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七十五話 『強者の敗北』

時間は少し巻き戻り、リザさん対アーロンたちが交戦中の奴です。

 転移魔法陣から英都の上空に放り出される。普段なら隣にアンがいて安全に降ろしてくれるんだけど……今はそんなこと言ってられない。アンは今特殊任務中だしね。ちょっと痛いけど仕方ない。



 地面が近づいてくる。物凄いスピードで落下し、このまま落ちたら全身が砕け散ること間違いなし。だけど私は慌てない。



「『究極の回復』」



 地面に当たり、骨が砕け散り、足が肉塊に変わる寸前、治す。骨が折れた瞬間に治し、足がつぶれ始めた瞬間に治す。その方法で全くの無傷で着陸した。


 さて、どうしようか。私は殺傷能力低いからな。どうせならシン君のを貰えばよかった、いや、やっぱ駄目だわ。そこまでプライドを捨てちゃ駄目でしょ。

 でもなー、ナイフしかないんだよね。まあいいや、取り敢えず行ってみよう。



 ★ ★ ★



 私の所は黒狼地帯だ。視界いっぱいにあふれている。むう、仕方ない。回復特化の私でもこれはどうにかしなきゃでしょう。魔剣を持ってればまだやりやすかったんだけどね。



 ざっくりと手持ちのナイフを手首に平行に突き刺す。


 黒狼たちが新たな獲物を見つけたと、嬉々として駆け寄ってくる。では――



「『究極の回復』」



 手首の傷を瞬間的に治す。刺さっていたナイフはその反動で急激に発射される。神速でナイフを引き抜き、一番近い黒狼の首を搔っ切る。


 懐からもう一本ナイフを取り出し、体中を次々と深めに切っていく。切りかかる寸前、その傷を治すことで回復特化の私でもすごい推進力を得られるのだ。



 計十数体の黒狼を一瞬で皆殺しにして、その場を去る。



「ここにはもう誰もいないのね……、仕方ない、次の場所に行かなくちゃ――?」



 魔力の気配、すっと戦闘態勢に移行して後ろを振り返る。ギリギリ見えたのは空気の揺らぎ。風の刃か!



 体中を切り刻まれた。でも危なかった、もし腕とか足が切り落とされてバラバラになってたら取り返しがつかない。

 誰だ? いや、答えは一つか。



「あんた、魔王の手先か」

「ご名答ね、お嬢ちゃん」



 こいつは危険だ。今ここで殺さなきゃいけないと、決意した。



 ★ ★ ★



「あなた、回復術師なのね。私と戦うには少しばかり分が悪いんじゃなくて?」

「気にするなよ。回復術師でも戦えるからさ」



 その言葉を言うが早いか、馬鹿正直に突き進む。奴は一瞬呆気にとられたけど、それまで。落ち着いてさっき私を切り刻んだ風刃を繰り出す。

 だがな、その選択は私にとっては不正解だ。


 体に風刃が到達する瞬間、皮膚がほんの少しだけ裂ける。その瞬間、回復が発動する。避けた瞬間回復、これを繰り返すことで、私に斬撃は通用しない。


 風刃をものともせず奴に突っ込む。その大きく見開かれる目に向けて、思い切りナイフを突き刺す、いや、突き刺そうとした。



 キン、と硬質な音がする。弾かれた、まさか……物理結界か――!



「かほっ」



 しくじった、確実に殺れると思ったんだけど。土槍食らった。


 まじかよ、結界系の魔法で物理結界なんてかなり上位のはずだ。風刃も使えんのに、なんで結界も使えるんだ……?!


 落ち着け、クールになれ。理由としては、アリスちゃんのような万能な魔法、もしくはリッチーか。リッチーだな、間違いない。しかも相当高位の。私勝ち目なくない? 攻撃力皆無の私じゃ。



「……何を言っているんだか」



 諦めるなんて早すぎる。まだ手はある。結界は二つ同時には張れないというのは常識だ。なら、魔法結界は張ってないはず。そこに、勝機がある!



「待っていてくれてありがとう」

「是非楽しませて頂戴」



 アンデット系の魔獣に回復系魔法が効くとは聞いたことがある。それさえつければ、そこは私の領分だ。

 ただ問題は触れなくては治せない。魔法が発動できない。いくぞ、リザ・レイモンド!



 今度も馬鹿正直に突っ切る。業火も、氷の槍も風刃も雷もものともせずにただ突っ切る。私に攻撃魔法は効かねぇよ!



「あなた、出鱈目ね」

「『究極の回復』ッ!」



 魔法の雨の中を突き進み、手が届く! 頼む、効いてくれ!


 肩に軽く、一瞬触れた程度、だがしかし、その強力無比な魔法は皮膚を焼いた。

 ジュッ、と肉を焼くような音がした。その一瞬でも、アンデットの体はほんの少しだけ焼け爛れた。



「あら? 魔法結界は張ってあるはずなんだけど」

「ふっ、それ魔法無効結界じゃないわよね」



 正直に言おう。私はあの一撃に余裕で奴を消滅させるほどの魔力を込めた。だけど肩を焼く程度。

 というか魔法結界と物理結界両方張れるのは大分反則ね。だけど、ほんの少し穴がある。それは魔法無効、ではないこと。



「魔法軽減ならダメージは入る。次はしっかり発動させて消し炭にしてやるわ。早くも決着がつきそうね」

「……あなたは危険ね」



 ピリ、と第六感が何かを告げてくる。修羅場に身を投じていた経験が危険を察知する。

 咄嗟に後ろに飛び去る。しかしもう既に遅かった。


 目の前を埋め尽くす大量の魔法。怪我はしない、けどさっきとは比較にならないスピードで魔力が無くなっていく、不味いわね。さっきは全然本気じゃなかったのね。


 後ろを向いて走り出す。このままここにいても勝ち目はない。S級は逃げてはいけない、だけど今は幸い守る人もいない。一旦仕切り直しよ。



「させないわよ」



 目の前に巨大な氷の壁が出来上がる。くそ、不味い、逃げられない!



「デバフ魔法が使えれば楽だったんだけどね」

「つっ……」



 仕方ない、覚悟を決めろ。魔力切れで殺される前に、殺す!



「『究極の――」

「誇っていいわ。こんなに早く私に本気を出させたこと」



 魔法は発動できなかった。なぜなら、瞬間、私は氷の中に閉じ込められた。


 あ、あ、あ、あ、あ、あ、空気が、ない。息が、吸えない。吸おう、としても、吸う、空気が、ない。やばい、やばい、やばい、やばい。誰か、助けて。氷を、破壊、しようにも、力が、足りない。手足を、動かしたくても、動けない。あ、あ、あ、あ、あ、、あ、あ、、あぁ!


 私はパニックのまま死んだ。



 何故私がパニックになったか、それは――何度でも生き返るが、未来がない。死んだ瞬間に蘇生の魔法が掛けられるように自分に設定してるせいで死ねない。ずっと、この拷問のような苦しみが永遠と続く。



 何十回死んだのか分からない。時間にして五時間以上、リザ・レイモンドは狂いながら窒息死し続けた。

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