精霊避けの魔術
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そして移動した先は、先程ロランス様が破落戸の振りをしていた男性といかがわしいことをしていた場所だ。ロランス様は私が見たときよりもずっと乱れた格好をしていて、私は自分の顔が熱を持ったのを感じた。
「……姿を見せるが良いか?」
『はいはいっと』
シリル様の囁き声に、精霊がすぐに返事をする。途端にシリル様の姿が見えて、私は精霊の魔法が解けたことを知った。
同時に繋いでいた手が視界に飛び込んできて、私の姿も露わになったのだと理解する。
「──さて、説明してもらおうか」
シリル様の声に、それまで互いしか見えていなかったらしい二人がばっとこちらを見る。ロランス様達にとってはさっきまで誰もいなかったのだから当然だろう。
私の姿を見つけたロランス様が眦をつり上げた。
「なんで貴女がここにいるの!?」
咄嗟に言い返そうとした私を止めたのはシリル様だ。
ちらりと剣に目を向けたのは自制のためか、脅しのためか。
「──何も悪いことをしていないのだから、当然だろう」
お兄様が私に怒るときよりももっと怖い声だった。
本気で怒っているのだと──怒ってくれているのだと、その声だけで分かる。こんな場面なのに、思わず嬉しくなってしまうほどだ。
ロランス様がはだけたドレスを引き寄せながら口を開く。
「でもこの子は、私を暴漢に襲わせて……!」
それは私がここに閉じ込められた理由だった。街の警備兵に多少の不手際こそあれ、私がここにいることも大きな問題にはされなかったに違いないだけの理由だ。
それが事実であれば、だが。
「その『暴漢』とこんなことをしていてよく言えるな」
「──……っ!?」
目を見張ったロランス様は、次の瞬間私に怒りの表情を向ける。
「この子の言うことが信用できると、どうして思うのですか?」
「は?」
「あの場は誰も見ていないでしょう。仰るとおり私の狂言だったか、この子が企んだことだったかなんて、証明できませんわ」
通常、精霊が見ているのは聖女と聖騎士だけだ。
私は聖女ではないし、シリル様は聖騎士であっても王都にはいなかった。ロランス様も聖女ではない。
聖女であるアレットとはぐれた時点で、精霊による証明は不可能だ。
しかしシリル様の場合は、それも例外だった。
「私が何の対策もしないで婚約者を一人にするとでも?」
シリル様はそう言うと、眼鏡をくいと持ち上げて不敵に微笑んだ。これは初めて見る表情だ、と思う間もなく、話はどんどん進んでいく。
「どういうことですの?」
「私の側に、精霊がいつもいるのは知っているだろう。その精霊に頼んで、クラリス嬢を見ていてもらった。当然、お前が自演するところまで、全てだ」
「そんなっ! ちゃんと精霊避けの──」
「『精霊避けの魔術を使ったはずなのに』か?」
シリル様の声が低くなった。
私も息を呑む。『精霊避けの魔術』とは、この国では禁忌とされているものだ。
魔法は精霊の力を借りて使う。そうでない魔術が禁忌とされているのは、大地の力を強制的に引き寄せて使うため、離れた土地の力が低下し、新たな瘴気を産むことが証明されたからだ。
これが『精霊避けの魔術』と呼ばれるのは、精霊がこの魔術を嫌うためだった。
十五年前に施行されたこの法律によって、聖女と聖騎士以外の者は原則魔法を使うことができなくなった。
「そ、それは」
ロランス様が目を逸らす。
「かつては使うことができた力を失うのは惜しい。そう思っている者がいることは知っているが、それがフロベール伯爵家でも行われているとは思いたくなかった」
シリル様が言う。
「精霊、二人を拘束してくれ。邸から証拠を探す間だ」
『仕方ないわね』
「ちょっと、何? やだ、気持ち悪い……!!」
何もないはずの場所から、突然みずみずしい緑色の蔦が伸びていく。
それがロランス様と男性の手足を縛っていくのを、私はどこか別の世界の出来事のように見ていた。
服をまともに着ていなかったこともあり、二人は簡単に拘束された。シリル様は部屋の端に転がっていた布で二人を柱にしっかりと括り付ける。
シリル様はまた精霊に頼んで私達の姿を消した。
今度は、当主の執務室に行くらしい。ロランス様が禁忌の魔術を使っていて、当主が知らないはずがない、というのが理由だ。
しかし執務室の近くまで来たところで、精霊達が次々と限界を訴えだした。
『この先は行きたくないわ』
『俺も気持ち悪くなってきた……休んでるぜ』
『ごめんなさい、僕も……』
それはシリル様も肌で感じていたらしく、精霊達に無理はしないように言う。
私達は姿を現して、執務室の扉を叩いた。
もう繋ぐ理由もなくなった手は、繋がれたままだった。
「──何か用かな?」
フロベール伯爵は執務室の中にいたようだ。
返事を聞いて身を固くした私の前に、ついに手を離したシリル様が庇うように立つ。返事をしないまま扉を開けて、執務室に踏み込んだ。






