想像通りなら
目覚めたのは夕方だ。大きな腹の虫の声で起きた私は、心配してくれた家族も呆れるほどの量の夕食を食べた。そして二日ぶりのお風呂でソフィに叱られなから丁寧に磨かれ、寝台に入る。
当然疲れが取れていたはずもなく、夢も見ないで泥のように眠った。
次に目覚めたのは朝だった。
私を起こしてくれたのは、可愛らしい少年のような声だ。
『起きて、起きてよお姉さん。そろそろ起きないと、大変だよ』
「うーん……大変ってなんのこと?」
『王城に呼ばれた時間に遅れちゃうんだって、クラリスのお父さん? が言ってる。侍女さんは寝かせてあげたいみたいだけどー、どうする?』
「──……王城!?」
飛び起きた私は、思ったよりも明るくなっていたことに驚いた。あまり寝坊はしない方のはずなのに、すっかり寝過ぎてしまったようだ。
「って、え。昨日の精霊さん?」
私の側でぴょんぴょん飛び跳ねていたのは、昨日出会った毛玉だ。シリル様には光の球に見えているようだったので、毛玉姿は私の好みに合わせてくれているのかもしれない。
確かに、触れないきらきらよりも可愛らしい毛玉の方が良い。
『そう。この中、居心地よくってさ。僕、気に入っちゃったんだよね』
毛玉は枕元に置かれている琥珀のブローチの周りををくるくると飛んでいる。
これはシリル様のために買ったお礼の品のはずなのに、どうしてここに取り出されているのだろう。
問題はそれだけではない。ここにこの精霊が住み着いてしまったのだとしたら、シリル様にそれをプレゼントしても良いものだろうか。
迷った私は、まずははっきりと断ってみることにした。
「──駄目。これはシリル様にあげるものだから」
『えー、でも僕、きっと役に立つよ』
精霊は駄々をこねるように私の前で跳びはねる。
『僕が入ったままのブローチを誰かに贈るなんて、しない方が良いよ』
「それはそうだけど……だから、私の宝石から他に良い場所を見つけてもらって」
『いーやーだー』
「もう……」
私は小さく溜息を吐いた。どうしてこの精霊は、こう自分の意見を曲げないのだろう。いや、私が知らないだけで、精霊というのは気分屋なのかもしれない。
そう考えると、シリル様と私が精霊に閉じ込められた事件も説明がつく。
こんなに自由で気ままなものなら突然男女を閉じ込めることもするだろうし、シリル様だって早々に諦めて口付けをする覚悟をするだろう。
精霊にも個性があり、性格がある。
基本の勉強と幼い頃に読んだ絵本で知っていたことのはずなのに、すっかり忘れていた。
「なんで忘れたのかしら……」
『どうしたの?』
首を傾げた私に、精霊が話しかけてくる。
私は首を振って浮かんだ疑問を抑え込んだ。
「ううん、何でもないの」
それよりも今は登城の準備をする方が先だ。
私は慌ててベルを鳴らしてソフィを呼んだ。
身支度を終えた私は、お父様と一緒に馬車で登城した。いつものドレスよりも重かったが、面会の相手が王太子殿下だというから仕方ないと思って我慢する。
王城に着くとお兄様が門で待っていてくれて、王太子殿下のところまでついてきてくれた。恥ずかしかったけれど嬉しくて、王太子殿下からの呼び出しにもきちんと対応できたと思う。
話の内容は、事件に巻き込んだことへの謝罪と、私を聖女として登録するということだった。
実際に私は精霊の姿を見て、話をして、魔法らしきものも使っている。なったつもりはなかったが、いつの間にか聖女になっていたようだ。力を持ったからには今からでも聖女教育を受けるように言われ、私は素直に頷いた。
面会を終え、事情聴取も短時間で終わってしまった私は、お父様とお兄様がいる待合室へと向かって歩いていた。
胸元には、精霊が眠っているブローチを付けている。
「どうして急に見えるようになったのかしら」
『あら、貴女は最初から聖女だったのよ? ちょーっと力が封じられてただけ』
返事がないはずの独り言に、色気のある女性の声が答える。
振り返ってその声の主を確認するよりも早く、私の視界が真っ黒な何かに覆われ、身体が宙に浮くような感覚がした。
「えっ、ちょっと何が──!?」
驚いている間にもう私は地に足をついていた。真っ黒だった視界にも、ぱあっと明るい景色が飛び込んでくる。
そこはあまり広くない部屋だった。
部屋の壁は、扉を除いて真っ白だ。
シンプルな寝台とサイドテーブル。その上に水差しとコップ。それしか置かれていない部屋。
「ここってもしかして……」
見覚えのある部屋に、私は天を仰ぐ。
私の想像通りなら、あの扉の上には看板があるはずだ。






