七十三話 『英都ターニングポイント』
大通りに出たら、そこは地獄やった。とりま、やばい奴から助けへんと。
アーロンたちとは反対方向に駆け出す。冒険者や英国騎士団は後回し、先に一般人を助けな。そう思った矢先、視界の端に一組の親子が映る。母親が小さい赤ん坊を抱きしめているが、その前には巨大なオーク、あかん!
「キャッ!」
「グオオッ――!」
「避けろ!」
大きな拳が振り下ろされる瞬間、俺は急接近する。やけど、走っても間に合わへん! 頼む、成功しいや!
「自然の型、白刃・『疾風』!」
つい昨日まで散々練習しまくった構え。愛用しているこの剣を、速く、それだけに集中して――抜剣!
自分で振るよりもかなり速いスピードで鞘の中を剣が走る。小気味よい音を立て剣が抜かれた後は、真空波を、思いっきり飛ばす感じで!
「振るう!」
イメージ通り空気を切り裂いた俺の剣は鋭い波を出現させ、標的に向かう。
真空波はオークのぶっとい腕を肩から切り落とした。成功や! っしゃ!
「大丈夫かいな、お母さん」
「あ……ありがとうございます」
お礼を言われるのも束の間、怒髪天を突く勢いでオークが詰め寄ってくる。片腕を無くし、バランスを崩した状態でも果敢に飛び掛かってくる。こんなアホやったかな、オークは。明らかに勝てへんのが分かってるのになぁ。
「精々俺の糧に、なってくれ」
白刃・『雪崩』
首の高さまで剣が届くよう飛び上がる。速度は遅くとも構わない。全てを押し流すように、威力に全振りしろ。体重をかけ、力の限り剣を振り下ろす。
固い手ごたえもなく、頸が落ちる。次や。
「お母さん、はよ避難せえ。ここは危険や」
「はい、ありがとうございましたっ!」
次に優先順位が高いのはどいつや。
俺は戦場を駆け巡った。
★ ★ ★
アリスもアーロンもラルフもどこかに行った。なら俺は他の人の助けには行かなくても大丈夫かな。皆なら何とかするだろ。それに、俺は俺のやることがある。
そもそも英都だけに魔獣が湧くのはおかしいな。しかもこんな大勢は。明らかに他者、いや、魔王の手が関与してるとみるべきだ。それならここにいないだけで、他の場所には強力なものも……。いや、今考えることじゃないな。最悪あれを使えばいい。最悪な。
でだ、俺がやるべきなのは戦況の把握と強い魔獣の撃破。この二つだ。空から戦局を見れればいいんだけど、竜に落とされるのがオチだな。仕方ない、地上からだ。
懐から大量の魔導具を取り出す。これぞ、俺が開発した監視用魔導具、『蜘蛛カメラ』だ。音は容量が大きくて、体に負荷がかかるからカットしているが、視覚情報が俺の脳に直接入ってくる。
だが、それだと俺がパンクするから詳細条件を指定してそれに合った情報だけを取捨選択して遅れる。国によっては国家機密、国宝にさえなれる魔導具だ。日頃からコツコツ作っておいてよかった。
総勢百機越え。小さい指先サイズの蜘蛛よ、いけ!
指示を出すと、わらっと俺の手から溢れ出す。本当は空にいるときに撒きたかったが……しょうがない。行ってこーい。
詳細条件は、S級のメンバーとA級以上の魔獣、それに皆。これに沿った映像しか流れてこない。
……早速来たな、南に行った奴だ。ここからだと割と離れているが……リザさんだ。人型の魔獣? と戦闘中だ。紫色の服を着てるし……まさか魔王? あ、切れた。壊れたか。まあいい、位置は把握できた。
次だ、いいねすぐ近くだ。ここから北東に少し行ったところに大鬼か。さて、ようやくまともな相手が出てきた、潰すか。
奴へと駆け出す。もちろん気配は『隠密』で切っている。A級、油断できる相手じゃない。
……と、いた。うわ、人を喰ってるのか……!
吐き気を催すほどの強烈な臭い。さっさと片付けるぞ。
そっと、腰のあたりからガンナーを抜く。まだ遠い。練習でも狙いを絞るのがかなり難しかった。今の俺じゃもっと近づかないと当たらない。
すっと奴の背後に回る。十数メートルしか離れてない、これ以上近づいたら見つかるな。今、ここで撃つ!
衝撃軽減の手袋ヨシ、弾ヨシ、狙いヨシ。衝撃軽減が付いているなら片手で十分だ。大鬼の頭に当たるよう、少し上を狙う。
息を完全に吐き出した瞬間、引き金を引く。
微量の魔力が吸われる。と、認知する瞬間には、弾の発射までのプロセスはすべて完了している。気付いた瞬間、大鬼の頭は大きな穴が開いていた。もう、ピクリとも動かない。死んだことさえ認識できなかっただろう。
遅れて、ガチャリと弾を詰めているところが回り、装填されたのを確認する。初めてのガンナーでの戦いは、随分とあっけなく終わった。
★ ★ ★
冒険者を助けた後も、暴れ続け、気づけば最初の位置から結構離れていた。
「流石に一回戻るか」
これ以上進んだら取り返しがつかなくなったときに終わりだ。まだ助けを求めてる人はいるだろうが、俺は自分の安全を優先する。
ふわりと重力で浮き、それなりの速さで進む。赤いローブが血に染まり、飛行中も垂れているのが実に不快だ。俺の戦闘はどうしても血が派手に噴き出るから仕方ないんだけれども。
「あ、シン」
「戻ったのか、アーロン」
こいつは何してたんだ? 見た感じどこも汚れてないし。
「俺は大鬼を倒しといた。何となくこのオークたちの長でもあったような気がしたしね」
「なるほど、それでもなんで一切の返り血がついてないんだ?」
「んー、秘密」
ペロッと舌を出すような感じの口調で言う。随分とお茶目なことで。まあいいや、シンのことだ。どうせすげぇ魔導具で倒したんだろ。
「ラルフとアリスはどうした?」
「多分アーロンと同じことを考えて今こっちに向かってる。すぐ着くよ」
「…………もう何も突っ込まねぇよ」
恐ろしいことに、五分ぐらいで全員が集合できた。
「これからどないする? 他の場所に行くか、ここを殲滅するか」
「さっき……四十分ぐらい前にリザさんが人型の魔獣と交戦してたけど、そっち行く?」
シンが、結構強力だと思うけどと付け加える。しかし四十分前か、もう終わってる可能性が高いな。
「ここはもう結構倒しましたシ、取り敢えず移動しませんカ? ここにいても何もメリットがないでス」
「せやな、ちなリザさんはこっからどんぐらい離れてる?」
「かなり。全力で走って十分ぐらい」
「英都は広いからなぁ……」
「なら、途中にいる魔獣を倒しながらそっちに行けばいいんじゃないか? リザさんと合流できれば大きな助けになる」
「よし、そうしよう」
考えが纏まり、ラルフが歩き出そうとする。しかし、一瞬で足を止める。
「なあシン、もし、めっちゃ強い奴が俺たちの会話聞いてたらどうする?」
「そりゃその情報がどこから知ったのか気になって……いや、脅威で殺す?」
ピクリと、俺とアリスとシンが何かに反応する。少し遅れて分かった、これ、魔法が発生するときの感覚だ。どこ――っ!
「『インビジブル』!」
俺たちの横に、激震が走る。理解が追いついてない。何が起こった!
白い煙が収まり、発生方向とみられる屋根の上に視線を向ける。うっすらと人影が見えてきた。
「なんで分かったのかしら。少年」
「リザさんは時間稼ぎには向かん。もし、万が一負けてたら。もし、広い範囲の気配が分かり、声が聞こえたなら、俺たちを狙うやろ」
「推理は半々ね。私はそんな常時できる気配感知術は持ってないし、ましてや遠くの音が聞こえるわけじゃないわ」
「なら、何で俺らを狙ってん」
「偶然声が聞こえたのよ。残念だったわね」
煙の奥に見えたのは、紫のローブを着込んだ女の人。その目は、まるで生きていないように冷たい。俺たちは、そいつが冗談じゃない化け物だということを、悟った。
同時に、リザさんは無事ではないということも。
英都防衛戦終了まであと25時間。




