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お披露目パーティー

「あれ? 凛兄、真織は?」


ざわめき立つパーティー会場の片隅で、緒凛の姿を見つけた一張羅姿の蝶が尋ねれば、緒凛は相手をしていた得意先の重役に、一言詫びを入れてからその場を離れた。

立食形式で開催されているパーティーは、それはもう華やかでまぶしいほどだ。

招待客の中には見たことのある芸能人や、一般人でも知らない人はいないと思われる業界のトップ達が自分達を彩りながら多くの人と会話を楽しんでいる。

緒凛は手に持っていたワイングラスを置いて、蝶に話しかけた。


「十五と夢兎と茅は?」

「十五兄は知らない女につけ回されて控え室に逃げ込んでる。夢兎兄はダメ。この前新記録達成して三週間寝てないらしいから今は夢の中。ちぃ兄は真織に負けず劣らず目立つ場所が嫌いだから今日は不参加」


緒凛の質問に淡々と答えた蝶は、次はこっちが質問に答えてもらう番だと言わん限りに緒凛をみあげる。

その視線に気がつきながらも、緒凛はあえてソレを見ることなく、会場を見渡して呟くように言った。


「さっき椎名の姿を見つけたから来ていると思うんだが。アイツのことだからギリギリまでどこかに隠れているだろうな」

「真織らしいっちゃ真織らしいね」


蝶は悪戯っぽくそう言って肩をすくめれば、緒凛は全くだと苦笑した。

緒凛の予想はばっちり当たっていた。

全ての作業が終了し、豪華なドレスを身にまとった真織は、迎えに来てくれた椎名の反応が、余りにも大げさだったので人前に出ることが出来ないでいた。

人目に付かないよう扉付きの非常階段の中でひたすら時間が過ぎるのを待つ。

完成した自分の容姿を、担当したエステの店員達が面白がって見せてくれなかったのだ。

せめて自分がどのように変身したのか鏡だけでも見ておきたかったのに、全くと言っていいほどそれを拒まれたのだ。

彼女達は真織の変貌ぶりにただクスクスと笑っていた。

迎えに来てくれた椎名も、真織を見て絶句し、会場に到着するまでの間、疑わしいほど口を開こうとしなかった。

そんな反応をされて怯えられずにいられようか。

きっと声も出せないくらい似合っていないのだ。

貧乏性だった自分がいくら着飾ったところで見れたものではなかったのだろう。

そんなこと自分で分かり切っているのに、あからさまに人にそんな目で見られるのはさすがの真織も落ち込んでしまう。

貧乏だった時でも、もう少し肌の手入れ位しておけばよかったと昔の自分を叱咤した。


「いい加減にしろよクソババァ!」


突如非常階段で響いて聞こえてきた声に、真織は顔を上げた。

声はどうやら上部から聞こえてきたようで、真織は戸惑いがちに、一歩一歩階段をのぼる。

どうやら男女が言い争っているようだが、怒鳴っているのは男だけで、女は静かに反論をしているようだった。


「こっちは仕事でやってんだよ! いちいち邪魔すんのやめろよ!」

「さっきの女性が嫌がっているのを分っていながら、質問責めしている無神経なアンタを黙って見ている神経は持ち合わせていない」

「はぁ? 意味わかんねぇよ! こっちは仕事だっつってんだろうが! あの女優はいま不倫疑惑持ち上がっていて今が聞き時なんだ! アンタだってテレビ見て知ってんだろうが!」

「残念ながら知ったことではないな。不愉快以外の何にも当てはまらん」


負けじと女性の反論が聞こえてくるのを、真織はようやく二人の姿を確認するところまで来て見つめていれば、女は真織に背を向け、こちらを向いていた男は真織の姿を見つけた途端、絶句して、居心地が悪いように視線をそらし、ちっと舌打ちした。


「今度邪魔したらただじゃすまないからな」


男は吐き捨てるようにそう言うと、真織の横を通り過ぎて降りていく。

真織は視線だけでそれを追い、ふと上を向くと、取り残された女性が真織をじっと見つめていることに気がついた。

その女性の容姿に真織は無意識に感嘆の声をあげた。

特にドレスを身に纏っているわけでもない。

まるで部屋着にGパンといったラフな格好をしている。

化粧っ気ひとつない肌はきめ細かで美しく、サラリと揺れる黒髪と、それに似た美しい黒い瞳が印象的だった。

真織がただただ女性を凝視していると、女性は静かに二段ほど階段を下りて真織に近づく。

少しだけ優しい笑みを浮かべた女性に、真織は思わず息を呑んだ。


「人が通ってくれて助かった。あのままだと取っ組み合いになりそうだったから。感謝するよお嬢さん」


紳士的な、男前な喋り方をする女性に、真織はようやく自分に話し掛けているのだと気づき、ただブンブンと首を横に振る。


「すいません、私のほうこそ、立ち聞きするようなはしたない真似をしてしまって」


自分の行為を素直に認め、思わず謝罪すると、女性はきょとんとした表情を浮かべて、それから真織の顔をマジマジと見た。


「お金持ちのお嬢様にしては礼儀正しい子ね」

「いえ、お金持ちでは……」

「違うの?」


少し驚いたように女性がそう言えば、真織はどう答えていいのか分からず、視線を漂わせながら頬を染めて言った。


「私……本当は今まですごく貧乏だったんです……。そりゃもう借金だらけでバイト三昧の人生で……。今日だって無理矢理エステに連れて行かれたんですよ? 初めてだったんです。クレオパトラもご満悦コースだなんて嘘っぱちだわ。ご満悦どころか動けなくてイライラして、不満が爆発しそうだった」


女性に話していたはずなのに、いつのまにか独り言のように呟いて、自分の言った言葉に腹を立て始めた真織を見て、女性はクスクスと笑った。

その笑みに、真織はようやく自分が暴走していたことに気づき、恥ずかしさの余りからカッと顔を赤くさせる。

それを見ていた女性は、口元から零れる笑みを必死に堪えるように真織を優しい瞳で見つめた。


「いや、笑ってごめん。なんだか私とそっくりだったから、気が合いそうだと思って」

「……アナタと?」


女性の漏らした言葉に、真織はきょとんとしながら聞き返せば、女性はあからぬ方向を見つめながら、腰に手を当てて、不満そうに漏らした。


「旦那にね、こういう場ではお洒落をするのが常識だと言われたが、どうも一流階級のお洒落は合わないんだ。なんていうか、虫唾が走る」

「それわかります!」


女性の漏らした言葉に、真織は握りこぶしをつくりながら興奮して同意すれば、女性はまた真織を見つめ今度は声を上げて大きく笑った。


「何で私たちが上にあわせなきゃいけないのかがよくわからない。この身ひとつが自分なのに」

「そう。でもお金持ちはそうじゃない。着飾って、宝石ちりばめて、それを含めて自分だと主張しなければ気がすまないんだ。自分には有り余るお金があるのよって宣伝しているみたい」


女性が淡々と述べた言葉に、真織は自分が言いたかったことを言ってくれたと、思わず拍手をおくった。

こんな場所で同じ考えをもつ人に会えるとは思っていなかった。

きっとこの人もお金持ちの旦那さんに一般市民から嫁いだ身なのだろう。

一流階級の場でも、その一般市民の心を忘れていない彼女が、それを実行している姿がヒーローのように見えた。

ふと、女性は耳を傾けるように視線を向け、それから聞こえてくる声に指を差しながら真織に言った。


「呼ばれているのはお嬢さんかな?」


女性の言葉に、真織も耳を澄ませれば、確かに真織の名を呼ぶ声が聞こえる。

それは多分緒凛の声だろう、真織がパッと表情を明るくさせれば、女性は穏やかに微笑んで真織に言った。


「真織と言うお名前なの?」

「あ、はい」

「いい名前だ。マオリ族のマオリかな」

「マオリ族?」


女性の言葉に、真織が思わずキョトンと聞き返せば、女性は嫌な顔ひとつせずに丁寧に教えてくれた。


「イギリス人が入植する前にね、ニュージーランドに先住していた人々のことだよ」

「へぇ……知らなかった」

「……マオリの意味を知っているかい?」

「いえ……」

「マオリ族とは、マオリ語で“人間”という意味だ」


穏やかに、そこに響く女性の言葉に、真織は思わず声を失った。


「人間味のある女性に成長して欲しいという親の気持ちが込められているんじゃないかな? 真織ちゃんは、ちゃんと親の思う通り、素直に育った子のようだ」


女性はそう静かに呟いて、真織の頭を優しくなでると、静かに階段をあがって非常階段のドアを開いた。

そしてもう一度真織に振り返ると、手をヒラヒラと振って見せた。


「またね、真織ちゃん」


ただ山彦のように、女性の言葉が真織の心に浸透した。

マオリは“人間”という意味だと、そのとき初めて知ったけれど、もしそうであったにしろなかったにしろ、親がそういう意味を込めて自分の名前を付けてくれていたのなら、本当に嬉しいと思った。

彼女の言葉が、真織を大きく勇気付けた。

今から自分は戦場へ向かう。

一流階級の波に飲まれ、本当に自分を世の中の人に認めてもらえるだろうかという不安が心に多く溢れていた。

けれど、一流階級に混じった人の中に、自分と同じような人がいると知っただけで、とても気持ちが軽くなる。

自分は自分らしく行けばいい。

真織は意を決したように一人で頷いていると、ふと、女性が出て行ったドアがゆっくりと開き、緒凛が顔を覗かせた。


「真織? ああ、よかったこんなところに……」


ふと、真織が緒凛の顔を見つめると、緒凛は言葉を途切らせて絶句したように真織を見た。

驚きを隠せない表情で見つめてくる緒凛に、真織は不思議になりながら階段をのぼり、緒凛に近づいていく。

その間も、ずっと見つめているものだから、真織は段々と不機嫌になって、頬を膨らませて緒凛を睨んだ。


「何でそんな驚いてるの? ……私、そんなに似合わない格好してるかな? やっぱりおかしかった?」


真織が必死に問い掛けると、緒凛はようやく我に返ったようにハッとし、次の瞬間には真織をぎゅっと抱きしめていた。


「お、緒凛?」


突然の緒凛の行動に、真織が戸惑いながらも抵抗できないで居れば、緒凛は静かに顔を上げ、頬を赤く染めて、困ったように微笑んだ。


「……ああ、畜生。なんて綺麗なんだ」

「へ?」


緒凛の意外な言葉に、真織は思わず間抜けな返事をする。

けれど緒凛はそれを聞いているのか居ないのか優しく真織の頬を撫でて額をあわせた。


「あの店の店員達もよくやってくれる……。けれどこれじゃあ人前に出したくなくなるよ……」

「え? え? ……わ、私、変じゃない?」

「変なものか。どこのメルヘンの国からやってきたのか尋ねたいくらい綺麗だ」


それは……どういう風に受け止めればいいのだろうか……と、真織は首をひねっていると、緒凛は優しく真織の額にキスをして、それから静かに手を握り締めた。


「父の挨拶が始まっている。それが終われば俺の挨拶だ。そこで真織を皆に紹介するよ」

「だ……大丈夫かしら?」

「大丈夫だ。俺が傍に居るし、真織はいつも通り、真織らしくしているといい」


緒凛の力強い応援に、真織は優しく微笑むと、緒凛と手を繋いで会場に向かった。

会場のステージの上では、すでに絃がマイクを持ち、会場に集まった招待客の前で淡々とお礼の言葉を述べていた。

人目を避けるように、緒凛と共にステージの脇に来た真織は、緊張から心臓がバクバクと跳ね上がり、緒凛と繋いでいる手をぎゅっと握り締める。

表情の強張っている真織を見て、緒凛は優しく微笑むと、真織もそれに答えるように笑顔を取り繕って見せた。

絃が緒凛を呼んだ。

緒凛は静かに真織を見つめながら手を離すと、一人壇上の上に上がる。

絃からマイクを受け取り、一通りの挨拶を済ませていく緒凛を見ていれば、それはあまりにも凛々しく、遠い存在のように思えてきた。


『おかげ様で、黒澤不動産は設立から二十周年を迎えることとなりました。本当に二十年という長いようで短い年月は、私をここまで一人のオジサンに仕立て上げてくれました』


緒凛の一言に、会場がどっと沸いた。

冗談交じりで、けれど飽きさせることのない真面目な演説に、真織は静かに耳を傾けつづける。


『今後父の後を継ぎ、三十年、四十年と黒澤不動産を発展させていく中に置いて……皆様に紹介したい人がいます』


ドクンッと胸がはねた。


『これから、私とともに、未来の黒澤不動産を築いていく、私の婚約者を紹介します』


ふと、緒凛がステージ脇に居る真織を見た。

真織は自分が呼ばれていると分かっていても、足が竦んで動かない。

ここに出れば、人の目が、世の中の視線が自分に降り注がれる。

そう考えただけで、頭が真っ白になって……。


『……おいで、真織』


マイク越しに、緒凛の穏やかな声が聞こえた。

うつろう視線の中、真織はようやく緒凛の顔を見れば、緒凛は本当に優しく、柔らかな笑みを浮かべて真織に手を差し出していた。

一歩、二歩……、ゆっくりではあるが、真織はそれにつられるように足を進めた。

今すぐにでも逃げ出したい衝動と、緒凛を求める自分の複雑な気持ちが交差して。

ようやく中央にいる緒凛の手を取り、静かに会場の方を向けば、辺りはシーンと静まり返り、まるで人が居ないような感覚に囚われた。

会場にいた人は誰もが言葉を失った。


結い上げられた黒髪は美しく、一本一本が繊細に瞳に写る。

真っ赤なシルク素材のドレスが、少女の白い肌を引き立て、優しくその肌を撫でている。

ドレスから伸びる細くも綺麗な足。

指先にあるネイルでさえ、その少女の美しさを妬んでいるように感じられる。

その姿は、この世のものとは思えないお伽話から飛び出してきた皇女のように、繊細で可憐な少女だったのだ。

緒凛は会場の反応に満足したように微笑みながら、真織の肩を抱き寄せて、静かにマイクに向かって話した。


『彼女がこれからの黒澤不動産を共に支えてくれる、二宮組組長の一人娘、二宮真織さんです』


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