った。

「私はね、」

剣呑な光を湛えた目で見られれば、喉がひくつく。

「こらジェイド」

教授が反対側から口を挟んだ。

頬杖をついて、呆れたように私と彼に交互に視線を送る。

「怖がってるでしょ、もうちょっと抑えないと」

ため息混じりの台詞に、ジェイドさんが息を吐いた。

「・・・分かってます」

そんな彼に、くつくつと忍び笑いを漏らしたのはシュウさんだ。

私は彼の服の裾を掴んで固まったまま。

「リアが絡むと、面白いジェイドが見られていいな」

意地悪なカオをして言えば、ジェイドさんがむっとしたカオをした。

「エルだって、ミナが白騎士の小火騒ぎに巻き込まれた後、ひどかったでしょうに」

「ああ、自覚してる」

ホルンの街で、皆で食事をした時に聞いた王宮での小火騒ぎか。

確か、お姉ちゃんを2階だか3階だかから飛び降りさせて、下で受け止めたって言ってたけど・・・それでひどかったって、なんだろう。

いまいち2人の会話の内容が伺えない私は、内心首を捻る。

「白騎士?

 こないだは、小火があったことしか聞いてないけど・・・?」

教授が私の感じた疑問を代弁してくれたことに感謝しつつ、しれっとジェイドさんの言葉を肯定したシュウさんがそれに答えてくれるのを待った。

彼はグラスに残ったワインを一口で流し込んでから、ため息をついて、教授に向き合う。

「以前、少し行き違いがあって離れていた間に、白の騎士にちょっかいをかけられて、

 我慢ならずにカップに入った飲み物を、思い切り吹っかけてやったそうです。

 その後、その白騎士がコインを返上させられたのを逆恨みして・・・」

言いながらも握りこんだ彼の拳が、白くなっているのに気づいた。

ものすごい、怒ってる。

「・・・王宮の一室に連れこまれて、ちょっとだけ、乱暴されたんでしたね・・・。

 調書には、そう書いてありました」

「ああ、その後部屋に火をつけられた」

お姉ちゃんにそんなことが起きてたなんて。

私は無意識に想像してしまって、背筋が寒くなった。

「・・・それは酷いことされたね・・・」

教授も、なんと声をかけたらいいのか戸惑っているようだった。

「ええ、でも、少し服を破られた程度で済んだそうなので・・・。

 まあ、報復は乱暴の程度とは無関係に、徹底的にやりましたが。

 ・・・もちろん合法的に」

「てってーてき・・・」

呆然と反芻していたら、シュウさんと目が合った。

怒りの燻る目に、ぱちん、と私を包んだものが消え去って、我に返る。

「ああ。ミナが怖い思いをしたのには変わらないからな。

 番を傷つけられてそのままにしておけるわけがない。  

 だからまあ・・・、ジェイドがこうなるのも理解出来る」

「え?」

そこでどうしてジェイドさんの話になるのか。

それに番って、なんのことなのか、よく分からない・・・。

頭の中がハテナでいっぱいの私に、教授がくすくす笑って教えてくれた。

「君が苛められたのが、どうしても許せないんだってさ。

 だから、どうにかして犯人を突き止めて、仕返ししてやろうと思ってるんだよ」

「そんな簡潔に纏めないで下さい。

 もっと事情は複雑なんですから」

むすっとしたジェイドさんが、教授に向かってぼやく。

確かに、事情はもう少しだけ複雑だったけど・・・。

「でも何も、仕返ししなくても・・・」

呟いた私に、彼が首を振った。

「・・・前例が必要なんです。

 あなたに悪意を持って接触したら、補佐官がただではおかないと周知させないといけません。

 でないと、同じようなことが起こらないとも限らない・・・」

目の前の空はまっすぐ私を見つめてきたけど、そこには怖いと感じた怒りも沸々とした何かも、浮かんではいなかった。

ちゃんと私を見ている目に内心ほっと息をついて、首を縦に振る。

そんな私を、彼はぽふぽふしながら「それに、」と付け足す。

「あなたを泣かせたんですよ・・・それ相応のことは、したいじゃないですか。

 まあ、私に非がないとも言い切れないのが悲しいところですが・・・」

そう言ってそっと目を伏せる彼に、私は首を振った。

「それなら、すぐに言わなかった私もいけなかったから・・・」

そう囁くように言えば、彼がまたぽふぽふする。

甘ったるい微笑みを浮かべる彼にされるがままの私の視界の隅に、シュウさんと教授が「うえぇ」と顔を顰めているのが映り込んだ。

なんでそんなカオしてるのか、私にはさっぱり分からないんだけど。





「そういえば、」

思い出して、私は口を開いた。

これもどうぞ、と果物や焼き菓子とお茶を出してくれた家令さんに、ジェイドさんがお礼を言う。

お屋敷で働く人達は、夜勤の人を除いてすでにそれぞれの家に帰ったらしい。

どうやら家令さんが最後で、戸締りに気をつけて下さいと言うついでに、いろいろ持ってきてくれたみたいだった。

言いながら、目の前に置かれた果物の一切れに手を伸ばす。

「教授とシュウさんが調べたこと、教えてもらうんでしたっけ・・・?」

しゃりしゃり、と林檎を噛んだ時のような音と、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。

酸味に顔をくしゃっとしていると、教授が隣で頷いている。

「そうそう、それだよね。

 いろいろ調べたんだけど、結論だけ言った方が理解しやすいよね?」

「ええ」

ジェイドさんが返事をしながら、同じように果物を摘む。

シュウさんは、まだワインを飲んでいるみたいだ。

・・・今日はまだ2本目だから、飲み足りないんだろうな。

「うん、じゃあ、」

私が口に入れた果物を咀嚼しながら、それぞれを観察している間に、教授が話し始める。

視線を彼の方へ移して、私は耳を傾けた。

「まず、エル君が持つエルゴンの型と、僕の持つエルゴンの型は、少し違ったこと。

 それから、古代石と星の石にもエルゴンが含まれてるのは、この前見せたと思うけど、

 僕らと古代石の持つエルゴンの型が、すごく近いものだってことが分かったよ」

「・・・エルゴンの、型・・・?」

ジェイドさんの言葉が、重々しく落ちていく。

「そう、型。

 僕らの中に流れるエルゴンには、血液型と同じように型があるってことが分かった」

教授が言葉をゆっくり、そっと吐き出した。

「その型がいくつあるのか分からないから何とも言えないけど・・・。

 とりあえず、僕とエル君の型はほんの少し違うみたいなんだよね。

 ちなみに僕の生徒にも協力してもらったけど、やっぱり僕ともエル君とも違った」

「オーディエの型は、俺に限りなく近いものがありましたね」

黙っていたシュウさんが、相槌を打ちながら言った。

「オーディエ皇子のことですよね。

 親戚だから・・・血縁関係にあるから、ってことなんですかね?」

DNAみたいなもんなんだろうか。

思ったことを呟いて教授を見ると、彼は頷いて私を見る。

「たぶん、そうなんだと思うよ。

 もともと血に含まれるものだからね・・・血縁関係は、大きな要因かも知れない」

「なるほど・・・そうなると、私と父さんの型、というのは、概ね同じものでしょうか」

ジェイドさんが質問したのに対して、教授は少し考える素振りを見せた。

私はその間に果物をもう一切れ、口に放り込む。

甘酸っぱいのを堪えて噛み締めていると、教授が口を開いた。

「うん、僕もそうなのかなって気になってたんだ。

 近いうちに、ちゃんと調べさせてくれるかな。

 ・・・ああそうだ。リアちゃんにお願いしようと思ってたんだった」

矛先が自分に向いて、思わず動きを止める。

一時停止のようになった私を、教授が微笑んで見ている。

「渡り人の血にも、エルゴンが少し含まれてるのは知ってるよね。

 だからさ、エルゴンの型を調べさせて欲しいんだ」

「わかりました」

「助かるよ。

 エル君の奥さんと血の繋がってる君のエルゴンを調べたら、何か手がかりになるものを

 見つけられるかも知れないからね。

 ああ、採血はちょこっとでいいから安心して」

ちょこっと、と指先で表した彼に、ジェイドさんが話しかけた。

「それなら、私の時と一緒に済ませましょう」

「はい」

果物を飲み込んで頷くと、ジェイドさんも頷いて返してくれる。

ほんのり温かい空気を感じたところで、私は教授に話していなかったことを思い出した。

「あ、教授?」

「うん?」

呼べば、同じトーンで返事が返ってくる。

「あの、もうシュウさんから聞いたかも知れないし、今さらなんですけど・・・」

「なあに?」

シュウさんをちらりと見遣れば、訝しげに小首を傾げられた。

私は息を吸う。

「お姉ちゃんが妊娠してるのって、知ってました?」

ジェイドさんとお姉ちゃんについて話をしたのが昨日だ。

思い出すのはシュウさんの家でお姉ちゃんのことと、私自身のことを話した時のことで。

妊娠してることをを告げた時にジェイドさんが衝撃を受けてたのは、きっと過去のことがあったから、なんだろう。

いいんだ、その時は私だって、彼のこと何とも思ってなかったもの。

絶妙に気まずい空気を流してしまったことを自覚しつつも、教授を見る。

その教授は、ぎぎぎ、と錆び付いた音がしそうなくらいの緩慢な動作で、シュウさんに顔を向けているところだった。







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