61 噂
アレシアとマークス殿下の協力体制は順調に活躍を続けていた。
「赤ん坊や幼児の家には優先的に私の水を配りましょう」
アレシアの提案で乳幼児のいる家には「体力をつける水」として水が優先的に配られることになった。
王都に限らず水が行き渡るようにアレシアが各地に移動する案も重鎮たちによって提案された。その下準備として今、農園には高い櫓の上に貯水桶が載った給水塔がいくつも建てられている。
桑畑、野菜畑、果樹園、麦畑にそれぞれひとつずつ貯水桶が置かれてアレシアが満水にしてから馬に乗って各地に向かう。出先でも用意された貯水桶を満水にして帰る。
遠出の時は移動の途中でもアレシアの希望で畑に雨を降らせる。病害虫に負けずに野菜や麦が豊かに実った。国民たちはベールを被って顔を見せない魔法使いと、常に隣に寄り添う王太子殿下の姿にとある期待を込めて見つめていた。
そんな日々が一年ほど過ぎた頃。
「魔法使い様はお若い女性なんだろ?」
「お声は若い女性のものだったな」
「王太子殿下とご結婚なさるのかね?」
「きっとそうだろう」
「でもなんでお顔を隠すんだ?」
「もしや傷があるとか?」
やがて民たちの間で密かに『魔法使い様はお顔に傷があるのではないか?それでお顔を見せないのではないか』という噂がジワジワとあちこちで囁かれるようになった。
悪い方の話の方が伝播する力が強い。あっという間に「魔法使い様は醜いお顔を隠すために分厚いベールを被っているらしい」という噂が広まった。
その日もアレシアはマークス殿下と二人で馬に乗り、移動していた。ずっと農園暮らしをしていたアレシアにとって、月に一度、往復で四日ほどの遠出は楽しみでもあった。
「それにしてもあの噂は腹立たしい。国民のために東奔西走しているアレシアに対して感謝すべきなのに。なんてことを言うんだろうか」
「いいじゃないですか。ものすごい美人だと言われるよりは気が楽ですよ」
「アレシア、君が笑ってどうする!僕はなんとかしてこの不愉快な噂を消し去りたいのに」
「別にいいですよ。顔なんてどう噂されても」
実際どうでも良かった。
広い乾燥地帯を馬で移動し、ぽつんぽつんと存在するオアシスに出向いてはそこの畑に雨を降らせ、貯水槽に水を満たす。
重病の人がいれば絹を使って病気を消す。
アレシアにとって充実した日々だった。
忙しく働くアレシアに宰相が慰労会を催したいと提案して、アレシアとお近づきになりたい貴族たちは大賛成である。
「慰労会ですか。私、参加しなくてはならないのでしょうか」
「私も散々反対したのだが。アレシアが一番働いているからな。アレシアが参加しないと他の者たちは慰労会に参加しにくくなるんだ」
「あー。なるほど。そういう理由ですか。それならご迷惑をかけられませんので、参加いたします」
「すまないな。宰相には今後はもう余計な提案をするなと言っておいたから」
その宰相の下で働く宰相補佐ジブリルの娘オリエラは生まれたときから王太子妃候補だった。
正式なものではなかったが、年齢はマークス殿下の二つ下で次の宰相と噂される父ジブリルは有能で家柄も申し分ない。お妃候補なのは暗黙の了解のような立場だった。
そのお妃候補の話が雲散霧消したのは魔法使いの少女が国に登録され、常にマークス殿下と二人で行動するようになってからだ。
「オリエラ、諦めなさい。あの方に殿下はご執心だ。魔法の御業を発揮される上に頭脳明晰。生まれ育ちを差し引いてもお前が敵う相手ではないよ」
「お父様、それではこの年まで誰とも婚約しなかったわたくしはどうなるのです?あんまり惨めではありませんか。お父様は娘が憐れとはお思いにならないのですか!」
「お前には良い嫁ぎ先を用意しよう。だから諦めなさい」
「魔法使いは醜いという噂ではありませんか!魔法が使えるからと醜い農民の娘が王太子妃に収まるなんて」
「オリエラ、口を慎みなさい。そんな言葉を誰かに聞かれたら我が家は終わりだ。魔法使い様はそのお力でファリル王国の脅威からこの国を守ってくださっているんだぞ」
宰相補佐ジブリルはアレシアの素顔を知っている数名のうちの一人だ。
決して醜くない。いや、むしろ穏やかな雰囲気の美しい娘だった。だが顔を知っていることも秘密事項だったのでそれを我が娘にも言えずにいた。
将来は王太子妃、ゆくゆくはこの国の王妃になるのを確かな未来と思っていたオリエラは納得できなかった。日に日に思いつめ、部屋に引きこもるようになった娘を父親は危険とみなした。財務大臣の次男レハバムのことが思い出される。オリエラはその日、慰労会が開かれる王宮に近づくことも父に許されなかった。
「アレシア、今夜は王宮で慰労会だろう?」
「そうよイーサン。気が重いわ。きっと探るような視線が突き刺さるわね。仕方ないけど」
「アレシアが醜いっていうあの噂か?顔を見せてやればいいじゃないか」
「いやよ。顔を知られたら市場と図書館に行きづらくなるじゃない。私は醜いと思われたって痛くも痒くもないわ。ただ、慰労会で知らない人に注目されるのが面倒ね」
アレシアの両親はハラハラしながら二人のやり取りを聞いていた。セリオとイルダは、おそらくアレシアはもしかすると殿下の妻にと求められるだろうことを覚悟はしている。だがいざ存在が目立ち、今回のように不愉快な噂が立ってみると親として不安でたまらない。
「でもね、あなた。これはアレシアが自分で決めたことよ。あの子が人の役に立ちたいと頑張っているんですもの。私達も噂なんか気にしないであの子を応援してやりましょうよ」
「そうだな。アレシアはしっかりしている。俺達より大人なところもある。あの子を信じて見守るしかないな。それにしても……醜くないぞ!うちのアレシアは!美人じゃないか!」
急に自分の後ろの方で声を荒らげた父にアレシアが苦笑して駆け寄った。
「大丈夫よお父さん。噂で死ぬわけじゃないし、知らん顔して慰労会に行ってくるわ」





