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五十八話 『限界越える』

「じゃ、行ってくるわ」

「おう、頑張ってや!」

「Fight!」



 アリスとラルフに見送られて、シンと共に観客席を立つ。服装も心もバッチリ整えた。もう懸念はねぇ。





 下に降りるための通路に入ると、偶然リザさんが歩いてきた。



「リザさん、今から入るんですか?」

「うん、流石に観客席から見下ろしてるわけにはいかないからね」

「確かにそうですね」



 リザさんの瞳がこちらを検分するように覗いてくる。満足そうに一人頷いた。



「特にアーロン君はさっきと違って自信が戻って何より。勝算はありそう?」

「戦力差だけ見たら、かなり厳しいでしょうね。そもそも私があの魔法使いの魔法を封じられなければ負けは確定です」

「なるほど。アーロン君の近接戦技術でもシーロン君は無理なのかな?」



 正直、俺は意外と自分の戦闘技術に自信を持ってる。母さんに教えてもらったのもあるし、魔法も組み合わせてやってるからな。リザさんもそれは知ってる。



「シーロンは……俺よりまだ一枚上手な気がしますね。今のままじゃ勝てない気がします」

「戦闘方程式もたってないので、私もあまり役に立てない……です」



 俺たちの話を興味深そうに聞いている。そして、少しニヤッと笑う。話そうか、話さまいか、楽しく迷ってる感じだ。



「一つ、質問。想像して。今君たちはS級冒険者、自分より強い敵と相対していて、後ろには逃げ遅れた人たちがいっぱいいる。そのとき君たちは……どうする?」



 ん? 急に何の質問? 意味が分からないんだが。



「戦う、しかなくないですか?」

「シン君、相手は自分より強いんだよ?」

「それでも、逃げたら駄目だと思います」

「時間稼ぎ、ってことかな?」



 シンが頷く。確かに一つの案だけど……自分はどうなるんだ?



「アーロン君は?」

「……頑張る、それしかないですよね?」



 逃げられない、でも負けたら駄目、勝てない、そして……死にたくない。



「正解はアーロン君なんだよね」

「え?」

「だって、時間稼ぎって、つまり世界最強の一角が死んじゃうってことでしょ? それは大きすぎる損失だよ」

「…………?」



 シンが理解できなさそうな顔をしている。そりゃ根性論なんて意味不明だろう。



「S級冒険者は逃げれないし、負けられないし、代わりがいない。だからどんな時でも逃げず、負けず、生き残らなくちゃいけない。そのためにはどうする?」

「…………それが頑張るってことですか?」

「その通り」



 俺が聞いても意味が分からない。強さってのは根性論でどうにかなる話じゃなくないか?



「これは脈々と受け継がれてきたS級の覚悟、かな? 今の自分じゃ勝てないとき、『今この瞬間、限界越えろ』」

「「……」」



「ありえない程集中して、誇張無しに命削って、余計な思考を捨てていく。全てを一動、一瞬に費やして覚醒する。1%しか成功しない技を、100%まで持っていく。その場で新技を成功させる。これが、()()()()()ってことだよ」



 何が何でも勝たなければいけない、狂うほどそう思うことで限界を越えられる、そういうことを言いたいのか。参考になったようなならないような感じだ。



「と、私のアドバイス……は駄目か、独り言はここまで。あとは……頑張ってね」

「「ありがとうございました」」



 リザさんとは反対方向に歩を進めながら通路を進む。



 少し歩いて、遂に、闘技場の門の前に立つ。



「シン」

「アーロン」



 二人で少し目を合わせる。



「「いくぞ」」



 ★ ★ ★



 闘技場に降り立つと、別世界のようだった。



 多少の砂埃が舞う質感と、観客席から向けられる視線と、前から向けられる……敵意。ゾクッと背中に何かが走る。迷宮の魔物とは違う、変な感覚だ。



「やあ兄さん、来たね」

「……シーロン。準備は万端か?」

「もちろん」



 双方、すっと目が鋭くなる。もう戦闘モードだ。



「悪いけど、手加減しないよ」

「当たり前だ、今の俺たちは貴族じゃねぇんだぞ。兄に気遣いなんていらねぇよ」



 くるっと背を向ける。もう俺たちは、敵だ。



「どちらの準備も出来てそうなので――」



 拡声器からリザさんの声が響く。心臓の音がうるさい、かつてないほど緊張してるかも。



「決勝戦、開始」



 ★ ★ ★



「や、兄さん」



 開始直後、シーロンが隣に現れる。距離取ってたから剣が届くまで一瞬かかる。



「馬鹿みたいな初見殺しだな、これ」



 事前に対策とか、想定とかしててよかった。絶対避けられなかったところだ。



 抜剣された刃の先が髪を掠める。チャンス――



「『ヘビリティ』」



 重くなった豪腕を、容赦なくガラ空きの腹に叩きこむ――



「つッ!」

「なっ!」



 当たったのはシーロンじゃない、シンだ。ギリギリ腕でガードしたが、やば。



「ごめん!」

「いいって、想像以上に、半端じゃなく厄介だね、これ」

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