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砂漠の国の雨降らし姫〜前世で処刑された魔法使いは農家の娘になりました〜【書籍発売中・コミック配信中】  作者: 守雨


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63 問題の多い初恋は

 アレシアは魔法使いとして顔を出して行動するようになった。


 当然のことながらもう一般人として市井で目立たずに生活するのは難しい。護衛に囲まれながら動くので市場や図書館にいる時も注目されてしまう。


 以前は「アレシアちゃん!」と声をかけてくれていた市場の人々も、国が保護する魔法使いだと知ると気さくに声をかけることはなく、ペコリと頭を下げる。

 アレシアは(そのうち護衛の存在に慣れてくれるといいけど)と少し寂しく思う。


 



 ある日、各地の貯水槽に水を入れてから立ち寄った王宮から帰る馬車の中。二人は並んで座って会話していた。


「殿下、私が眠るための小屋を農園の端に建てようかと思っているんです。ギルさんが『住宅街に降って地面に染み込んでいく雨がもったいない』と何度もおっしゃるので」


 十六歳のアレシアが降らせる雨は直径三千二百メートルほどになっていて、農園の中でも貧民街寄りに建てられている今の家だと雨の三分の一は住宅街に降っている。それが今後は三分の一以上になりそうなのだ。


「ギルが?なんで僕を差し置いてギルがそんなことまで口を出しているんだ?」

「農園の荒れ地寄りに私の眠る家を建てればもっと国の管理する桑畑を広げられると言うことらしくて」

「おそらく財務大臣の入れ知恵だな。一人で眠ることになってすまないなアレシア」


 心配してくれるのはありがたいが、アレシアももう十六歳だ。一人の小屋で眠ることに不満も不安もない。


「いいえ、私もその方がたくさんの人のお役に立てますし。ただ、お国のお金で家を建てるというお話はちょっと。私用の小屋を建てるくらいのお金はありますから」


 アレシアの言葉を聞いてマークスが考え込む。


「アレシア、小さめの離宮を国が建てて僕と一緒に住む、というのはどうだ?」


 アレシアがマークス殿下の目を見つめた。


「嫌か?」

「嫌ではありません。私でよろしければ」


 断られるだろうと思っていたマークスがポカンとした顔になる。


「……今、なんと?」

「私でよろしければと申し上げました。私のような厄介な女を妻にしようなんて思って下さるのは殿下くらいですもの。一年前の殿下のお申し込みがまだ有効でしたら、ありがたく殿下と生きていきたいと……グゥッ!」


 マークスが渾身の力でアレシアを抱きしめた。


「ぐ、ぐ、折れる折れる、殿下!背骨が折れますからっ!」


 マークスの背中をパタパタと叩くと、やっとマークスの力が緩む。


「よかった……。十年も待つのかと本気で覚悟していたよ。もう取り消しは受け付けないからね」

「取り消しませんよ。この一年、毎日のように殿下と共に行動していて覚悟を決めることができました」


 マークスの顔が心配げになる。


「無理はしてないか?」

「してません。我が家にプティユを食べにいらした六年前から、殿下は変わらずに私の意見を尊重してくださいました。その上私や両親のことも守り続けて下さったのですもの。こんなに頼りになる旦那様は世界中探してもどこにもいないと……ウグッ」


 マークスは一度は緩めた腕で再びきつく抱きしめた。


「もし王太子妃をやってみて『やってられるか』と思うことがあったら正直に言ってくれ」

「やってられるかと申し上げたらどうなるんです?」

「君の愚痴を全部聞こう。改善できるところは改善するつもりだ」


 思わずクスッと笑ってしまう。


 アレシアにはマークスのこういう一見弱腰に見えるようでいて芯の強いところが好ましかった。マークス殿下と一緒に仕事をしてわかったのは、彼は芯がぶれずにいながらも実に柔軟なことだった。


 殿下は「女だから」「平民だから」という言い方を一度もしたことがなかった。相手が誰であれ聞くべき時は聞き、受け入れるべきと思えばすんなり受け入れる懐の深さがあった。


(この方となら)


 アレシアがそう思えるようになるまでマークスは待ってくれた。殿下の我慢強さと器の大きさにアレシアは少しずつ心を動かされてきた。


 初めて農園で顔を合わせてから六年。

 マークス殿下の問題の多い初恋がようやく実った。





 ただ、アレシアはひとつ勘違いしていた。


『自分のような厄介な女を妻にしたがる人はいない』と本人は思っているが、実際は貴族や他国の王子たちから婚姻の申し込みが国に殺到していた。


 国内の貴族は恩恵を一族に取り込むのが目的だったし他国の王子たちは『自分がこの国に移り住む形でいい、その代わり生まれた子供の一人を母国の籍に』という申し込みだった。

 国王の判断でそれらの申し込みは退けられていたが。


 舞台裏を知っていたマークスだったから、以前アレシアが『知は力なり』と正確な発音でバルワラ語を口にした時は焦ったものだ。

(もうバルワラの誰かと結婚の約束をしたのだろうか。バルワラに嫁ぐ準備でバルワラ語を?)と思ったりもした。

 慌てて調査したが、アレシアと交際したり直接結婚を申し込むようなバルワラの人物はいなかったので胸を撫で下ろしていた。




 夜。アレシアの家の台所。

「お父さん、お母さん、私、殿下の婚姻のお申込みをお受けしたの」


 しばらく両親は絶句した。

 最初に声を出したのは母イルダだった。


「きっと大変になるわね」

「うん、そうね。でも殿下はずっとお優しかったわ。いつでも私のことを案じてくれた方。いろいろあるだろうけど、心配はあまりしていないの」


 そこでやっと父セリオが声を出した。

「アレシア。寂しくなるな」

「あっ、違う違う。農園の端の牧草地の辺りに離宮を建てることになると思う。だから私は結婚してもここに住むの」


「えっ?」

「どういうことだ?」

「殿下が農園の端に離宮を建てて、そこにお住まいになるの。だから私はこれからもここでお父さんお母さんと一緒にいられるのよ。農園に雨を降らせなきゃならないし」

「えええええっ!」

「この農園に王太子殿下がお住まいになる?」

「と言っても週の半分くらいは王宮かもしれないけどね」


「アレシア。何はともあれ、良かった。お前が生まれた時、どんなに苦労の多い人生を歩むんだろうと、父さんは眠れないこともあったよ」

 父の声が少し震えている。


「母さんもよ。この子はきっと苦労するだろう、それならその分まで私たちが大切にしてやろうって、夫婦二人で話し合ったものだわ」

 母が涙を流しながらそっと抱きしめてくれた。


「おめでとう、アレシア」

「ありがとうお父さん、お母さん。私はお父さんとお母さんのおかげでずっとずっと幸せだったわ。どれだけ感謝してもし足りないくらいなの」


 この人たちがいなかったら自分はどんな人生を送ることになっていたか。

念のためですが、ここで終わりではありませんまだ続きます。

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書籍『砂漠の国の雨降らし姫1・2巻』
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