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お待たせしました。暴走です

緒凛の一言に、会場は一瞬にして生気を取り戻したかのようにざわめきだした。

それが当然の反応であるにしろ、やはり真織には耐え難いものがある。

震える足にしっかりしろと頭の中で叱咤しても、耳に聞こえてくる数々の評価に、真織は緊張を取り戻していった。


「二宮組ですって?」

「黒澤不動産はヤクザ組との繋がりがありますの?」

「まぁ恐ろしい……なんてことでしょう……」

「組長の一人娘なんかを娶ってどうするおつもりかしら?」

「そんなこと、世の中が許しませんわよ……」


ヒソヒソと、さきほどまで好印象だった真織の評価が一気に下がっていくのを感じた。

そのざわめきがあまりにも大きすぎて、司会者からは「静粛に」という声が飛ぶが、招待客はまったく耳を貸そうとしない。

それどころか、今まで面白くなさそうにしていたカメラマンや記者達が、こぞってステージの前に集まり、緒凛と真織のツーショットを取り始めた。

怖い……怖い……怖い――。

ただその感情だけが真織を侵食していく。

やはり、認めてもらうことなど最初から無理だったのではないか。

今にも泣き出しそうな感情を必死に押し込めていれば、緒凛とつながれた手がぎゅっと握り締められ、真織は思わず緒凛を見た。


――大丈夫


緒凛の視線がそう言った。


「黒澤さん! 以前から二宮組とは関係があったのですか!?」

「黒澤さん! それは二宮組との繋がりを認めるということですね?」

「答えてください黒澤さん! その女性と一緒になって本当に大丈夫と言えるのですか!?」

「黒澤さん!」


次々に飛び交う記者達の質問に、緒凛はただ視線を向けるだけで答えようとはしない。

どうして何も言わないのだろうかと思う反面、これは緒凛ではない、自分の戦いだと感じ、真織はきゅっと唇をかみ締めると、震える声で呟いた。


「……ですか……?」

「え?」

「ヤクザの人間は、人を愛してはいけないのですか?」


はっきりとした真織の言葉に、会場は静けさを取り戻し、真織の言葉を聞こうと耳を傾け始めた。


「私は……彼が黒澤財閥の次期総帥だから好きになったのではありません。彼が彼だからこそ好きになったんです」


マイクを通さない真織の声が、会場の隅まで響いた。

誰も話さず、けれどカメラだけがカシャカシャと鳴る中で、真織は必死に自分の思いを伝える。

静まり返った会場の中、一人の記者が真織に言った。


「でもアナタのお父さんが二宮組の組長ということは変えがたい事実ですよね? それはどう説明するんですか?」


やけにネチネチとした言い回しに、真織は質問してきた記者を見て驚いた。

あの女性と口論していた男性だったのだ。

ニヤニヤと、獲物を見つけた獣のように気味の悪い笑みを浮かべて真織を見ている。

手にはしっかりとメモ帳とボールペンが握られており、真織はただその記者を見つめた。


「アナタの父親が二宮組の組長ってのは間違いないんですよね? それを世の中が認めると思ってんですか?」

「……み、認められるとは……思っていません……けれど――」

「アンタ、自分の立場わかってんの?」


必死に答えようとしていた真織の言葉を遮り、男は鋭い言葉を投げつけた。

その言葉に、真織がグッと息を呑んだことを悟ると、男は調子に乗って次々と嫌味な質問をぶつけてくる。


「黒澤財閥を築いていくどころか、アンタの存在が黒澤財閥をつぶすかもしれないんですよ? それでもその人と一緒になりたいって思うんっすか?」

「そ……それは……」

「黒澤財閥がつぶれると、たくさんの人が路頭に迷うことになる。それでもアンタは自分の幸せを選ぶんですか?」

「あ……」

「まあ暴力団の娘が考えそうなことっすよねぇ。自分のことしか考えないような。親の顔が見てみたいもんだ」


そう言ってカラカラと笑う記者に、それはあまりにも酷すぎるのではないかと鋭い視線を向けるものも居たが、それ以上のことはせず、緒凛の隣で俯いて体を振るわせる真織をただひたすら見つめていた。


「面白いことになりましたねぇ、黒澤財閥と暴力団の黒い繋がり。こりゃ一面トップだわ」


満足そうに男は笑った。


「……人を馬鹿にするのもいい加減にしやがれ」


ポツリと聞こえてきたドスの効いた声に、男は驚いて顔を見上げ、会場にいた招待客達もギョッとした。

緒凛に握り締められていた真織の手が離れたかと思うと、反対側に持っていたマイクを奪われ、次の瞬間、大音量の声が響き渡った。


『お前には仕事に対するプライドがないのかっ!』


キーン! という音と共に響き渡った真織の声。

誰もが耳を塞いで、それでも突然変貌した真織の様子に、驚きの視線を向けている。

男も驚きながら耳を塞いでいれば、真織の怒鳴り声に「はっ」と乾いた笑いを見せた。


「ようやく正体現し……」

『そこの根性腐った記者!』


男がまた暴言を吐こうとしたのを遮り、真織はマイクで怒鳴りだした。


『アンタにだって父さん母さん居るだろうが! そんな仕事の仕方して! お父さん母さんになんて言ってんだ!? 世の為人の為にちゃんと働いてますって胸張って言えるのかっ!』

「なっ――! 働いたこともないガキが偉そうに!」

『これを言うのは何度目か! 私はつい先日まで父さんが暴力団の組長だってことを知らなかった! 借金まみれの生活でウチは明日の食料もままならなかったほどの貧乏人だ!』


真織の言葉に、会場は再びざわめきたった。


『何だったら今までしてきた仕事全部言ってやる! 小学生の頃は牛乳配達と新聞配達! 近所の惣菜屋の配達手伝って生きてきた! 工事現場に道路工事! 毎日スコップ、のこぎり持って泥だらけ! コンビニ、本屋、洋服店のレジ係! そういやあ洋菓子店やファミレスで調理の仕事もしてた! まだまだ言い尽くせない仕事をたくさんしてきた! でもね! そこでは自分の仕事に誇りを持って頑張っていた人たちがたくさん居たのよ! 夢を持って、諦めずに働いて! アンタはその初心を忘れたの!?』


勢いのありすぎる真織の言葉に、男の口端がヒクッと動く。

想像を絶する真織の職歴に、会場は再び静まり返り、真織の次の言葉を待っていた。


『確かに私の父親は最低よ! 借金があるだなんて嘘ついて自分の家のこと隠してて! 借金返済の為に私が働いてるのにも関わらず、本人は道楽で仕事にも就かないで! けどね! 恥じる親なんかじゃなかった! 私がバイトから帰ってきたら必ず家に居て「おかえり」って言ってくれた! いらない借金増やして私の誕生日を祝ってくれた! 私を絶対見放さなかった! 子供が親を、親が子供を殺すのが平気になってきた世の中! 子供の私だけは絶対に見捨てるような父親じゃない! 立派な父親よっ! ……例え、血が繋がらなくてもっ!』


ギリリと歯を食いしばり、小さく漏らした最後の言葉に、後ろで静かに聞いていた緒凛はギョッとし、会場の隅でそれを聞いていた直弥ですら驚きの表情を見せていた。


「真織……お前……知って……」


思わず緒凛が尋ねれば、真織は先ほどとは比に鳴らないほど悲しげな表情で緒凛を見て。

それからすぐに会場の端にいる父の方を見て言った。


『知ってたわ。小学生の時、保健の授業で母子手帳を使うことになって……お父さんは無くしたって言ってたけど、絶対あると思って家中を捜したわ。そのとき初めて知ったの、お母さんの血液型。お母さんがB型、お父さんはO型……。それなのに、AB型の私が生まれるはずないもの』


静かに真実を告げた真織に、直弥はどうしようもなく複雑な、悲しげな表情を浮かべて。


『血が繋がらなくても私の父は二宮直弥ただ一人よ。それがたまたま組長の息子だっただけ。それで私がたまたまお父さんの娘として育っただけ。それだけのことよ』


真織は切なげにそう言うと、暴言を吐いていた記者に向き直り、静かに告げた。


『アナタにも大切な家族は居るでしょう? 血の繋がった大切な家族。その家族に顔向けできないような仕事の仕方をしちゃダメ』


穏やかな声で、真織がそう嗜めても、男は納得いかないのか、ワナワナと体を震わせ始める。


「だったらどうした! 俺は俺の仕事をしているだけだ! 世の中の人間は皆真実を知りたがってる! それを伝えるのが俺の仕事だ!」

『だからって誰かを傷つけてまで自分の仕事を貫こうとするのは間違っている!』

「傷つく!? はっ! 勝手に傷ついてりゃいいんだ! 当然の報いだろう! 悪いことを散々やってきた奴等を暴いて! それに傷つくだなんてお門違いもいいとこだ!」


自分が正しいと、絶対だと言いたげな男の叫びに、真織は泣きそうになった。

悪いことをしていないのに取り沙汰されて傷つく人も居るということを、どうしてこの人はわからないのだろうか。

何を言っても無駄なのだろうかと諦め掛けたとき、ふとどこからか凛とした声が聞こえた。


「まったく、いい大人が、正しいお嬢さんの意見を受け入れられないだなんて、どちらが子供かわからないね」


その声に、男はバッと勢いよく振り返り、そこに居る人物を見れば、ものすごい形相で声の主を睨んだ。


『あ……あの時のお姉さん……』


真織が思わずマイク越しにそう言えば、あの時非常階段で出会った女性が、軽く手を上げて、壇上にいる真織に挨拶をした。


「やあ、先ほど振り」


今の騒動をものともしない平然とした態度に腹を立てたのか、男は勢いよく女性に歩み寄り胸倉を鷲掴んだ。


「てめぇ! また邪魔を!」

「別に邪魔をしにきたつもりはない。彼女の言葉があまりにも心に響いたので賛辞を贈りに来ただけだ」

「こんのクソアマァ!」


胸倉をつかまれても平然とした態度を取った女性に、男は拳を振り上げた。


「汚い手で触っちゃダメー」


振り下ろされた男の手を、第三者の手が止めた。

ガシリと掴まれた腕に、男は驚きの表情で振り返る。

そこに居たのは見知らぬ若い男性で、ニッコリと笑みを漏らしながらも、殴りかかった腕をぎゅっと力強く握り締め、男はその痛みに顔をゆがめ、女性の胸元から手を離しながら男の手を振り払った。


「ってぇ! 何するんだ! 暴力行為だぞ!」

「おいおい、自分を正当化しようとするなよ。人の奥さんに先に暴力ふるおうとしたのはどっちだよ? 無駄だよ? 訴えたところで、ここに居る人たち全員が証人だ。明らかに君が悪いに決まってる」


ふんっと鼻を鳴らしながら女性を助けた男が淡々とそう言えば、記者は痛みの伴う腕を掴みながらギラギラと睨んだ。

睨む記者に対し、女性はため息を漏らすと、寄り添う旦那に一度視線を向け、それからもう一度記者に対して静かに言った。


「お前のような下種はここには合わないらしい。さっさと出て行くことをお勧めする。で、ないと……」

「ああ? でないとなんだ!? 警察にでも突き出すってか!? やってもらおうじゃねぇか!」

「警察? そんな浅はかなもので済ませるわけがないだろう。この身に受けた屈辱は、しっかりと自分で返させてもらう」


そう言いながら女性は髪を耳に掛ける仕草をした。

その瞬間、会場が今までで一番大きなざわめきに包まれた。


「おい! あの赤い右耳のピアス!」

「そっちの男は左耳だぞ!」

「揃いの赤いピアス!? 嘘だろ!? 何でここに!?」

「ああ――あの男! 確かに見たことがある!」

「じゃああの女性はやはり!?」


ざわめく会場の中、女性は静かに目を閉じ、改めてしっかりと目を見開くと、強い眼差しで記者を睨んだ。


「初めてお目にかかる。獅子堂財閥総帥、獅子堂千鶴と言う。よろしく」


ニィと笑みを漏らした女性に、記者は背筋をぞっとさせ、次の瞬間には慌てるように会場を飛び出していった。

獅子堂財閥。

獅子堂グループを束ねる、日本一の大財閥。

その資産は、日本の国家予算を遥かに上回る数千兆円とも言われている。

発言力は日本の総理大臣よりも絶大的で、日本国家を牛耳っている、まさに日本そのものと言っていい大財閥。

その大財閥の総帥、それが彼女の正体だった。

現在の獅子堂財閥の総帥は、人前に出ることを極端に拒み、なかなか人前に姿を見せないことで有名だ。

その分、総帥と夫婦関係にあるSASAKIコーポレーションの跡取り、笹木健吾が主に表立った役割を果たしているのだが……。

当然、真織も驚かずにはいられなかった。

あれほど庶民的な発言をしていたのが、まさか日本のTOPに立つ大財閥の総帥だったなんて、予想できるはずもない。

そんな彼女は会場の雰囲気に、退屈そうに欠伸をし、それから自分の後ろに立っていた男性に静かに言った。


「ね、もう帰っていい? 約束の三時間は過ぎた」

「千鶴さん、本当にマイペースだね」


詰まらなそうな表情をみせる千鶴に対し、後ろにいた男性が呆れたように笑う。

とりあえず機嫌を取り繕うように千鶴の腰に手を回した男性は、目の前に居る真織に静かに微笑んだ。


「名演説だったね? 俺、聞いてて笑っちゃった。あ、誤解しないで? 変な意味じゃなくて、すごい子がいるなーって。今時そんな考えもった若い子居ないよぉ?」


感心したように男性がそう言えば、真織は呆然とマイクを持ったまま「はぁ……」と気の抜けた返事をする。

それを聞いていた千鶴が、眉間に皺を寄せて、自分の腰を抱いている男性を見上げ静かに言った。


「健吾、加齢臭の漂う発言だそれは。お前も若いだろう」

「んー、なんか制服着なくなると一気に年を取った気が……」

「お前がそんななら、私はどうなるんだ。制服を脱いで何年になると思っている……」

「数えていい?」

「怒るぞ」


無表情ながら呟いた千鶴の言葉に、健吾と呼ばれた男性は悪戯っぽく笑いながら肩をすくめて改めて真織を見た。


「がんばってね」

『……え?』


突然の声援に、真織は思わずキョトンとした。

その反応がおかしかったらしく、健吾はクスクスと笑みを漏らしながら改めて真織に言う。


「がんばって。認めてもらいたいんでしょう? 自分達の関係。俺達もそうだったから」


健吾が少しだけ首を傾げながらそう言えば、千鶴はそれに続けるように呟いた。


「私が総帥になったのもつい最近だ。その時、私の過去が世の中に出回って賛否両論を貰ったよ。でも諦めきれなかったから。健吾……夫と一緒になることに。入りたくもない上流社会に飛び込んでまで、この関係を続けていきたかったから」

「世の中にはいろんな人が居るよ。全員に認めてもらうってのは無理かもしれないけれど、でも一部の人がわかってくれさえしたら、それはとても力強い味方を得たことになる。絶対負けちゃダメだよ? 本当に欲しいものは、しがみついてでも手を離しちゃダメだ」


二人の言葉が、真織の持っていたマイクから会場内に漏れていたが、今の真織にはそんなことは関係なかった。

自分達と同じ境遇にあい、乗り越えた二人の存在が、とても大きくて勇気付けられた。

獅子堂財閥の跡継ぎで世の中が大きく揺れたニュースは昨年の出来事だっただろうか。

今の今まで直接の血縁者がなく、経営力もない前総帥の甥が跡を継ぐのだろうと噂されていたのだが、突然現れた前総帥の孫が跡目を継ぐこととなった。

話によると彼女と獅子堂財閥はそれまで絶縁状態というより、彼女の存在自身を確認していなかったらしい。

それはまた話せば長くなることだが、問題は彼女の経歴にあった。

彼女は幼い頃、実の父親から性的虐待を受け、父親が犯罪者だったということが当時大きな話題となった。

被害者だったはずの彼女がなぜか嫌悪され、酷いパッシングを浴びていたのも良く知っている。

けれどそれを支え続けたのは彼女の年下の恋人で、現在の旦那であるSASAKIコーポレーションの跡継ぎ、笹木健吾だったという。

彼の身分を知った彼女は、自分の持つ全ての力を注いで彼に追いつこうとしたのだ。

追いつくどころか追い越してしまったのにはさすがに本人達も驚きだったようだが、それでも二人を応援する声もちらほらと聞こえていたのも事実だ。

そんな二人の笑顔を見ていると、例え茨の道だったとしても今はとても幸せだと感じられるのは、二人の愛の力だろう。

真織は最大の声援をしっかりと胸に受け止め、大きく頷いてみせた。


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