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純情聖騎士様に溺愛されたら聖女にされてしまいました〜精霊のいたずらで閉じ込められてしまった件〜  作者: 水野沙彰


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僕の見立てだと




   ◇ ◇ ◇




 地下牢を出て階段を上った先には、小さな木製の扉があった。やはり外から鍵が掛けられていたが、先程と同じように精霊が開けてくれた。

 ぎいと音が鳴った音にびくりと肩を揺らしつつ、扉を開けた。そこには、深紅の絨毯が敷き詰められた廊下が続いていた。

 外に出て扉を閉めると、地下牢に続く扉だったものはただの物置にしか見えなかった。


「こうやって隠してるのね」


 私は感心して呟いた。

 逆に堂々とあるからこそ、知らされなければそこが地下牢に繋がっているなど誰も思わないだろう。

 普通の貴族の邸には地下牢なんてない。フロベール伯爵家は古くから続く名家だから、過去の遺産なのだろうか。それにしては、埃が少なかったように思う。

 首を捻った私の目の前で、精霊がぴょんぴょんと飛び跳ねる。


『そんなことより、早くこんなとこ出ようよ。この家、何か空気が悪いんだよね』


「う、うん。でも方向が分からないんだけど……精霊さん知らない?」


 連れてこられたときはどこかの裏口からだったようだが、全く覚えていない。

 精霊なら知っているかと思って聞いてみたが、勢い良く飛び跳ねていた毛玉は突然私の肩に乗って大人しくなった。


「精霊さん?」


『知らない。さっきまで寝てたから、ここがどこかも分かんない』


「そ……っか」


 やはり分からないらしい。

 どれくらい寝ていたのかも聞いてみたが、それも分からないと言っていた。この精霊はもしかしたら相当なお寝坊さんなのかもしれない。

 とりあえず動いてみなければ何処にも行けないということで、私達は廊下に沿って歩いてみることにした。広い邸だからこそ、出入り口はいくつもあるだろう。

 まさか堂々と正面玄関に行くわけにもいかず、私は裏口を探していた。

 そのとき、近くの部屋から人の声がした。囁くような女性の声と物音がして、私は。


「──何しているのかしら」


『何って、どう見ても交尾だよね』


「こ、交尾!?」


 あまりにあけすけな表現をされてしまって、私は慌てた。見た目毛玉で、少年の声で、それは言わないでほしかった。


『お姉さんあんまり喋らないでよ、気付かれるでしょ』


 私は内心で謝罪をして、その部屋に目をやった。

 不用心なことに、部屋の扉は開いていた。扉を閉める間もなかったのだろうか。

 前にそういう場面を見たのは、ロランス様とジェラルド様が夜会会場の庭園でしているところだった。他人のそういうところを見る趣味はないので、どうか二度と見たくないと思って目を逸らしたのだが。


『見える? あの女の人、この家の人間だよね。空気で分かるよ』


 言われて、もう一度視線を室内に向けてみた。

 そこにいたのはロランス様だ。乱れたドレスの隙間からは豊満な胸が覗いている。肌の白さに眩暈がした。


「嘘……」


 私は息を呑んだ。

 ロランス様の上にいたのは、あの路地でロランス様を襲っているように見せていた破落戸だったのだ。

 しかしその身なりは全く違う。髪は丁寧に撫でつけられているし、着ている服は上級使用人ものだ。それも、随分乱れてしまっているようだが。

 私に冤罪を着せようとあの場を画策したのだと、これではっきりしてしまった。


「……ジェラルド様のことが好きだからあんなに怒っていたのではないの?」


『僕の見立てだと、あの女の人、随分遊び慣れてるよ』


「ええええー……」


 どうして分かるのか聞いてみたいような、聞いてはいけないような。私は好奇心をぎゅっと押さえつけて、その部屋の前をこそこそと通り過ぎた。

 しかしその先は行き止まりだ。

 行き止まりのすぐ手前には厨房があった。きっと、勝手口は厨房の中にあるのだろう。厨房からは人が働いている物音がしているから、このまま中に入るわけにはいかない。


「うーん、反対側も調べてみましょう」


 そちらは正面玄関の前を通る方向だ。

 私は精霊と一緒にまだロランス様達がいる部屋の前をそっと通り抜け、玄関ホールのすぐ横の用具入れに身を隠した。


『それで、お姉さん。これからどうするの?』


「えっと、誰もいない隙にあっちに行こうと思ってるんだけど」


 内緒話をする声で、精霊に言う。

 いくら人がいない隙を狙うとはいえ、正面玄関から外に出るわけにはいかない。内側に人がいなくても、外には衛兵がいるのは確実だからだ。

 そのため、できれば目立たない裏口から出て身を隠したかった。


『それじゃあ、僕がお姉さんの存在を隠してあげようか』


「えっ、そんなことできるの?」


『できるよ。お姉さん、両手を組んで願ってみてよ』


 私は精霊に言われたとおりに両手を組む。

 これでは、まるで聖女のようだ。聖女が回復魔法を使うときには、両手を組んで祈るように目を閉じる。

 私はなんだか不思議な気持ちで、その姿勢を真似してみた。


『うん。お姉さん上手だね。良いよ。せーのっ』


 きらきらと見慣れない光の粒子が身体を覆う。


『はい、これで大丈夫だよ。もう誰にも見えないから、早く行こうよ。ぶつからないようにだけ気を付けてね』


 驚いて精霊を見ると、安心してというようにぴょんぴょんと跳ねている。

 ホールを仕事中の使用人が通り過ぎていく。

 私は思いきって、用具入れから出た。

 ちょうどそのとき、ベルも鳴らされないまま、玄関扉が外側から勢い良く開かれた。

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