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心強い助っ人の存在

真織の背中のドアが、かすかに動いた。

押し出される感覚に、真織はふと背を浮かせ振り返れば、先ほどとはまったく違う服装をした十五の姿がそこにあった。


「さあ、行きましょう」


急かすように十五がそう言えば、真織は「あのっ」と声をかけて十五を振り返らせた。


「その……あちらの部屋に……別の女性が居るんです……」

「別の女性?」

「深い催眠に掛かっているらしく、ずっとあの状態のままで……」


真織が躊躇しながらそう言えば、十五は眉をひそめながらも、真織の指差したドアをゆっくりと開き、驚きの表情を見せた。


「……ここまで来ると、犯罪もいいところですね」


多分、十五は善一のことをそう言いながら、ゆっくりと彼女に近づき、女性の顔の前で手をひらひらとさせた。

真織も十五の後ろについて部屋の中に入り、様子を伺っていれば、十五は深くため息を漏らして真織を見た。


「荒い方法になりますが、彼女を置いていくわけにはいかないですね」


十五の言葉に、真織はパッと表情を明るくさせるも、次にとった十五の行動に、顔を蒼白させた。

ドスッと、十五は動かぬ女性の鳩尾みぞおちを殴ったのだ。

その勢いに、彼女の体はグラリと揺れ、座っていた場所から転げるようにして床に叩きつけられる。

「ひっ」と悲鳴をあげそうになった声を必死に飲み込みながら、真織は彼女に駆け寄ると。


「ん……いたぁ……」


彼女は殴られたお腹を抑え、涙目になりながらゆっくりと体を起こしたのだ。


「君は自分が誰だかわかりますか? 」


ようやく目を覚ました女性に、十五が静かな声で尋ねれば、彼女は一瞬キョトンとして、それから自分の記憶をたどるようにあちらこちらを向いた。

それからようやく自分がどういう状況に置かされているのか理解し、勢いよく立ち上がると自分の頭をわしゃわしゃと乱暴にかいた。


「思い出したわ……あのクソ変態に雇われてここに来たら、変な奴に変な催眠かけられて……。不覚だったわ……この私がこんな目に遭わせられるだなんて……。あー思い出しただけでも腹が立つ!」


どうやら今まで寡黙だった彼女はこういう性格だったようだ。

真織は唖然と彼女を見上げ、十五も彼女に異常がないと理解したのか、何も言わないまま立ち上がる。

彼女は自分の服装を見て、また悪態付きながら、自分を見上げる真織を見てふっと微笑んだ。


「アナタ、私が催眠に掛かっている時に話し掛けてくれていたでしょう? ありがとう」

「お、覚えているんですか? 」

「なんとなくだったけれどね。えーっと今どういう状況か教えて欲しいのだけれど」


淡々と述べる彼女に、真織はどういえばいいのかわからないで居ると、真織の代わりに十五が、今までのことの詳細を話してくれた。


「はーなるほどねぇ。だったら私も協力するわ。催眠をといてもらった時点で私はあなた達に借りがあるもの。借りっぱなしは趣味じゃないの。それに普通の女よりは役立つはずだから無理難題言って貰って結構よ」


十五の説明に、彼女は納得したように頷きながら、助けられる側より助ける側に回ると主張した。

そんな彼女の自信満々な態度に、十五は一瞬眉をひそめたが、彼女はそれを見もせずに、近くにあったクローゼットを開けて、動きやすい服を探そうと次々に衣類を部屋に巻き散らかしていく。

悪趣味だとブツブツ呟きながら服を選ぶ彼女の姿に、十五と真織は顔を見合わせて、目を覚ました彼女を止めるのは不可能なのではないかと悟って、深いため息を漏らした。

二人の心の内を知ってか知らずか、彼女は目当ての衣装を見つけると、十五の居る目の前で服を脱ぎ始めた。

さすがの十五もそれに驚き、彼女に背を向けて、ひたすら着替え終わるのを待つ。

けれど真織だけは、彼女の選んだ服装が、あまりにも珍しく、思わず凝視したまま動けないでいた。


「よし、準備完了。あ、そこのお兄さん、もうこっち向いても大丈夫よ」


着替え終えた女性は、そう言ってニッと微笑んだ。

十五もようやく……と、彼女に振り返ると、ギョッとした表情を浮かべる。

その反応が当然だと真織は内心で思いながらも、彼女は何食わぬ顔で真織に近づいた。


「こんなコスプレおかしいかもしれないけれど、私の本職はこれだから、気にしないでね」

「ほ、本職って……」


ありえないといったように真織が驚けば、彼女はふっと優しく微笑み、真織の目の前に静かに跪いた。


「江戸時代より我が一族は忍として今の世代まで生き残って参りました。朱雀軍鶴来家現当主、鶴来真由羅と申します。これよりアナタを我が主として認め、全力でアナタ様をお守りさせて頂きますことをお許しください」

「あ……え……?」


突然のことに、真織が戸惑っていれば、彼女は跪いたまま柔らかな笑顔を真織に向け静かに言う。


「許す……と言って頂ければよろしいのです」


そんなことの問題ではないと叫びたかった。

彼女の、真由羅の選んだ格好はまさしく、くのいち、つまり女忍者のコスプレ衣装だったのだ。

それを本職だと言っている辺り、本当に信じていいのかと疑わしい。

真織が戸惑っていると、隣に立っていた十五は静かに真由羅に尋ねた。


「鶴来家……本当に鶴来家の現当主だと言うのですか?」

「このような嘘をついて何になりましょう」


戸惑う十五の言葉に、真由羅はさも当然だと言ったように答えれば、十五は真織に向き直り静かに言った。


「彼女の言っていることは本当です。思っていた以上に役に立って頂けそうですから、今は説明している時間もありませんし、許すと答えて差し上げてください」


十五の真剣な口調に、真織はますます戸惑った。

十五が冗談を言えるほど器用な性格をしているとは到底思えないからこその戸惑いなのだが、今はとりあえず信じるしかないようだ。

真織は静かに真由羅に振り返ると、静かに口を開いた。


「……許す」


真織の言葉に、彼女は表情を明るくさせ、その場で立ち上がって十五に向いた。


「では行きましょう」

「はい」


 ◇◆◇


「ボディガードの育成?」


真織がオウム返しに尋ねれば、真由羅は腰に手を当てて「そう」と答えた。


「昔は忍として活躍してたけれど、今は主に金持ちや代議士なんかのボディガードのスペシャリストを育成してるの」


淡々と答える真由羅の言葉に、真織はようやく納得したように頷いた。

話す二人を横目に、十五は作業を進めていく。

椅子の上に立って、煙感知器をかちゃかちゃといじっている十五を見上げ、真織は静かに尋ねた。


「だから先生、鶴来さんのことご存じだったんですね」

「鶴来家と言えば、水鏡家と並ぶ優秀なボディガードが揃っていると有名ですからね。黒澤家にも複数の方がいらしてますよ」


十五の言葉に真織がへーっと声を上げた。

それからすぐに思い浮かんだことを尋ねるために真由羅に振り返る。


「……ではその忍装束はお仕事中、ずっとなさっていらっしゃるんですか?」

「やーねー。んなことしてたら変人よ。何事も形からよ。あのクローゼットの中、動きやすそうな服コレしかなかったんだもの」


真由羅がクスクスと答えると、真織は「な、なるほど」と無理矢理に納得する。

それを聞いていた十五は作業を進めながらもボソリと呟いた。


「居ますよね。形から入る人」

「そこのお兄さん、何か言った?」

「いえ、別に……」


十五の呟きに真由羅が鋭い指摘をすると、十五はすぐに押し黙ってしまった。

真織はその様子をクスクスと微笑みながら見つめ、それからふと思い出したようにベッドに戻って、十五が来る直前まで触っていた箱を静かに手に持った。

これを持ち出してもいいものだろうかと思ったからだ。

今の時点ではまだ箱は開いていない。

善一から頼まれたとはいえ、もとは母親の持ち物だ。

できれば自分の手元に置いておきたいと考えた真織は、意を決するように箱を持ったまま振り返り、真由羅の前にたった。


「お願いがあるんです」

「何ですか?」

「私は自分の足で逃げられますけど、体力はあっても運動神経には自信がないんです。それで、この箱を持って行ってほしいのですが……」


そう言っておずおずと真織が差し出してきた箱を、真由羅は不思議そうな表情を浮かべながら受け取った。


「これは?」

「母の持ち物なんです。中身はよくわからないけれど、とても大切なものらしくて、強い衝撃を与えると爆発するみたいで……」

「……爆弾?」

「あっ! そんなもの人に任せるなんてどうかしてますね私……すいません。やっぱり自分で……」

「癌治療薬ですよ」


真織の言葉を遮って、十五が発した言葉に、二人は振り返った。

十五は何食わぬ顔で作業を進めながら、もう一度確認するように言った。


「その中身、癌治療薬なんですよ。開発途中のですが」

「癌……治療薬って……」

「二宮さんのお母様が研究していらした、世界の人々が待ち望んでいた薬です」


真織は十五の言葉に唖然とし、また真由羅もギョッとしながらそれをしっかりと握り締めた。


「癌治療薬ほどの薬品開発は、開発途中のものであれ、手に入れば巨万の富を得ることができます。箱に強い衝撃を与えれば爆発するという仕組みになっているのは、多分、機密情報の流出を防ぐ為のものです。もし持ち出され、無理矢理開けようとすれば中の薬もチリとなる……」


そう言って十五は、ふとポケットから円状の筒を取り出し、その先にあった紐にカチリと音を鳴らしながら火をつけた。


「さあ、準備はできましたか? 外に居る凛兄さん達に合図を送ります」


真織と真由羅の顔を見て、十五がはっきりとした口調でそう言えば、真織は今聞いた話を理解しようと頭を働かせながらも、静かに頷いた。

シュッ、と激しい音を立てて、火をつけた筒の上部から白い煙が噴出した。

十五はそれを煙感知器の周囲に行き来させ、静かにその時を待った。



ビーーー!



けたたましい機械音が屋敷を包んだ。

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