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純情聖騎士様に溺愛されたら聖女にされてしまいました〜精霊のいたずらで閉じ込められてしまった件〜  作者: 水野沙彰


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私もシリル様のことが好きです

 綺麗な銀の髪に、眼鏡。すっとそれに手を掛けて角度を直すときに、僅かに顰める眉。

 美しい顔も、しっかりとした体つきも、よく知っている。

 こんなに短い時間で濃密に誰かを知りたいと思ったことも、知ったことも、物心がついてからは初めてのことだった。

 ちょうど使用人の往来も途絶えている。

 誰もいない場所で、シリル様だけが強く存在していた。

 迷子の子供が親を見つけたときはこういう気持ちなのだろう。私はようやく見つけることができた絶対的な味方に、瞳いっぱいに涙を溜めて駆け寄った。


「シリル様……!」


 呼びかけると、顔がこちらを向く。その表情は喜びや安堵というよりも驚愕という種類の物だったが、今の私には関係ない。

 会いたかった。会って、ずっと、伝えたかったのだ。


「私もシリル様のことが好きです! こんなに誰かを好きになったことはありません……っ」


 言葉と共にシリル様の胸に飛び込む。

 しっかりとした感触がそこにあって、私は想いを伝えたことへの恥ずかしさよりも、その強すぎる幸福感に身を預けた。


「──っ!?!?」


 シリル様は、私を抱き締め返すことなく固まっている。

 ここに来てくれたのだから、私が捕らえられていると知って助けに来てくれたのだと思ったが、そうではなかったのだろうか。

 シリル様の胸にくっついたまま首を稼げた私に、精霊がぴょんぴょんとまとわりついてくる。


『ちょ、ちょっとお姉さん! 今誰にも見えてないんだよ!?』


「……あ、そうだったわ」


 精霊の慌てた声に、私は自分の最大の失敗を悟った。

 誰にも気付かれずに玄関ホールを通過するために、精霊に姿を消してもらったのだった。今の私の姿は、シリル様にも見えていない。

 シリル様からしたら、何もない場所に人の存在を感じている状況だ。声だけなのもなお怖い。

 しかし流石シリル様というべきか、すぐに状況を把握してくれたようだ。石のようにぴしりと固まっていた身体が緩んだと思うと、シリル様はその綺麗な顔でふわりと花が綻ぶように微笑んだのだ。


「クラリス嬢? でも姿が……いや、この辺りか」


 咄嗟に離れようとした私を引き留めるように、シリル様が私に腕を回してくる。

 腕はもう絶対に離さないというように強く──


「わっぷ……」


 私は呼吸の仕方が分からなくて溺れているかのように無理矢理に息継ぎをした。

 そこは頭だ。抱き締めるのなら胴体を抱き締めてほしい。


「ど、どうした、クラリス嬢!?」


 シリル様の腕が緩む。


「ちょっと待……っ、そこ頭で」


 自分が私の呼吸を邪魔していたことに気付いたシリル様が、慌てて腕を離す。

 解放されて深呼吸をした私は、シリル様の腕を掴んで、導くように胴体に回させた。自分からこんなことをするのは恥ずかしいが、仕方ない。だって、シリル様に私は見えていないのだから。

 今度こそ正しい位置で抱き締めまれて、私はその広い胸に頬ずりをした。


「シリル様、ありがとうございます」


「いや、遅くなってすまない。……少し話せるか?」


「はい」


 シリル様の提案にすぐに頷いて、手を握る。私はされるがままのシリル様の手を引いて、先程まで隠れていた用具入れに戻った。

 狭い上に箒やバケツが置かれているが、人目につかないことを考えるとここしかない。

 そして精霊に頼んで、姿を元に戻してもらう。

 シリル様は私の姿を確認して、ほっと深く息を吐いた。

 両手を私の肩に置いて、じっと瞳を覗き込んでくる。


「──……無事でよかった。怪我はしていないか?」


「はい、していません」


 空腹ではあるが怪我はない。良いのか悪いのか、判断に悩むところである。


「なにがあったのか説明してくれ。精霊から聞いてはいるが、クラリス嬢の口から詳しく聞かせてほしい」


 私は頷いて、用具入れの片隅に腰を下ろした。

 シリル様も迷わず隣に座ってくる。

 私はその近い距離にどきりとしながらも、それどころではないと気を引き締める。


「お話しします」


 そして私は、アレットと出かけたところから今までのことを話していった。

 偶然書店で出会ったロランス様に細い路地に連れ込まれたこと。

 ロランス様がナイフで自分の服を切り裂いて、破落戸を呼んで襲わせたこと。

 ナイフを握らされ、冤罪を着せられたこと。

 いつの間にかここの地下牢に入れられていたこと。

 買った琥珀から精霊が出てきたこと。

 その精霊に助けられて脱走を図ったこと。

 そしてその途中で、破落戸だった男が執事服を着てロランス様といかがわしいことをしていた場面を見たこと。

 シリル様に話すことで、自分の中でも少しずつ状況が整理されてくる。精霊が現れなかったら、シリル様がこの邸まで来てくれても私は発見されなかったかもしれないのだ。

 どうしようもないほどに危機的な状況だったことに今更になって気付く。

 身体が震えて、小さく喉が鳴った。

 シリル様が、安心させるようにゆっくりと私の頭を撫でた。

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