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純情聖騎士様に溺愛されたら聖女にされてしまいました〜精霊のいたずらで閉じ込められてしまった件〜  作者: 水野沙彰


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嵐のように

 執務室はフロベール伯爵家の歴史を象徴しているような内装だった。

 伯爵が座っている執務机の背後には大きな窓があり、向かって右手にある本棚にはいかにも歴史のありそうな高価な装丁の本が並んでいる。

 その反対側には大きな絵が掛けられていた。描かれているのは、建国後すぐの戦争で剣をふるう騎士達の姿だ。

 部屋の角には剣を持った甲冑が飾られている。


「失礼します。貴女の娘が禁忌の魔術を使用している件と、善良な国民に冤罪を着せようとした件について──伯爵はご存じですよね?」


 シリル様の少し後ろをついていく私は、フロベール伯爵の視線が突き刺さってくるのを感じていた。


「ヴァイカート公爵家の子か……邸に招いてはいませんが」


「いいえ、招いたのはそちらです。私の大切な娘を攫っておいて、よくそんなことが言えますね」


「──何のことでしょう?」


「ロランス嬢は現行犯で拘束しました。この部屋も調べさせていただきます」


 シリル様が言うと、フロベール伯爵は机を叩いて立ち上がった。


「ちっ、だからあれほどさっさと処分しろと言ったのに……!」


 それは腹の底から絞り出されたような重低音だ。

 突然の変貌に私が肩を震わせると、その僅かな変化にシリル様が気付いて目線だけでこちらを気にする素振りをした。

 大切な場面で足手まといになりたくはない。私は首を振って、意識して背筋を伸ばした。


「そうされなくて良かったですね。──娘のお陰で長生きできますよ」


 その言葉は、私が処分されていたら伯爵の命もなかったということの裏返しだ。

 私刑は認められていない。シリル様は、自分が犯罪者になってでも許さなかった、と言っているのだ。

 私はまた、シリル様の想いの大きさに驚かされる。


「若造が偉そうに……!」


 フロベール伯爵は甲冑から奪った剣を手に、シリル様に斬りかかってきた。その身のこなしはとてもただの伯爵とは思えないものだ。

 咄嗟に一歩退いた私を確認して、シリル様も剣を抜く。

 金属同士がぶつかる重い音がして、私はその光景から目が離せなくなった。


「これでも昔は従軍したこともあるんですよ……!」


「そうですか。国のために身を捧げたことがあったのなら、どうして禁忌に手を出す選択なんてしたのですか?」


「そこに力があれば手にしたいと思うのは当然だろう」


「心の弱さを晒す言葉ですね」


 シリル様がフロベール伯爵の剣を押し返す。

 そこからは早かった。

 何度か打ち合う間に剣を取り落とさせ、倒れた伯爵の顔の横に剣を突き立てる。

 それは戦いの終わりを示していた。


「──これだから聖騎士は」


「今、私は精霊の力を借りていません。伯爵はそう言い訳をして、悪事に手を染めたのですね。……残念です」


 シリル様の言葉に、フロベール伯爵が顔を逸らした。

 シリル様は取り出した手枷を伯爵に嵌めた。これでもう逃げることはできないだろう。それから一度強く殴って、意識を奪う。


「……待たせた、クラリス嬢。大丈夫か」


「はい。ありがとうございます……!」


 今すぐ抱き付きたい衝動を堪え、私は壁に並ぶ本を見た。


「ここに証拠があるのでしょうか?」


「そうだろう。聖騎士達が少しすれば何人か到着するはずだ。それまで、少しここを調べさせてほしい」


「お手伝いさせてください」


「だが──」


「大丈夫ですよ。私、ここ最近で結構修羅場を経験しましたので」


 思えば婚約破棄をされてから、怒濤の日々だった。嵐のように過ぎていって翻弄される毎日に、不安がなかったと言えば嘘になる。

 それでも憧れだったシリル様に恋をして、側に居続けることを選んだ今は、嵐だろうとなんだろうと乗り超えられる気がするのだ。


「それは」


「あ、嫌って訳ではないですよ」


 私が笑って言うと、シリル様が安心したようにほっと息を吐く。さっきまで冷たく凍えてしまいそうな声だったものが、私に向けられると穏やかな波のように優しくなる。

 その変化が、嬉しかった。


「良かった。それでは、本棚を右端から頼む。私も執務机を調べたら反対から調べる」


「分かりました。任せてください!」


 私は早速本棚の右端、一番上の段から調べていくことにした。

 シリル様が最初に調べると言っていた執務机は当然だが、本棚も証拠がある可能性が高いと考えているのだろう。

 私は気合いを入れて本を手に取った。

 順にぱらぱらと見ていったが、なんの変哲もない本ばかりだ。いかにも怪しそうな本が混ざっていたと思ったら、ただの経済書だったりもする。

 二つ目の棚に入ったところで、集中が切れてきてしまった。

 ちらりとシリル様を確認すると、反対端から本棚を調べ始めたところのようだ。

 今、この部屋には二人きりだ。

 この後聖騎士団の人達が到着したら、私にも事情聴取はあるだろう。シリル様は当然職務で忙しくなる。次に二人きりになれるのがいつになるのか、予想もつかなかった。

 こんなときだが、思い切って好意を伝えるくらいなら良いかもしれない。


「あの、シリル様──!」


 私は思い切ってシリル様に身体を向けて、ガラス越しの群青色の瞳を正面から見つめた。

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