表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/82

31






降り注ぐ日差しが眩しくて、少しの間目を閉じていたら、いつの間にかお屋敷の玄関前に車が横付けされていた。

目を閉じている間、ずっと考え事をしてたからなのか、あっという間だった。

お礼を言って車から降りようとした時に、ポケットの中でかさり、とかすかな音がする。

意識はそちらに向いていながらも、口は勝手に運転手にお礼を言う。

そして、頭の中がぐちゃぐちゃなままの私を置いて、車は王宮に戻って行った。


・・・風が冷たいなぁ。

ふいに1人きりになって、ため息をつく。

なんとなくお屋敷の中に入るのが躊躇われて、私はその場で立ち尽くしていた。

ここには王宮の喧騒も、街の活気もない。

ただ暖かい日差しが足元に落ちてきて、小鳥の囀りが時折聞こえてくるだけ。

ジェイドさんと一緒なら、静かでいいですね、とか何とか言って、寄り添っていられるのに。

ぎゅっと手のひらを握りこんで、せり上がってくる何かをやり過ごす。

深呼吸でもしないと、大きな声を出してしまいそうだった。

ポケットの中に手を入れると、紙切れがまた音を立てる。

怒りでも悲しみでもない気持ちに、どうしたらいいのかわからない。

私はポケットの中、紙切れをぎゅっと握りつぶして息を吐いた。






家令さんにジェイドさんから言付かったことを伝えて、部屋に戻る。

ドアを開けると、部屋の中ではメイドさんが窓を拭いているところだった。

ドアノブに手をかけたままの状態で、振り返った彼女と目が合う。

「あ、すみません。

 出直して来ます」

驚いて口がぱくぱくしている彼女に向かって言うと、はっと我に返ったのか、握っていた雑巾を背中に隠して首を激しく振った。

か、かわいい。

栗鼠みたいな、小動物的な可愛さのあるコだな。

「ごめんなさい!

 わ、わたしが出て行きます!」

声まで可愛いのか。

ぷるぷるしている彼女に、思わず失笑してしまった。

そして、一度頬が緩んだら、なんだかそれまで重くのしかかっていたものが、ふわりと宙に浮き上がっていった気がする。

私は手をぱたぱた振って、彼女に言う。

「お仕事続けて下さい。

 私、中にいても大丈夫ですか?」

「あ、はい、もちろんです」

栗鼠さんが頷いて、ちょこまかと掃除用具を端に寄せて、また窓を拭き始めた。

その動きに癒されつつ、私はコートを脱いでかけて、ポットでお湯を沸かす。

せっかくだから2人分淹れようと思って、カップも2つ出した。

最初は1つだったカップが、いつからか2つになっていたのを気にしなかったけど、きっと、ジェイドさんが朝来た時に飲むから、常備されるようになったんだろう。

まさか、彼以外の人がこの部屋でお茶を飲むことになるなんて、考えもしてないんだろうな。

内心で苦笑しながら、茶葉を紙の袋に入れてティーバッグを作る。

ほぅ、と息をつく気配にふと目を上げると、彼女は窓を拭き終わったのか、雑巾を手に一歩下がって窓を眺めているところだった。

「・・・終わりました?」

栗鼠さんを驚かさないように、そっと声をかける。

すると彼女は振り返って、にっこり笑って頷いた。


掃除用具を持ち上げた彼女を呼び止めて、お茶を淹れる。

「ほんとにいいんですか~?」と、ほにゃりと表情を崩した彼女は今、ソファに腰掛けてお行儀よくしていた。

もちろん、バスルームで手を洗ってきてもらったあとだ。

お茶請けにチョコレートを添えて、カップをテーブルに置く。

普通のコだろうから、私の淹れる普通のお茶でもきっと大丈夫だろう。

「いただきまーす」

彼女がカップに口をつけたのを見届けて、私もお茶を口に含んだ。

「・・・おいしいです」

「・・・よかったです」

どちらからともなく微笑む。

一緒にお茶を飲んで、気安い空気が流れ込んできたのを感じて、私は口を開いた。

「あの、お願いがあるんです・・・」

小首を傾げる彼女は、目で「何ですか?」と先を促しているようだ。

私は手を組んで、小指に嵌めた指輪を撫でた。

「私、髪を結い上げるのが上手に出来なくて・・・。

 明日の朝、ここに来て、私の髪を結ってもらえませんか・・・?」

正直なところ、あんな紙切れを拾ってしまった次の日も、彼に髪を結ってもらえるほど、私の神経は図太く出来てない。

空色の目の中に、黒髪の彼女が映っていたらと思うと、今だっておかしくなりそうだ。

でも彼女には彼女の仕事があるだろうし、休める時は休みたいだろう。

ダメもとでお願いした私に向かって、彼女は目を見開いて固まった。

「・・・い、いいんですか触っても・・・?!」

絞り出した、とでもいうような言い方に、今度は私の方が固まる。

「え、やめといた方がいいです、」

「ぜひお願いします頑張ります!

 前から触りたいと思ってたんですー!」

「か」が私の口から出る直前に、前のめりになった彼女とは逆に、私は上半身をほんの少し仰け反らせてしまった。

栗鼠さん、お茶、こぼさないようにね。

「そ、そうなんだ・・・?」

かろうじてそう言うと、彼女が「あ、」と何かに気づいたように声を発する。

私は小首を傾げた。

やっぱりやめといた方がいいんだろうか。

「でも、シェイディアード様がなさってたんですよね・・・」

「・・・えーっと・・・」

さすがに詳しい事情を話すのはよくないと思って、私は口ごもった。

彼女は彼女で、主人が毎朝していたことを勝手に引き受けていいものか、思案してるんだろう。

頬に手を当てたまま、視線を彷徨わせている。

「自立、したいんですよね・・・」

言葉を選びながら話すと、彼女は「じりつ・・・」と私の言葉を反芻した。

私はひとつ頷いて、彼女の目を見つめる。

「渡ってきてから、ずっとこのお屋敷でお世話になってるけど・・・。

 いつかは、自分の力で生活しなくちゃいけないと思ってるんです。

 その最大の難関が、自力で髪を結い上げることなわけで・・・困ってるんです」

「なるほど・・・」

真剣なふりをすれば、彼女も神妙な面持ちでそれを聞いてくれる。

きっと純粋な良いコなんだろう。

ほんの少し、胸の底に生まれた罪悪感を無視して、私はさらに言い募った。

「教えてもらえばいいんでしょうけど、彼にそんな時間はないと思うんですよね。

 もうすぐ彼のお父さんも帰ってくるはずだし、なるべく迷惑はかけたくなくて・・・。

 ・・・私から彼に言っておきますから、お願い出来ませんか・・・?」

控えめに小さな声で言えば、彼女はゆっくり頷いてくれた。


それからは、この部屋の掃除が終われば、あとは夕方まで休憩だと話してくれた彼女と、いろんなことを話して過ごして。

メイド仲間のことや、ジェイドさんのこと、街で流行っているものなど、話題は多岐にわたった。

栗鼠のように小刻みな動きが可愛らしくて、妹と思えるくらいに歳が離れてるような気はするけど、久しぶりに友達と話しているような感覚に、私は小さな幸せを見出していた。

でも、そんな時間はあっという間に過ぎて、彼女は掃除用具を持って部屋を出ていったのは、ずいぶん前のことだ。

「・・・カップケーキ、もういいかなぁ・・・」

窓の外がだんだんと夕暮れに近づいているのを眺めて、ため息をつく。

何もする気が起きなかった。

栗鼠さんとの会話が楽しかった反動なのか、今、気分は落ちに落ちてどん底だ。

彼女が出て行ってから、ほとんどこの場所から動くことなく、ずっと同じことばかり考えて。

考えては、ため息がついて出る。

・・・うじうじ、したくないのになぁ・・・。

これを最後のため息にしよう、ともうひとつ息を吐くと、こてん、とソファに横になった。






「・・・・・・」

かすかな吐息と、そっと近づいてくる気配に意識が浮上する。

まだまどろんでいたいと思うと、意識が少し沈みかかった。

息を吐き出して、体をちぢこませる。

そういえば、ちょっと寒い気がする・・・。

そう思っていたら、ふいに大きな手が頭に乗せられて。

じんわり温かいものを感じて、呼吸が楽になる。

そのまま大きな手は、首や肩をするすると滑っていった。

「つばき・・・」

・・・ああ、やっぱりジェイドさんだった・・・。

声を聞いて頬が緩んでしまうのは、半分眠っている私がものすごく無防備だからだ。

起こさないようにしてるのか、彼は声をひそめたまま話しかけてくる。

「・・・あなたまで、いなくなってしまったかと・・・」

鼓動が、どくん、と音を立てた。

瞬時に意識が覚醒する。

あなたまで、って・・・どういう、意味・・・?

・・・お姉ちゃんのこと、言ってるの・・・?

言葉の意味を悟って、頬を撫でる彼の指先をものすごく不快だと感じてしまう。

同じ手で触らないで欲しい、と胸の奥が軋む。

そう思うのに目を開けられない私は、ずるいんだろうか。

「風邪引きますよ・・・」

そっと囁いたと思えば、体が宙に浮いた。

浮遊感は少しの間で、ゆっくりと下降したのを感じて、ベッドに連れてこられたんだろう、と見当をつける。

彼は私の頭を少し持ち上げて、そっと髪を解いた。

そして、首筋に彼の吐息がかかった気がして、私はみじろぎする。

何、してるんだろう。

そう思っていたら、彼が何かを囁いた。

くすぐったさに気を取られた私は、それが何だったのかを聞き逃す。

きっと大して意味もない言葉だ、お姉ちゃんを連想させることだったかも知れない、なんて、聞かなくてよかったんだと思うことで、自分を納得させた。

「つばき」

彼の声が、耳元で響く。

囁きではない声に、心臓が跳ねた。

「起きてるんでしょう?」

確信を持っているんだろう、言葉に強さがある。

私は、このまま狸寝入りしても見逃してくれるだろう、とは思いつつも、素直に目を開けた。

ベッドの上で身を起こして、腰掛けている彼と目線を合わせる。

「・・・ごめんなさい」

ついて出た言葉は、それだった。

何を謝っているのか、自分でも分からないけど。

「どうしました?

 どこか体の調子でも・・・?」

間近に迫った彼の顔に驚きながらも、私は首を振る。

いざ目の前に彼がいるとなると、反感を持った心も大人しくなってしまうようだった。

意気地なしだな、と自分でも思う。

問い詰めることが出来るだけの強さがあれば、もう少し気持ちが楽だったのかも知れない。

空色の瞳に映るのは私で、今、そこに彼女の面影を映そうとしている様子はない。

それにほっとして、私は言う。

「だいじょぶ、です」

声が掠れたのは、きっと乾燥してるから。

声が震えたのは、喉が詰まった感じがしたからだ。

彼が、頬に触れる。

泣きたくなってカオが歪む前にと、俯いた。

けど彼はそれを許してくれない。

そっと、でも抗えない強さで私に上を向かせた。

目を覗き込まないで欲しい。

「ほんとに・・・?」

彼が、私のおでこに自分のそれを、そっとくっ付けた。

帰ってきたばかりなのか、冷たい。

気持ちよくて思わず息を漏らすと、ふいにおでこが離れていく。

そして、鼻先が触れるかどうかという近さで、彼は目を伏せた。

刹那、何かを考えているのかと思わせた彼が、小首を傾げる。

そのまま、ただでさえ近かった距離が、もっと近くなっていって。

「・・・つばき・・・?」

気づいた時には遅かった。

私は無意識に、ほんの少し顔を彼から遠ざけていて。

彼は呆然と、そんな私を目を大きくして見ていた。

ああ、やっちゃった。

そう思った時には、彼の顔を見ることが出来なくなっていた。

「うそ、つきました・・・」

咄嗟に言葉を絞り出す。

「のど、痛くて・・・。

 感染るかも、知れないから・・・」

声が震えるのは、喋ると喉が痛いから。

そう思い込んで言うと、不思議と本当に喉が痛くなりそうだった。

・・・痛いのは、胸の奥の方かも知れないけど。







次の日、私は熱を出した。

仮病が本当になるなんて、この体、よくできてる。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ