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純情聖騎士様に溺愛されたら聖女にされてしまいました〜精霊のいたずらで閉じ込められてしまった件〜  作者: 水野沙彰


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教えてやろう

「……恥ずかしいです」


「何故?」


「大人は、もっと教養になる本を読むものでしょう? 令嬢も、こういったものより恋愛小説を読む人が多いですから」


 本を好きだと言ったとき、皆が期待するのはそのどちらかだ。

 教養深い令嬢であることを期待されるのも、流行の恋愛小説についての会話に混ざるよう強要されるのも苦痛だった。恋愛小説は、ジェラルド様に全く興味を抱いてもらえずにいた自分と比べて空しくなってしまうから、あまり好きではない。

 ジェラルド様にはいつからか本が好きだということも隠していた。もっとも、ジェラルド様は私が何を好きかなんて気にもならなかっただろうけれど。

 シリル様は聞き慣れない話だったようで驚いているようだった。


「そういうものか?」


「はい。……多分」


 私だって、子供っぽいという自覚はあった。

 だから好きなもののことを語っているのに、こんなに自信が持てずにいる。

 でもシリル様が他人の好きなものを否定するような人ではないということに、私はもう気付いていた。


「私は面白いと思った。きっと聖騎士の同僚にも、これを読んでいる者はいるだろう。本を楽しもうと思う心に貴賤はない」


 ほら、こんなに優しい言葉をかけてくれる。

 シリル様はジェラルド様とは違う。そんな当たり前のことが、私の心を温めていく。


「ありがとうございます」


 私が礼を言うと、私の分の荷物まで持って、シリル様が立ち上がった。


「──次は私の買い物に付き合ってくれる約束だ」


 そうだった。

 シリル様は、私のために書店に寄ってくれたのだ。今度は私がシリル様の買い物に付き合う番だ。

 そうやって互いの買い物のためにあちこち歩き回るのもまた新鮮で、私は導かれるままに足を動かした。

 そうして移動した場所は、高位貴族が買い物をするのによく使われる通りの、一番人気の女性向け衣服を扱う店だった。

 既製品では一番だという評判は、アレットから聞かされたものだ。


「ま、待ってください! シリル様。このお店は……!」


 当然のようにその店に入ろうとするシリル様の腕を引いた。

 しかしシリル様は、当然だというように眉を動かす。


「今日の服は、妹さんのものだと聞いた。この機会に選ばせてほしい」


「そうですけど、そうじゃなくて──」


「私に服を贈らせてくれ」


 まるでそうすることが当然だというように言い切るシリル様に、私は慌てて首を振る。


「いただく理由がないです!」


 はっきりと言ったところで、シリル様の目が据わっていることに気が付いた。

 怒らせてしまった、そう思ったときにはもう遅い。シリル様は穏やかな物腰を崩さぬまま、正面に立って私を見下ろした。


「理由?」


 右手が、私の頬に触れる。

 こんな道の真ん中で、通行人にも見られているというのに、シリル様は頬を撫でた手を滑らせて私の髪に触れた。

 そのまま毛先を捕らえたシリル様が、引き寄せたそれに口付けを落とす。


「っあ──……」


 漏れた吐息は、風に流されていく。

 見られていることは、分かっていた。許可なく触れられていることにも気付いている。

 それでも拒めないのは、シリル様の群青色の瞳に迷いが全て吸い込まれてしまっていたからだ。

 微かな熱情をはらんだ瞳が、眼鏡越しに私を見ている。

 強い意志の力に、心が揺らいだ。


「私が、クラリス嬢を好いているからだ」


「で、でも。それは誤解だと──」


「本当にそう思っているのか?」


「──……っ」


 違う。

 最初は、誤解だと思っていた。

 しかし今日ここまで共に過ごした中で、私はシリル様に情けないところを何度も見られている。それに、シリル様は私の好きなものを知っていた。

 きちんと『私』を見て、想いを伝えてくれているのだ。

 そう思うと、途端に罪悪感に苛まれた。


「でも、私にはシリル様のような素敵な人に好きになってもらえるようなところなんて、何もないですから」


 でも、とそればかりが喉から湧き出てくる。

 シリル様のような素敵な人に好かれるところなんてない。

 地味で、ぱっとしない、聖女でもない私に、恋愛小説の主人公のような恋ができるはずがない。

 いつの間に私はこんなに卑屈になってしまったのだろう。

 それまでの勢いをなくしてしゅんと俯く。

 シリル様が私の頭上ではあと深い溜息を吐いた。


「それでもどうしても信じられないと言うのなら、教えてやろう」


「えっ、ちょっと待って──」


 腕を引かれ、路肩に止まっていたヴァイカート公爵家の馬車に乗せられる。

 がたがたと走る馬車は、商業地区を抜けて貴族街へと入っていった。私は何かを言おうとして、しかし正しい言葉を選べないまま無言の時間を過ごしていた。

 しばらくして、王城の横を通り過ぎた先で馬車が止まる。

 目の前には美しい大きな邸があった。


「ここは……」


 門の中まで馬車で入っていたらしい。

 正面玄関の左右には季節の花が植えられていて、その奥には噴水もある。中央の通路から見て完全に左右対称に作られた庭は、私の目にはとても新鮮に映った。

 こんなに人工的な自然の光景を維持するには、きっととんでもなくお金がかかるに違いない。


「私の邸だ」


「そんなこと、知っています!」


 言われなくても分かる。

 ここは、ヴァイカート公爵邸だ。

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