六十話 『初対面の兄弟』
コイツの魔法は対象の位置が分かんないと発動できないってことは分かった。やるべきことは見えた、まず、コイツを殺す。
チラッと後ろを振り向くとまだあいつらは煙に包まれてる。……好機だ……!
自分では気づかなかったが、口が三日月のように裂けていた。
「ひっ」
心底怯えた表情でコイツが短く息を吐く。俺は一切の躊躇いなく、コイツの腹を思い切り蹴りぬく。
「くぁっは……っ!」
真下から蹴りぬかれ、小柄な体が宙を舞う。その体が地面につくより速く、今度は横から斜め下に蹴りをぶち込む。軽く肋骨を折った感触がした。物凄いスピードと威力を持って闘技場の地に叩きつける。
「けほっ」
小さい咳と共に少量の血を吐いた。それを見ても何の感情も抱かない。無感情、いや、若干愉悦の色が混じる目で転がるコイツを見つめる。
「『レビティ』」
ふっと空中に飛び上がり、くるんと体を反転させ、大きく足を振り上げる。
重力魔法の勢いもあり、高速で落下する。踵落としの状態で、動かないコイツの脳天に振り下ろそうとする――
「小賢しいな、おい」
「――あなた、お義兄様、ですか……?」
荒い息で聞いてくる。その目は、まるで信じられないようなものを見たように、恐怖で見開かれていた。
「ああもちろん。正真正銘、アーロンだ」
「まるで……別人……」
ガクッと膝を折った。ダメージはまだまだ蓄積中だ。
「悪いがな、戦闘モードの俺は……狂気じみてるらしいから、な」
その言葉を皮切りに、駆け出す。コイツは痛みで反応が鈍っているのか、一瞬遅れる。
当たる寸前に俺と入れ替わるが、所詮真後ろ。前に放つつもりだった回転蹴りを後ろまで回す。
軽い体は木の葉のように宙を舞う。そして容赦なく追撃。高く飛び上がって地面に叩きつける。また、落ち切る前に追いついて蹴り上げる。小さな悲鳴と鈍い、体が壊れる音が数度した。
数回繰り返した後、全力を込めて横に吹き飛ばす。地面で皮膚を削られながらバウンドし、摩擦力で止まる。痛そうだ、とまるで他人事のように感じた。
「まだ生きてるのか」
「……」
風を切るような、苦しそうな呼吸をしている。喋れそうにないな。だが――
「その反抗的な目だけは、気に入った」
まるで目の中に炎でも宿しているかのような殺気、闘気、戦気。あれだけやっても殺してほしい、とか、絶望的な目になりゃしない。
止めを刺そうとした瞬間、ピリッと背中に何かが走る。名前も呼ばれたような気がする。
「シーロンか」
若干の焦りを含みながら後ろを振りむく。シーロンが、燃えるような殺気を纏いながら接近する。チッ、さっさと殺しとくんだった。失敗だ。
「彼女に、手を出すな!」
「殺人がルールだろうが」
後ろを振り向く。段々感覚的に分かってきた、どのタイミングで転移するか。
「よう」
「許さない!」
ノーモーションからぶん殴る。即座に剣の鞘で受けられ、斬りつけられる。体を低くし、高速でシーロンの足の横を通り過ぎる。一瞬だけ視界から外れる、母さんから教えてもらった近接奇襲必殺技だ。
「あ?」
後ろに回り、思い切り首のあたりを目掛け腕を振るう。しかし異次元の反応速度で躱される。続けざまに蹴りを嵐のように食らわせる。だが当たらない。なんで後ろ向きなのに避けれるんだ。
体を向けられ、今度は防戦になる。観客席から、もしかしたらS級冒険者からも剣閃しか見えないような速さの剣戟を、跳ね上がった集中力で躱し、受け、合間に反撃する。傍から見ればまるで計算し尽くされた剣舞のようだ。
「シン!」
「――何?」
剣舞の途中、大声を張り上げる。聞こえてるようだ。反応がコンマ数秒遅れはじめ、浅い傷が増えていく。
「あいつの魔法の弱点は視界だ! 奪って殺れ!」
「さっきは――?!」
「ミスリードだ! 頼んだぞ!」
後ろで何か叫んでいたが、もう耳に入ってこない。狂気、それすらも通り越して戦う。レベルが上の奴と戦うことで、余計なものが削ぎ落されていくのを感じる。戦いを楽しむ余裕なんてない、感情が入り込む余地がない。
後ろで大きな爆発音がしたのは辛うじて聞こえた。
「シン、ナイスだ」
待ち望んだ展開。さっきピースが嵌まったこの作戦!
予想通りシーロンは動きを止める。俺が無理やり動かすのは厳しいだろう、シーロンは。俺とシーロンが触れていれば同じ個体扱い。だから――
「俺が動けば、転移はできないよな?」
「やめろ」
シーロンが止めるがもう遅い。軽くシーロンに触れながら、速攻剣が届かない背中側に逃げる。テレポートの瞬間、俺は激しく移動中。魔法は不発だ。
「やれ、シン」
「やめろっ!」
シーロンが俺を強引に振り払って突き進む。隙だと思い突きを打ったが効果が見られない、止まらない。煙の中に突入する寸前、赤い飛沫が鮮烈に舞った。
★ ★ ★
全力でシンが煙の中から出てき、俺と合流する。
「確実にやったか?」
「うん、一人撃破」
「大分でかいな。相当有利になったんじゃないか?」
「……いや、そうとは……限んないかも」
空気が震えたと錯覚するほどの殺気を出す、化け物がそこにいた。
「シン、ナイフ一本貸してくれ」
素直に、何も聞かず手渡してくれる。
「一つだけ、馬鹿みたいな、非常識な我儘言ってもいいか?」
「……何?」
俺たちのパーティーにとっちゃ最悪、何のメリットもねぇ。完全に俺の我儘だ。
「俺が死ぬまで、手出さないでくれ」
シーロンと正対する。
「次期ウェアウルフ帝国騎士団長、シーロン・アスレイド」
知ってる。何万回も見た騎士の名乗り。シーロンの殺気が解けていくのを感じた。
「……A級冒険者、重力魔法使いアーロン」
「「いざ、尋常に」」
赤いローブが翻る。




