60 協力体制
「殿下。これはその、エドナ妃殿下からの贈り物で……」
恥ずかしそうなアレシアに比べてマークスの表情が暗い。
「エドナが?そうか。エドナは知っていたのだな」
「知っていたって、何をです?」
「アレシア、ハキーム、おめでとう。二人ともお幸せにね」
「え?」「は?」
ハキームはすぐに王子殿下の勘違いに気がついた。
「いえ殿下、違います。俺が結婚するのはアレシアじゃありません。市場で働いている娘です」
「え?……ああなんだ、そうか。そうだったか。勘違いか。いや、その、アレシア、とても似合っている。美しいな」
「どうもありがとう、ございます?」
顔を赤くしている殿下も、下を向いて肩を震わせて笑いを堪えているハキームも、アレシアはとても恨めしい。気まずいことこの上ない。
「殿下、お昼ご飯は召し上が……もう食べましたか?ウサギの肉があるからウサギ肉のプティユを作るんですが」
「お、プティユか。食べたいな、久しぶりだ」
「では着替えてきますね」
「ああ」
アレシアがいなくなるのを見届けて、ハキームが姿勢を正してマークスに向かい合った。
「殿下、本人は気づいてないようですが市場で働いている男たちがたくさんアレシアを狙っているんです。アレシアは美人なのにそれを鼻にかけることがないし、誰に対しても優しい働き者ですから」
「……そうか。そうだろうな」
「でもアレシアは魔法使いだし農園の桑のことがあるからこの農園から離れることはできません」
ハキームはマークスをまっすぐ見て続けた。
「それに、なぜか俺が初めて会った頃からずっと『人のために役に立たなくては』と思い詰めてるんです。魔法使いで、この農園から離れられなくて、人の役に立つことを思い詰めているアレシアは、このままだと一生自分の幸せは後回しにしてしまいそうです」
「ああ、そうだな……」
二人で少々深刻な顔になる。
「アレシアを幸せにしてやれて国の力で守ることができるのはこの国に一人しかいないですよ」
「……わかっている。ずっとアレシアの意に添うよう行動してきたが、今日はいい加減僕の気持ちをハッキリ伝えようと思って来たんだ」
「おお。そうでしたか!頑張ってください!応援しています」
着替えたアレシアが戻ってきた。
「さあ、プティユを作りますよ。ハキーム、手伝ってくれる?チャナが休みなんだし」
ハキームは突然
「俺はちょっとポンカを収穫してくる。先に始めていてくれ」
と出て行ってしまった。
「プティユを作るんなら手伝うよ」
「殿下がですか?できるんですか?」
「馬鹿にするな。野営の時は兵士と共に料理もする」
ふうん、という顔でネギとニンニクを刻むアレシア。その隣に立つマークス。
「アレシアは人の役に立ちたいんだろう?」
「はい。それが私の人生の目的です」
「僕の妻にならないか。王家の一員になれば今よりずっと多くの国民の役に立てる」
「偉い人との付き合いが大変そうです」
即答されてしまったマークスが次々と芋を洗って籠に入れる。
「魔法使いであることを秘密にしたいなら僕が秘密を守れるよう全力を尽くす」
「……」
アレシアは鍋の中で野菜とウサギ肉を炒め始めた。
「アレシアも農園の皆も全力で守る」
「私、少なくともあと十年くらいは自分のことは後回しで人のために働きたいんです」
「十年か。待てと言うなら待つ」
「マークス様は十年後は二十九歳じゃないですか。王太子殿下がそんな年齢までお独りなんて聞いたことがありません。でも、王家と国にはお世話になってますので私の意見ばかりでは不公平ですね。友人ではだめでしょうか」
炒めるのを終えてアレシアが芋の皮を剥いて四つに切り分ける。
「友人か。それならアレシアの気が変わるまで待とう。だが、ただ待つような無駄なことはしないぞ。アレシアに近づく男はみんな追い払いながら待つ」
「プッ!もう、何を言ってるんですか。笑えませんよ」
そう言いつつ笑ってしまう。
マークスは芋を鍋に入れてゆで始める。
「殿下は、お立場上私と縁組したいんですよね?お仕事として結婚しなければならないお立場、つらいですね」
「アレシアとは役目で結婚するわけではない。昼食を食べにきていたのだって仕事だったわけではないさ。だけど君はそうは思わないだろう。その誤解を解決していくことも含めてアレシアを妻に迎えたいと思っているんだ」
アレシアの動きが止まった。隣に立って芋を潰している殿下の横顔を見る。マークスはレシピを見てパンを削りながら話を続けた。
「僕が王族であることは僕に与えられた使命だ。つらいことも嬉しいことも僕の進む道の上にある。僕は最善の道を選んで国と君と民のために生きるのみだよ」
「殿下……」
「マークスと呼んでくれ」
「マークス様。十九歳というお若さでそのような立派な覚悟をお持ちとは。感動いたしました」
マークスが苦笑する。
「十五歳の君が年上みたいな言い方をするな。アレシア、僕は君に望まぬ婚姻を無理強いする気はないが諦める気もないんだ。まずは協力しあうところから始めないか。二人でこの国の民のために協力するのはどうだ。いずれ私利私欲でアレシアを我が物にしようとする者が現れるだろう。僕なら君をそんな輩から守ってやれる」
「……殿下、いえマークス様、協力体制なら異存はありません。この国の民のためにガッチリ協力いたしましょう!さあ、プティユを揚げ焼きしましょうか」
・・・・・
「プティユを?二人で並んでプティユを作りながらそんな話をしたんですか?普通なら宝石のついた腕輪かネックレスを差し出しながらするべき話ですよそれ!」
「仕方なかったんだギル」
遠い目をしながらギルと会話するマークスである。
「しかも協力体制ってなんですか。殿下は婚約の申し込みに行かれたのでは?」
「彼らは十四年間もアレシアを権力に取り込まれないよう隠れて生きてきたんだ。そんな相手に婚姻を無理強いしてはヘルードと大差なくなってしまうじゃないか。だからまずは協力体制から……」
「軍部の会議じゃないんですから!」





