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「エル君の目が、金色になった理由、ちょっと解ったかも・・・」

そう言って沈黙を破った教授は、エルゴンを計測するという小箱を閉じた。

かちゃり、という金属音に鳥肌がたつ。

「エル君の目が金色になったのは、やっぱり血中のエルゴン値が高いせいじゃないかな」

底抜けの明るさを出すのはやめたのか、それとも私達に目隠しをする余裕もないのか。

額に手を当てて言った彼の表情からは、真剣さが滲んでいる。

「そういう、ものですか・・・?」

シュウさんはといえば、教授の言葉に半信半疑といった様子で、視線が落ちていた。

「まあ、まだ僕がそう仮定してる、っていうだけなんだけど・・・。

 いろいろ検査して、他と比べてみないと何とも言えないな」

「検査・・・」

あまり良いとは言えない響きだ。

なんだか、シュウさんが病気にでもなってしまったと言われたような気がしてしまう。

彼は視線を彷徨わせるばかりで、何か言う気配もない。

ジェイドさんも、何を思っているのか、静かにカップを傾けようとしている。

私は自分がふと思ったことを尋ねてみることにした。

「・・・エルゴン値が高いと、他の人と何か違ってくるんですか?

 病気だとか、そういうんじゃないんですよね・・・?」

私が思い浮かべるのは、健康診断でされた採血だ。

血糖値とかコレステロールとかが高いって、大学の教授が話してたのを思い出したから。

大学の教授は、おなかが出ていたり、顔色が悪かったりしてたけど・・・。

「・・・他人と、違う・・・」

私の言葉の一部を反芻する教授。

その紺色の瞳は、虚空の向こうにある何かを掴もうとしているのか、目まぐるしく視線を彷徨わせていた。

「あの・・・教授・・・?」

「ん・・・?」

常軌を逸してるとすら感じるその様子に、不安になった私は思わず声をかける。

「ちょっと待って・・・」

額に当てていた手を私に向けて、何も言うなと訴えられれば、私は沈黙するしかない。

ジェイドさんを見遣ると、彼も黙って頷いた。


どれほどの時間が経っただろう。

教授が突然顔をこちらに向けた。

「疑いもしなかったけど・・・」

「え?」

ジェイドさんの声が、隣から聞こえる。

唐突すぎて、彼でもまともな言葉が出せなかったみたいだ。

教授は立ち上がって、部屋の中をうろうろと歩き始める。

「・・・僕らの中にあるエルゴンは、みんな同じものだと思ってた。

 けど・・・もしかしたら、違うものかも知れないよね。血液型みたいに」

「それ、エルの目の変化と関係あるんですか?」

ジェイドさんのもっともな疑問に、教授は立ち止まる。

腰に手を当てて格好を崩すと、ふにゃり、と笑った。

「それは、わかんない」

「・・・えぇぇ・・・」

緊迫していた空気が一気に緩んで、私は思わず声を漏らしてしまう。

黙ってろと言われて固唾を飲んでいたんだから、多めに見て欲しい。

脱力したのはシュウさんとジェイドさんも同じで、大きなため息が落ちてきた。

「でもさ、」

いつの間にか、ふわふわへらへらした教授が戻ってきて、こちらを見ている。

「調べてみた方がいいかな、と思うんだよね。

 明らかにエル君のエルゴン値は、規格外だ。

 だったら、他の人と何が違うのかを徹底的に調べた方がいいと思う」

「それは、まぁ・・・」

ジェイドさんが渋々といったふうに、教授に同意する。

当のシュウさんは、自分の身に起きていることなのに、どこか他人事に捉えているのか、全く口を挟む気配が感じられなかった。

でも、そんな彼も静かに冷めたお茶を含んだ後、口を開く。

「俺は・・・、」

バリトンの低い声に反応して、それぞれがシュウさんを見つめる。

「自分のことよりも、まずはミナを呼び戻す方法を知りたいんだが」

しっかりとした口調で言い放つ彼。

「そうだね」

教授がそれに気圧されることなく、ひと言。

シュウさんはその言葉に、わずかに眉をひそめると言った。

「この目が変化するのと、ミナを呼び戻すのは関係がありますか」

言葉の芯の部分に、とがった何かを感じた私は、なんとなくジェイドさんを仰ぎ見る。

すると彼は、空色の瞳をまっすぐにシュウさんに向けたまま、じっと息を潜めるようにして教授の言葉を待っているようだった。

私もそれに倣うことにして、視線をシュウさんに戻す。

「エルゴンが、魔力のようなものだって聞いたこと、あるでしょ?」

教授は静かに言葉を並べた。

シュウさんの問いかけには、答えるつもりはないんだろうか。

気になりつつも、私は、こっちの世界に来たばかりの頃に耳にした単語が出てきたことに、意識が向いてしまう。

あの時は、魔法が使えるのかと思って尋ねたけど・・・。

「・・・僕は、本当に魔力なんじゃないかと思ってる」

「・・・・・・・父さん」

「教授・・・」

2人の声が響いた。

呆れを含んだ言葉は、教授にどう聞こえたんだろう。

彼は少しきつい目つきをして、息子を見る。

「僕は研究者だ。

 誰もが疑わないことを疑って、調べて、発見するのが仕事だよ。

 ・・・今まで口にしなかっただけで、本当はそうなんじゃないかとずっと思ってた」

「・・・やめて下さいよ・・・」

こめかみを押さえたジェイドさんは、教授から目を逸らす。

「魔力があるって思うのは、おかしいことなんですか?」

思ったことを素直に尋ねた私の両肩を、ジェイドさんがわしっと掴んだ。

そのまま、至極真面目な表情の彼の顔が近づいてくる。

ひっ、と悲鳴を思わせるように小さく息をした私に、彼は言う。

「あなたのいた世界で今の会話をしたら、どう思われますか」

「・・・たぶん、」

彼の顔が近すぎて、直視出来ずに視線を落とす。

聞こえるかどうかの小さな声しか出せなかった。

「頭、おかしいと思われちゃいます・・・」

肩から手が離れる感覚を味わいながら、なんとなくいたたまれない気持ちに襲われる。

ため息を吐かれたのは、教授だったのか、私だったのか・・・。

「でも・・・」

彼が近すぎて吐き出し切れなかった思いを口にすると、教授と目が合った。

ドキドキうるさい心臓を宥めながら、私は言葉を紡ぐ。

「わ、私達、前代未聞で前人未踏なこと、しようとしてるんですよね・・・?」

3人の視線が自分に向いているのを感じると、ものすごく緊張する。

もともと人前に出るのは苦手だ。

特に日本に移り住んでからは、この外見のせいで勘違いばかりされてきたから。

私の日本語が、信憑性にかける響きを纏って受け止められてきたのを、ちゃんと知ってた。

手をぎゅっと組んで、その痛みで気を紛らわせる。

小指に、ジェイドさんの買ってくれた星の石が光っているのが目に入った。

「・・・て、ことは・・・。

 今まで誰も考えなかったこと、考える必要があるってことで・・・」

「うん」

教授が静かに相槌を打ってくれる。

それに後押しされるようにして、私は自分が何を言ってるのか段々と分からなくなりつつも、こわごわ言葉を並べていった。

「携帯が充電切れしないで動いてるのだって、私からしたら、ありえないことだし・・・。

 ・・・魔法とか、本当にありえないけど・・・あったらいいよね、って思う・・・」

私がここに来たのだって、立派にありえないことだ。

お姉ちゃんとあっちで再会して聞いた話を、私は薄っすら笑ってまともに受け止めなかった。

でも私は体験してしまったから。

もう、ありえないなんて、そう簡単には言えないと思う。


「つばき・・・」

ため息と共に、手が頭の上に乗せられる。

「・・・っ、」

顔を近づけた時の彼の気迫を思い出したのか、反射的に体が強張ってしまった。

ぽふぽふしながら、彼が苦笑する。

ちらりと上目遣いに見ると、目が合って。

困ったように微笑む彼は、何かが払い落とされたみたいなカオをしていた。

「たまーに、ですけど・・・いいこと言いますよね」

「・・・えぇえ・・・」

これは、貶されてるんだろうか。

言われたことの意味をはかりかねて、変な声を出してしまった。

そんな私をどう見ていたのか、シュウさんが小さく噴出す。

「そうだな」

せっかくまともなことを、勇気を出して言ったのに。

私を小さく笑ったあと、好き勝手に話し出した2人を交互に見遣る。

きっと、恨みがましい目つきになってるんだろうな。





「ほんと、何も知らないっていいよねぇ」

教授にまでそんなことを言われてしまって、私は沈黙する。

でも、その表情がすごく優しかったのを、私はしっかりこの目で見ていた。

・・・今度ばかりは、貶されたんじゃないと思いたい。








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