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黒澤兄弟は恐ろしい

夜が明けた。

街が活動を始め、真織が坂上の屋敷で目覚めたころ、黒澤家は眠れぬ夜を明かした人間たちが、何もいわずにリビングで静まり返っていた。

下手に身動きの取れない状況において、誰も何かを提案することなどできない。

直弥は何もできない自分にギリギリと歯を食いしばり、勢いよく立ち上がった。


「おい……いつまでこんなことしているつもりだ」


リクライニングソファにすわり、ボーっと天井を見上げたままの緒凛に話しかけても、反応はない。

それに苛立ちを感じながら、直弥はちっと舌打ちすると、緒凛を見下して言った。


「おめぇ、ろくな人間じゃぁなかったみたいだな。この期に及んで何もできねぇだなんてそんなちっぽけな人間だとは思わなかった。俺は今から組のもんまとめて乗り込んでやる。お前は金輪際、真織に近づくんじゃねぇぞ」


緒凛にそうはき捨てると、直弥は踵を返して部下たちをつれ、リビングを出て行こうとした。


「……んな……」

「……あ?」


ボソリとつぶやかれた言葉に、直弥が怪訝そうに足を止めて緒凛に振り返れば。

緒凛は包帯の巻かれた手のひらを、何度も握り締めては開き、それを見つめて、ぎゅっと掴んで立ち上がった。


「余計な事すんな」

「なっ! てめぇ組長に向かっ……っ!?」


すっと向けられた視線に、直弥の代わりに口を開いた部下が背筋をゾッとさせた。

今までに見たことのない、怒りにゆらゆらと静かにゆれる炎を宿した瞳。

直弥でさえ押し黙るほどの威圧感に、息を呑む。

緒凛はすっと視線をそらしながら首を回して大きく息を吐いた。


「よし、調子戻った」


気合を入れるように緒凛が握りこぶしを作ると、十五はふっと無表情で緒凛を見つめて言った。


「兄さんにしては少し遅かったですね」


十五が呆れた表情をしながらそうつぶやけば、今まで何も言わなかった夢兎も、茅も、アゲハも立ち上がって緒凛の元に集う。


「夢兎、状況は?」

「真織ちゃん連れ去った車だけど、二時間ほど前に警察に盗難届が提出されたみたい。車は多分廃車したんだと思うよ……」


夢兎が一枚の紙を眺めながらそういえば、茅が隣で別の資料に目を落としながら言った。


「坂上家の防犯カメラの映像分析したけど、二宮やっぱり連れ込まれている」


そう言って茅は、今の今まで操作していたパソコンの配線を、器用に差し替えを繰り返し、リビングに備え付けてあった映画鑑賞用の大きなスクリーンにその映像を映しだした。

スクリーンにはコマ割りされた動きと画質の悪い動画がゆっくりと動き、そこには真織と緒凛を襲った男達が、ずらずらと並んで坂上家の屋敷に入っていく映像がはっきりと映し出されていた。

それを横目に、次にアゲハが茅の横から手を伸ばし、パソコンのキーを軽く操作する。

すると今度は、線画の立体的な屋敷と、それを切り取るように表示された屋敷の平面図が、スクリーンに映し出された。


「これ、坂上家の平面図。でっけぇ家だけど、ウチに比べりゃたいしたことないな」


ふんっと鼻を鳴らしながら言ったアゲハに、緒凛は頭を撫でながらそれを見つめた。


「真織が連れ込まれた部屋はわかるか?」

「多分、こっちの三階にある端の部屋だと思う。このドアは反対になってて、外側から鍵がかけられて、内側からはあかないようになってる。監禁するなら最適な場所だね」

「監視カメラは?」

「そこまで厳重な監禁はしてないみたい。監視カメラがあるのは外だけだよ」

「真織が傷つくようなことは?」

「まずないと思う。“物理的面”では……ね」


アゲハがハッキリとした口調でそう言えば、一瞬五人の中に沈黙が走った。


「ちょっと待て……お前ら一体……何するつもりだ?」


五人の会話を聞いていた直弥が驚きを隠せないままたずねれば、五人はいっせいに振り返って次々に口を開いた。


「何って……」

「当然、真織ちゃんを助けるんでしょ……?」


今までそんなそぶりも見せなかったやつ等が、なぜいまさらになって動き出したかが理解できない。

確かに誰も何も発言しようとはしていなかった。

全員が個々にパソコンを持ち込んで、ひたすら画面を見ていたのはわかっていたのだが。

まさかこれを……情報収集をしていたのか……? 

ようやく理解できる結論に至った時、直弥は収まっていた怒りがまたふつふつと湧き起こっていた。


「だったらなぜすぐに動かなかった! 真織が危険な目にあっているとわかっていて! なぜっ!」


怒りを爆発させた直弥に、五人はキョトンとした顔をしながら直弥に言った。


「そんなもの、向こうが唯一の証拠である車の処理を待っていたからに決まってんだろ」

「それに凛兄さんがあの状況じゃ、ちゃんとした考えもまとまりませんからね」

「真織を必要としているなら、坂上善一が真織に暴行を加えているとは考えにくい」

「真織を……必要としているだって……?」


直弥が唖然としていれば、緒凛は鋭い視線を向けてはっきりと言った。


「貴方が言っていた真織の母親が持ち出した癌治療薬、十中八九、坂上善一の手の内にあると考えられます」

「なんだってっ!?」

「坂上は真織が暗証番号を知っていると踏んで誘拐した。それが真織の母親を殺した奴と繋がっているかどうかまでは知らないけれど、裏ルートで坂上の手に渡っていることには間違いない」

「……なぜ断言できる? 癌治療薬のことだって! 坂上が真織に手出しをしないという証拠だって何一つないだろう!」


自信満々に答える緒凛の態度が気に食わなかったのだろう。

直弥が叫ぶと、緒凛の隣にいた十五が静かに歩み寄って無表情のまま答えた。


「これは裏業界で活躍する情報屋から仕入れたものなので、一切間違いはありません。このことは他言無用でお願いします」

「何を……」

「坂上善一は、二宮真織さんの実の父親です」


十五の言葉に、直弥は頭が真っ白になった。

自分さえ知らなかった真実を突きつけられ、考えても考えても追いつくことがない。


「まっ、まて……それは確かな情報なのか……? その裏の顔を持つ代議士が……真織の父親だって……?」


戸惑いに、グラリと体を傾けた直弥を、十五はしっかりと支える。


「ここからは俺達の憶測、推理なので流して聞いていただいて結構です」


十五はそう言えば、直弥を落ち着かせるように近くにあった椅子に座らせて言った。


「貴方の奥さん、真理さんの研究に出資をしていたのは当時、新人議員だった坂上善一本人です。当時、自分の祖父が総理大臣を勤めていたこともあって、善一はかなり注目されていた。祖父の七光りだと言われ、世間から叩かれていたこともしばしばありました」


十五が静かにそういうと、緒凛も歩み寄ってきて、腕組をしながら言った。


「真理さんと坂上善一は付き合っていたけれど、親や祖父が世間帯を気にして、真理さんを追い出したとすれば辻褄が合う。坂上善一はそのとき、真理さんのお腹に真織が居る事を知らなかったのではないでしょうか?」

「……じゃあ……君達が……証拠である車の処分を待っていたのは……」

「真織の父親をわざわざ犯罪者に仕立て上げることがないと思ったからです。かといって、噂に聞く坂上家の裏の事情までは拭い切れない。表沙汰にはできないんですよ。事実を知ったら……真織が傷つく」


ため息混じりにそうつぶやけば、緒凛は直弥に向かって静かに言った。


「そういうわけで直弥さん。貴方は何もせずにここに座っていてください」


それはまるで役立たずだといわれているようで。

直弥にとって真織は血のつながりがなくとも、ずっと一緒に暮らしてきた大切な娘だ。

それを緒凛に否定されたような気分になり、直弥はギッと緒凛をにらんだ。


「貴様らに何ができる」

「何がって? できないことなんてありませんよ」

「……は?」


ドスのきいた声で威嚇したはずなのに、緒凛も十五もケロリとした表情を見せる。

それに呆気にとられていれば、普段笑わない十五が、ニッと微笑んで。


「直弥さん、俺達黒澤兄弟の手にかかれば、不可能なんてことはありえないんですよ」


あまりにも自信満々にそういわれ、直弥はどうしようもない自分の無力さと、彼らの若さに当てられ、ようやく落ち着いたように微笑んだ。


「俺に……できることはないのか?」

「……信じていてください。真織のこと」


緒凛の言葉から感じられるものは、真織に対する強い思いだけだった。

……大切にされているな。

直弥はふっと悲しげに、けれど満足したようにため息を漏らすと、緒凛と十五は踵を返して残りの兄弟のもとへ歩み寄って行った。


 ◇◆◇


再び五人は真織の奪還について話し合いを始めた。

その面持ちは真剣で、誰も面白がってやっているわけではないと思い知らされる。

緒凛は設計用のペンを持ち、それを器用にクルクルとまわしながら話を進めている。

直弥は目を細めてそれをじっと見ていれば、後ろからスッと差し出された湯気の立つコーヒーカップにビクッと体を震わせた。


「どうです、先輩。僕の息子達」


にっこりと微笑みかけながら静かにコーヒーカップを差し出す絃の姿があった。

直弥はそれを受け取りながら、ふんっと鼻を鳴らしてどっかりと椅子に腰掛ける。


「どうもこうも……お前の息子らしい息子だよ。気にくわねぇ」


褒める気などまるでなしで吐き捨てるようにそう言えば、絃はクスクスと笑みを漏らして言った。


「大丈夫です。あの子達は五人揃えば無敵ですから」

「どうだか……」

「緒凛も本気になっているようですし、そろそろ認めて差し上げてください」


何を、と言われなくても理解できる。

けれど今の状況で「わかっている」とは言いがたい。


「本気かどうかなんて見ただけではわからんだろうが」


ごまかすように直弥がそう言えば、絃は可愛らしく微笑んで、静かに言った。


「僕の癖でもあるんです。本気を出したときの」

「……何の話だ?」

「緒凛のペン回し。手に持っているものを何でもクルクルまわしちゃうんですよね。あれ、よほど本気で集中してなければしないことですから」


絃の解説に、直弥はようやく理解したように緒凛を見つめれば、緒凛は相変わらずペンをクルクルと回したまま話し込んでいた。


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