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こぽこぽとお湯の沸く音に、既視感を覚える。

ここで日に3回もお茶を淹れたのは、おとといのことだ。

もっと時間が過ぎていった気がするのに、世界は思いのほかゆっくり移ろっているらしい。

昨日とはうって変わって、今日は朝から雪と一緒に横風が強く吹き付けている。

コートのフードを被らないと、とてもじゃないけど歩けなかった。

当然昨日歩いたテントのある区画は、がらんとしているんだろう。

この世界に来てから、いろんなことがあったなぁ・・・。

上へと昇っては消えていく湯気を眺めながら、そんな感慨に浸る。

たぶんまだ、ひと月も経ってないんだろうに、その間に私はどれだけの時間を生きたんだろう、なんて、ガラにもなく考えに耽ってしまった。

時間の流れとは無関係に、人生の密度を上げることが出来るなんて、目からウロコな思いだ。

「リアちゃん?

 お湯、吹きこぼれちゃうよー?」

教授のふわふわした声にはっとして、目の前でカタカタ音を立てて湯気を吐き出している薬缶に焦点を合わせる。

今にも蓋が取れてしまいそうに沸騰していた。

そういえば、少し前から沸騰してることには気づいていたはずなのに、なんだかぼーっとしてしまったらしい。

「ごめんなさいっ」

慌てて電熱コンロのスイッチを切った私は、吹きこぼれずに留まってくれた薬缶の蓋を見て、胸を撫で下ろした。

研究資料がどこに放置されてるか分からない研究室で、うっかり、なんてことになったら大変だ。

教授はすごい人らしいし、きっと弁償とかそういうレベルで話が済むわけない。

こっかてきそんしつ、ってやつだ。

「んもう、リアちゃん火傷しないでよね。

 ジェイドが僕に優しくなくなっちゃったら困るんだよ」

「もともと優しいつもりは微塵もないですから、お湯でも何でもぶちまけてやりなさい」

教授のおふざけを滲ませる発言を打ち消すみたいに、ジェイドさんがまくし立てる。

私は思わず噴出してしまった。

この親子、親と子が逆になったみたいな関係なんだな。


「はい、どうぞ」

この動作も、もう4度目だ。

それぞれにカップを取ってもらって、私はトレーを戻しに行く。

おとといと違うのは、お茶請けが用意されてること。

昨日の散策中に、お菓子を売ってたテントで買いこんで来たってわけだ。

たくさん買ったから、残りは教授に差し入れるつもりで。

私のお茶を取っておいてくれたジェイドさんにお礼を言いつつ、私もソファに腰を下ろす。

「今日も、」

「普通で美味しいですか?」

先手を打った私に、彼が驚いた顔をした。

私は思わず小さく笑って、肩をすくめる。

「うん、いい感じだね」

教授が柔らかく微笑んで、顔を見合わせていた私達を見ていた。

なんだか気まずいような、背中がそわそわと落ち着かないような気分で、居住まいを正す。

「これくらい和やかだとさ、物事が上手くいく気がしない?」

のほほん、という擬音語がぴったりな教授に言われて、ジェイドさんがため息を漏らした。

「これくらい楽観的だと、息子が生真面目で計算高くなるの、納得出来るでしょう?」

「・・・ええとー、」

にこにこしてる教授と、沈痛な面持ちの彼とを交互に見つつ、私は言葉を慎重に選ぶ。

この場合、どっちに肩入れしても私が損する気がしてならない。

「どっちもどっちで、良いと思います」

最善を選んだと思ったのに、2人揃って同じように顔を顰めたのはなんでだ。


「それで、」

静かにお茶を啜っていたシュウさんが、低い声を出した。

思わず謝りたくなるのは、一般人としてごく普通の反応だと思う。

眉間のしわを見つけて、昨日は眠れなかったんだろうか、なんて大きなお世話を抱いてしまった。

「何か方法はありそうですか」

「うーん・・・」

教授があごに手を当てて、何かを考える素振りを見せる。

今度は隣に座ったジェイドさんが、静かにお茶を啜り始めた。

「僕は、一応仮説っぽいものは出来たから・・・、

 まずはエル君が昨日調べて分かったことを、話してみて」

・・・仮説、立てられたんだ・・・。

教授の口ぶりに小さな希望の芽を感じて、思わず頬が緩みそうになった。

私が抱いた感想を、いちいち口に出す必要はないと思って、必死に先を聞きたい気持ちを抑えてシュウさんのことを見る。

シュウさんは、少し視線を左右に行ったり来たりさせたあと、口を開いた。

「目新しいことは何も・・・。

 ただ、エルゴンについて、少し・・・」

「お、ほんと?」

控えめな言い方にも、教授は見事に食いついた。

カップをテーブルに置いて、足を組む。

「ええ・・・。

 おととい、ケータイの動力が切れないことと、俺の目の件が無関係ではなさそうだと

 話していたでしょう」

「うん」

「だから、調べてきました。

 この世界で動力になり得るものは、今のところエルゴンしか知らないので、その関係を」

「ひと通り?」

「ええ」

ぽんぽん言葉が飛び交うのを、私は静かに見守る。

内容はやや謎だけど、それでも、何かが進行してることを肌で感じていた。

教授が小首を傾げたのに、シュウさんが頷いてから答える。

「今のところ、エルゴンの生成は人間の血液からだとされてきましたよね。

 けど・・・、どうやら、それ以外のものからも、生成出来る可能性がある・・・と」

「おぉぉ・・・」

シュウさんが遠慮がちに言ったのに対して、教授が感嘆の声を上げた。

隣でジェイドさんがカップを置く気配がした。

私はそれも気になるけど、今は2人の話がどうなるのかの方が大事だ。

「よく見つけたね。

 あんまり目立たないように書いたのに」

「・・・教授の本を読んだんですか?」

ああ、口出ししちゃった。

つい浮かんだ疑問をそのまま言葉にしてしまって、私は身を小さくする。

2人から投げ合っていた言葉のボールを奪ってしまったことに、私は変な汗をかきそうで。

けど、隣から彼の手が伸びてきて、そっと背中を撫でてくれたことで安心して、背筋を伸ばす。

教授が、一瞬きょとんとした表情になったけど、すぐに微笑んで言う。

「うん、僕の本。

 奇抜なことを書くと外野が煩いからさ、なるべく目立たないように書き残してるんだ」

「相変わらず気を遣いますね・・・。

 だから、いっそのこと護衛をつけろと言ったのに」

「だーかーら。

 嫌だって言ったでしょ。

 僕は、ずっと普通の生活をしたくて、補佐官の仕事を頑張ってたんだから」

教授が不満気にしているのを見たジェイドさんが、ため息混じりに口を開いた。

「補佐官・・・?」

会話の内容がいまいち理解出来なかった私は、ほとんど独り言として呟く。

なのに、2人はしっかり私のこっそり吐き出した呟きを聞いていたらしい。

「この人ね、私の前任の補佐官だったんです」

「・・・ほんとはやりたくなかったんだけどね」

「えぇっ・・・?!」

補佐官て、今ジェイドさんが頑張ってる仕事のことだよね・・・?!

少し体を引いて驚いた私に、教授が苦笑して、手をぱたぱた振った。

「仕方なかったんだ。

 5回も断ったのに、イルシュがしつこくてさ・・・。

 ま、息子がしっかり育ってくれたおかげで、僕の任期は超絶に短く出来たんだけど」

そう言ってへらへら笑う教授は、どこからどう見ても、一国のトップと肩を並べて立つ人のようには見えない。

「とにかく、今の僕は王立学校の教授なの。

 あの頃必死に働いて、やっと普通の生活が出来るようになったんだからね?

 だから、護衛なんかが側にいたら気が散ってしょうがないの!」

言葉の最後に、びしっとジェイドさんを指差す。

宣戦布告のつもりなのか、しばらくそのままの姿勢で固まる教授は、とても滑稽だった。

白々しいくらいの底抜けな明るさの裏に、それまでの苦労が上手く目隠しされてるみたいに思えた私は、彼を見ても全然笑えなくて。

ジェイドさんが滅多に敬語を崩さないのも、教授と同じ理由なのかも知れない、なんて直感に似た感情を抱いてしまった。

親子はやっぱり、親子だ。

「わかりました、護衛の件は、また折を見て話し合いましょう。

 ともかく今は、エルの話に回答を」

もう幾度となく話し合ったことなのか、ジェイドさんが教授の言葉をさらりと流して、脱線していた話題をもとに戻す。


「はいはい。

 ・・・エルゴン生成について、だったよね?」

「はい」

シュウさんが静かに頷いた。

眉間にしわが寄ってないところを見ると、どうやらジェイドさんと教授のやり取りは今に限ったことじゃないらしい。

お姉ちゃんを呼び戻す方法に近づこうとしている気配を感じた私は、彼らの話をしっかり聞くべく、耳を澄ませた。

「その、エルゴンを感じ取るための機械を作ったんだよね。

 もともとは、生成前の血液の中に、どれくらいの強さのエルゴンが含まれてるかを

 調べる機械だったんだけど・・・ちょっと改良してみたんだ。

 で、試しにいろいろなものを調べてみたんだよね」

「血液以外のものに、エルゴンが含まれているかどうかを、ですか。

 いつの間にそんなことしてたんです・・・」

ジェイドさんの唸るような呟きに、教授が頷いた。

エルゴンといえば、成人した人間が毎月納めることになってるスプーン一杯程度の血液から、生成するエネルギーだということくらいしか、私は知らない。

電気の代用品だと思えば、この世界の機械が動く理由にも納得出来てたけど・・・。

電気じゃ、世界を渡ることは出来ないんじゃないか、と思う私は浅慮なんだろうか。

「いかなる時も、発明は興味と探究心が出発点なんだよ~。

 ・・・それで、見つけちゃったんだよね。エルゴンを内包してるもの」

もったいぶった言い方に、シュウさんが鋭い声を飛ばした。

「回りくどいのは、好きじゃありません」

「さくさく話しましょう。時間がたっぷりあるわけでもないですし」

ジェイドさんも、早く結論を聞きたいらしい。

かくいう私だって、続きが気になるひとりだ。

教授は3人からの視線を一身に受けて微笑んだ。

「星の石と、古代石だよ」

ふわふわ、へらへら告げた言葉に、彼らが沈黙した。

私はその理由が分からないから、2人の顔を交互に見る。

そのカオは、にわかには信じられない、といった表情をしていた。

石の中にエルゴンの元が含まれてるのが、そんなに不思議なんだろうか。

「・・・こだい、いし・・・って、何ですか・・・?」

星の石と並んであがったということは、石の一種だろうとは思うけど・・・。

私は2人が沈黙したのを見て、教授に尋ねていた。

「古代の時代から眠り続けてる、と言われる石だよ」

にっこり笑って答えてくれた彼が、ちょっと待って、と席を立つ。

私はその様子を目で追いながらも、エルゴンが石の中に入ってるって、一体どういうことなんだろう、と内心で首を捻っていた。

難しい話は、やっぱり苦手だ。

隣で沈黙して、テーブルの上のカップを見つめていた彼に声をかける。

「ジェイドさん・・・?」

「・・・ん・・・?」

意識が完全にこちらに向いてないと感じさせる返事。

それには気づかないふりで、私は続けた。

「話の内容、解らなかったら・・・、」

彼の目が、私を捉える。

そして柔らかく目を細めたと思ったら、ひとつ頷いた。

「ええ、解ってますよ。

 あとでちゃんと噛み砕いて説明してあげますから」

頭をぽふぽふされて、私も目を細める。

この無条件に受け入れてもらってる感じ、すごく心地良い。

「はい」

心地良さも手伝って、ふわふわした気持ちで頷いていたら、教授が戻ってきた。

その手に持っているのは、2種類の石と、小さな箱。

「現物を見たほうが解りやすいよね」

言って、テーブルの上に手にしていた物を置いた。

ころん、と転がり出たのは、星の石と黄色くて透明な石。

「触っても、いいですか・・・?」

恐る恐る尋ねると、教授はふたつ返事で許可して、2つの石を掴んだ。

そして、私の手を取って手のひらの上にそれらを乗せてくれて・・・。

隣からの視線が痛いのを気づかないふりして、私は石を眺める。

星の石は手のひらに乗せたまま、もう1つ、べっこう飴みたいな色の、つるんとした見た目の石を摘んでかざした。

透明度はそれほど高くないけど、中に小さな羽虫が入っていることに気づく。

「これ・・・琥珀・・・?」

残念ながら実物を見たことがないから、不確かだ。

聞いたのは、樹脂が化石になったもので、中には植物や虫が閉じ込められたものがあるってこと。

確信に近いものを抱きながら、私は摘んだ石を見つめていた。

「こはくと、呼ぶんですか?」

横からジェイドさんが、石を覗き込むようにして顔を近づけてくる。

私は彼の目の前に石をかざした。

あ、虫が入ってますね・・・、なんて呟く彼の声が、耳元で穏やかに響いて。

「実際に見たことは、ないんですけど・・・。

 あっちの世界で琥珀って呼ばれてる物と、一緒だと思うんですよね」

「・・・確か、ミナも同じ単語を口にしていたと思う」

黙っていたシュウさんが、向かいから口を挟む。

確証がなかった私には、ありがたかった。

「お姉ちゃんも、持ってたんですか?」

「ああ」

問いかけに、彼が頷いた。

「父の形見として俺が持っていたものを、ペンダントにして身に着けていた」

「へぇ・・・そっか・・・。

 ・・・ん・・・?」

彼の言葉に相槌を打ってから、気づく。

「そのペンダント、お姉ちゃんがいなくなった時も身に着けてました?」

胸のあたりがざわざわする感じに、私は思わず尋ねていた。

気のせいかも知れないけど、気になってしまっては仕方ない。

「ああ、寝る時以外は大抵身に着けていたと思うが・・・。

 コインは髪留めにしてしまったから、胸元に何かないと物足りない、と言っていたしな」

「・・・あ、もしかして、青いコインの髪留めですか?」

お姉ちゃんの黒い髪に馴染んでいたものを思い出す。

「見たのか」

シュウさんが、なんとも言いがたい表情で訊いてくるのに、私は頷いて返していた。

「そういえば、あっちにいても髪を結い上げてたみたいです。

 なんか、落ち着かないとか言って・・・で、髪留めも、いつも同じで・・・」

半分はお姉ちゃんから、半分は伯母さんから聞いたことだ。

「あのコイン、綺麗だったけど・・・何か特別な意味があるんですか・・・?」

聞いたら傷を抉ったりしないか心配で、お姉ちゃんには聞けなかったこと。

ただでさえ、自分の置かれた状況に混乱して、大好きな人と引き裂かれて苦しんでたのに、その上妊娠してるって分かってしまったら、精神的に負担になりそうなことには、触れられなかった。

だって、1日に何度も髪留めを外しては眺めて、苦しそうなカオをしてた彼女を、私は知ってしまったから。

「エルが手首にしてるコインと、よく似てたでしょう?」

ジェイドさんが、静かに問いかけた。

沈黙を肯定と受け取ってくれたのか、彼は続ける。

視線の先には、シュウさんが腕時計のように身に着けているコインがあった。

「あれはね、団長だけが持つコインなんです。

 求婚する時に騎士が相手に預ける、という古い習慣のようなものがあって・・・。

 まぁ、最近ではコインよりも星の石の指輪の方がいい、と言う女性が多いらしいですが」

「はぁ・・・」

最後のひと言に気の抜けた相槌を打って、私はシュウさんを見る。

「そういうことだったんですね」

納得して言った後に、本来言おうとしていたことを思い出して、気づいた時には思わず声を上げてしまっていた。

「あっ・・・、っと・・・」

教授も含めた3人の視線が集まるのを感じて、慌てて口元を押さえる。

そんな私を見ている視線が、無言で続きを促しているのを感じ取って、私はそっと口を開いた。

「お姉ちゃん、その、古代石・・・でしたっけ、持ってなかったみたいですよ」

「しまってあったから、あなたが見なかっただけでは・・・?」

ジェイドさんが訝しげに問いかけて、私は小さく首を振る。

「ううん、持ってないって。

 大事な預かり物なのに、失くしちゃったみたい・・・って」

事情を知った今では、シュウさんのお父さんの形見だということが、お姉ちゃんを落ち込ませた大きな要因なんだろうな、と思えた。

「・・・世界を渡った時に消えてしまったのか・・・」

おとなしく気配を消していた教授が、呟いた。

シュウさんが口を開く。

「渡り人の持ち物が、2,3日で消えるのと同じ理屈、ですか」

「うーん・・・それも、ちゃんとした説明が出来るわけじゃないからね。

 なんとも言えないんだけど・・・」

私は彼らの会話を聞きながらも、手のひらに乗せた琥珀を指先でつつく。

隣に転がるダイヤは、綺麗なカットを施されていて、キラキラ輝いていた。

「・・・そういえば・・・。

 お姉ちゃん、婚約指輪は持ってました。

 すっごい大きいダイヤで、すごく綺麗だった・・・」

独り言みたいに言いながら、「ずっと一緒にいるって約束したんだけどなぁ・・・」と寂しげに微笑んだ彼女の横顔を思い出して。

私は長めの瞬きをした。

「うーん・・・」

教授がグレーの髪をくしゃっとしながら唸る。

もしかして、行き詰ったんだろうか。

「古代石は消えたけど、星の石は消えなかったってこと?

 あ、もしかして、他にも消えたものあったのかな?」

半ば自問自答するような言い方をしている彼に、私も思い出しながら答えた。

「どうだろ・・・でも、お姉ちゃんが、ないない、って騒いでたのはその、形見のペンダント

 くらいだったと思いますけど・・・」

「そっかー・・・」

お手上げ、とでも言わんばかりにソファに体を沈ませる教授。

「どっちの石にも、エルゴンが内包されてるんだけどな。

 なんで古代石だけ消えちゃったんだろう・・・」

「それなんですけど・・・本当に、エルゴンが内包されてるんですか・・・?」

ジェイドさんの、半信半疑な気持ちを形にしたような声色が漂った。


「じゃあ、ちょっと見てて」と教授が、小箱を開ける。

金具同士がかちゃりと音を立てた。

そこには、電流計や電圧計みたいな細かいメモリの中心に、細い針があって。

その下の部分は、ガラス蓋のついた箱になっている。

教授がその、箱の部分に古代石を入れた。

「いくよー」

そう言って、ぽち、と何かのスイッチを押す。

「・・・わっ」

スイッチを押した途端に針が、ぶん、と振れたのを見た私は感嘆の声を上げた。

理科の実験みたいで、面白い。

シュウさんとジェイドさんは、何も言わずに見ているようだけど、私は素直な感想を持ったまま、メモリの半分くらいまで振れた針を見つめていた。

「・・・今度は、僕の指を入れてみるからね」

箱部分から石を取り出して、代わりに教授が自分の指を突っ込む。

そして、スイッチを入れると・・・。

「あっ・・・」

今度は、針がメモリ3分の1くらいまで振れる。

「ええっと、じゃあ、このお菓子でやってみようか」

そう言って次に入れたのは、お茶請けに出していたチョコレートだ。

スイッチを入れても、針は微塵も動かなかった。

「・・・ね?」

教授が小首を傾げて、私達を見回す。

「・・・なるほど」

そこまで見て、ジェイドさんが初めて言葉を発した。

何がなるほどなのかは分からないけど、彼の瞳は真剣だ。

「私の指にも反応しますか」

教授と入れ替わりに、指を突っ込む。

針が、教授の時よりも少し高い値を指し示した。

「私も、やってみていいですか?」

勉強は苦手だけど、実験は大好きだ。

うきうきする気持ちを押さえつけながらも、つい楽しい気持ちが滲み出てしまったのだろうか、教授が苦笑しながら「どーぞ」と箱を私の方へ向けてくれる。

人差し指をそっと箱の中へと潜らせれば、針が、ほんの少しだけ動いた。

「・・・えええ・・・」

小さな値に、なんだか落ち込む。

エルゴンの強さは、頭の良さに比例するとでもいうのか。

点数の低かった自分の指を見て沈黙していると、横からジェイドさんのくすくす笑う声が聞こえてきた。

「エル君も、やってみて」

何気なく箱を向けた教授を一瞥した彼は、頷くでも首を振るでもなく、ただ静かに人差し指を箱の中へと差し出す。

すると針が、ぶん、と勢いよく振れて、最高値を少し通り過ぎたところで小刻みに震え出した。

「・・・あれ?」

教授が首を傾げる。

「壊れちゃったのかな」

シュウさんの指と入れ替わりで、もう一度自分の指を測った教授は、もう一度首を捻った。

「おかしいなー。

 もう一回、エル君やってみて」

言って差し出した箱に、シュウさんが指を差し込んで・・・。

ぶん、と針が振り切ったのを、全員が見ていた。

シュウさんが肩をすくめて、教授は唖然としていて。

「・・・間違いじゃ、ないようですね」

ジェイドさんのひと言を最後に、沈黙が訪れる。

天体盤の動くかすかな音、吹雪に耐えかねて震える窓枠の音がやけに大きく聞こえた。

「・・・さすが、蒼鬼?」

・・・沈黙に耐えられないのは、私だけじゃないと信じたい。






「エル君の目が、金色になった理由、ちょっと解ったかも・・・」

黙って何かを考えていたらしい教授が、ぽつりと呟いた。

小さな声だったのに、それは重く私達にのしかかる。


沈黙は、私の放ったしょうもないひと言のせいだと思ってたけど・・・。

どうやら、この世界では生活に必要不可欠とされているエルゴン、という正体不明なやつが、皆のことを黙らせていたらしい。

まだちゃんと理解しているわけじゃないけど、私はただ黙って、教授の言葉を待った。





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