それを奪ったのは
「『隠し事を言わないと出られない部屋』って……なにここ!?」
前回と同じ内装の部屋だが、看板の内容が違う。どういうことだと首を傾げたが、その答えはすぐに分かった。
同じ部屋にいたのが、シリル様ではなかったのだ。
「──クラリス?」
聞き慣れた声はこんなときでも私に優しい。
しっかりとした騎士服を着ているのに何故か真面目には見えないその男性は、私が幼い頃からよく知っている人だ。
「お兄様……」
一緒に育った、実のお兄様なのだから。
部屋には二人きり、つまり私かお兄様が隠し事を言わなくてはならないのだろう。私がお兄様に隠していることといえば、お兄様が買ってきていたケーキを勝手に食べたことぐらいしか思いつかない。
怒られたら嫌だが、どうせ抵抗したところでこの部屋の決まりは絶対だ。さっさと打ち明けてしまおう。
「ごめんなさい……私、お兄様が楽しみにして買ってきたケーキを食べました」
黙っていれば誤魔化せると思っていたのだが、そうもいかない。
深刻な表情で打ち明けた私だが、想像と違ってお兄様はぽかんとしていた。
「お兄……様……?」
首を傾げた私に、お兄様が苦笑する。
「──え、それだけかい?」
「それだけって言われても……他に心当たりなんて」
前にシリル様と閉じ込められたときのことを考えれば、これで扉は開くはずだ。そう思っていたのに、扉は開きそうにない。
何の音もしない扉を見て首を傾げた私に、お兄様が目を細めた。
「クラリス、ここに来る前に、何か考えていた?」
「え、はい。どうして急に精霊が見えるようになったのかなって」
お兄様が深い溜息を吐いた。考え込むように額に手の平を当てて、黙り込んでいる。
私は急に不安になって、お兄様に問いかけた。
「何です? 何か問題があるんですか?」
「──いや、この『隠していること』は、ずっと俺が……クラリスにしていた隠し事のことなんだと思う」
「私に?」
それは不思議だ。お兄様がこんな顔をしてまで隠し通そうとしたと言うことは、きっと何か重大なことなのだろう。
でも、私には何の心当たりもない。
首を捻ると、お兄様が苦笑して、ごめんね、と短く謝った。
「聞いてくれるかな? もう、ずっと前のことなんだけど」
そう言うと、お兄様はゆっくりと話し始めた。
◇ ◇ ◇
それはまだクラリスがジェラルドと婚約をすると決まったばかりの頃だ。
私は可愛い妹のクラリスがどんな男と婚約をすることになったのか気になって、精霊の力を借りてバトン侯爵家の中庭に忍び込んだ。
その日はクラリスとジェラルドの顔合わせの日で、俺はクラリスよりも早くジェラルドを見ることになった。
「それでそのとき、俺は、ジェラルドが庭の花を乱暴に摘んで、中にいた虫を潰して遊んでいるのを見たんだ」
子供ならではの残酷さと言ってしまえばそれまでだ。
だが、その頃にはもうクラリスは他人を思いやることができる気持ちを持った良い子だったし、精霊にも優しく、よく遊んでいた。
「精霊に好かれていた、真面目で心優しいクラリスは、きっと利用されるか壊されるか……子供だった俺には、その不安が現実になってしまうような気がして恐ろしかったんだ」
「ま……待ってください! 私が『精霊に好かれていた』ってどういうことですか……!?」
クラリスが前のめりに言う。
当然のことだ。クラリスにとっては長い間悩まされてきたことなのだから。
俺は覚悟が今更なくならないように、クラリスに見えないように拳を握りしめた。
「クラリスは、精霊が見えていたし、会話もしていたんだよ。そう、今のようにね」
「え、でも……」
あの頃、クラリスは聖女になる素質を充分に持っていた。
それを奪ったのは、間違いなく俺だ。
「──あの日、それを見た俺は、言ったんだ。『クラリスが聖女でなければ、ジェラルドはどうするんだろう』って」
クラリスが息を呑む。
俺はその表情に嫌悪が混じっていないか慎重に見極めながら、話を再開した。
「俺の側にいた精霊が言った。『じゃあ、試してみれば良い』って。……その後すぐ、クラリスは馬車の中で意識を失ったらしく、その日の顔合わせは延期になった。目覚めたクラリスは精霊の声も姿も認識できなくなっていて、それまでの精霊にまつわる記憶も全てなくなっていたんだ」
俺の話を聞いていたクラリスが、驚いた顔をしている。
その出来事があってすぐ、俺は今回のことを父上に報告した。とても子供一人で抱えていられる秘密ではなかったからだ。
父上は最初に叱った後は一度も怒らず、ただ、静観するように言った。
お祖父様の繋がりの縁談だからなかったことにはできないが、様子を見てみようと言って、クラリスには黙っているように、と厳しく言いつけられた。
「……これまで黙っていたこと、謝るよ。ごめんね、クラリス」
全て説明して頭を下げる。責められても、嫌われても仕方のないことだ。
覚悟していた私に、クラリスは困ったような笑い声を上げた。






