47 侍女頭エイタナ(2)
予定されていた時間が終わり、エイタナはアレシアを王宮の出口まで見送った。アレシアはエイタナに話しかけることもなく挨拶をしてすんなり帰って行った。
(そんなはずはない。そんなはずはないのよ。アウーラ様は確かに斬首され、お亡くなりになった。だから私の前に現れるはずがない)
絶え間なくそう自分に言い聞かせて取り乱すのを堪えた。
あの時、自分は集まった民衆の中にいた。熱狂して早くその女を殺せと叫ぶ人々の中で、彼女の最期を見届けた。それが自分の役目だと思った。泣いているところを周りの人々に気づかれないよう頭からかぶった日除け布の中で声を殺して泣きながら見届けた。尋問され、拷問され、それでも最後まで罪を認めなかった偉大な魔法使い。敬愛するアウーラ様。
国王の婚約者となる前からこの国の民のためにと各地に足を運び、水を生み出し、作物の生育を助けた人。投獄されてからはアウーラ様付きの掃除係だった自分だけが毎日のように通って励ました。
「私の無実、を、信じて、くれるのは、エイタナ、だけね。あり、がとう。あなたに、神の、お恵み、が、ありますように」
呪文が唱えられないように喉を焼かれ、殴られ蹴られ、全身が傷だらけアザだらけになってもアウーラ様は毅然としていた。髪は血で汚れてあちこち束になっていたけれど、それでも彼女は威厳を失わなかった。年下だった自分は姉のように女神のように彼女を慕っていた。
その慕っていたアウーラ様の部屋に、私は偽造された手紙を仕込んだ。
・・・・・
「宰相様、そんなことできません!」
「そうか。それではお前の母や兄弟は不慮の事故で死んでしまうかもしれんな。お前がほんのちょっと融通を利かせれば長生きできるものを。気の毒に」
「私の家族は関係ないではありませんか!」
「あるさ。わかるだろう?なんの価値も無いお前が手紙を仕込むだけで家族を守ることができるんだ。褒美も与えよう。親孝行できるぞ?利口になれ、エイタナ」
大洪水で国内は混乱を極めていた。自分には家族を守ってくれるように頼む伝手もお金も無かった。アウーラ様を陥れるのは嫌だと死ぬ勇気もなかった。それに自分が忠義を貫いて断ったところで他の誰かがこの役目をやらされるだけなのもわかっていた。
アウーラ様は大洪水を起こしたと疑われてからは牢獄にずっと繋がれていた。主を失ったアウーラ様の部屋には見張りが一人立っていたが、「アウーラ様の衣類を処分せよと言われて来ました」と言えば入ることが許された。
アウーラ様に一番可愛がられていた自分が偽物の手紙を仕込むなどとは誰も疑わなかった。室内まで見張りは付いて来たが、その彼も女性の下着を袋詰めする時はさすがに視線を外していた。
私が手紙を仕込んでから十日も過ぎたある日、他国の者と密約を交わす手紙がアウーラ様の部屋から見つかり、国家叛逆罪の確たる証拠としてアウーラ様の死罪が決まった。
最後のお別れにと面会に行った時、アウーラ様は自分の今後のことを心配してくれた。
「私に、仕えていたから、この先、苦労するかも、しれないわね。ごめんね、エイタナ。あなたは、長生き、して。今まで、本当に、ありがとう。あなたは、神に愛されて、長生き、できますように」
焼かれた喉で苦しそうに話す吐息のような声はお体の衰弱とともに小さくなっていて、耳を口元まで近づけないと聞き取れないほど小さかった。
・・・・・
夜の早い時間。王宮の自室で慣れない酒を飲みながらエイタナは細かいことまで鮮明に思い出していた。
最初に荷造りをしてから手紙を書いた。懺悔の気持ちを込めてアウーラ様への謝罪も繰り返し綴った。これでもう終わりにしたい。
出先で自死することを匂わせておいた。夜明けにここを出て遠いどこかでひっそりと暮らそう。
家族への申し訳なさは考えないようにした。自分は結婚もせずに働いて兄弟が大人になるまで仕送りをしてきた。自分一人で何十年も心の責苦を負ってきた。もう解放されたい。
きっとこれは偶然ではない。「お前がやったのだろう」と問い詰めるアレシアの、いや、アウーラ様の声が聞こえるような気がする。
国王夫妻、宰相、大臣たち、その家族。総入れ替えになるほど偉い人たちは殺された。雪崩のような民衆の反乱が全てをのみ込み、裁判も無く処刑が行われた。侍女たちの中でも身分の高い貴族の家の娘はある日突然いなくなり、国外に逃げたとか私刑で死んだとかの噂が飛び交った。
自分は身分の低い貴族の娘だったから目をつけられることもなく、新しい国王の下でも働き続けることができた。家族も無事だった。
エイタナは強い酒をコップに注ぎ、一気に飲み干した。
「でも、神様は私が何をしたか、忘れてはいらっしゃらなかったんだわ」
あの時、アレシアという娘は二杯目のお茶を淹れる自分に向かって『ありがとうエイタナさん』と言った。私はあの娘に名乗らなかった。エドナ殿下が事前に誰が出迎えるか紹介してくれていたのだろうか?
いや違う。本当ならアレシアを出迎えに行くのは当番のミミルだった。直前に私が交代したのだ。なのにアレシアは私の名前を知っていた。アウーラ様の生まれ変わりだからだ。でも生まれ変わりなんてことが……。
「あのお方ならできたのかも」
こんなことができるのかと思うことをアウーラ様は数え切れないほど成し遂げていらっしゃった。だから恨みを晴らすために生まれ直すこともできたのかもしれない。
酒を飲み干してエイタナは酔い、床に座り込んでベッドに頭をもたれるようにしてウトウトした。夢の中でアウーラ様は新入りの掃除係の自分を褒めてくれていた。
「あなたは本当に働き者ね。いい侍女に出会えて私は幸せ者よ。さあ、これを受け取りなさい。お掃除を頑張っているし、いつもサンザシ飴を買ってきてくれるお礼よ」
大粒の丸い水晶を連ねたブレスレットを手渡してくれるアウーラ様。そこで目が覚めた。酷く頭が痛い。
エイタナは墓の下で眠る両親を思い浮かべ、子や孫に恵まれて幸せに暮らす弟たちの顔を思い浮かべた。あの時の私は家族を守りたかった。
宰相のやせてシワの深い顔を思い出す。
「アイツのせいよ」
アウーラ様の名誉を回復する事ができれば私は許されるかもしれない。弟たちには迷惑をかけるけれど自力で乗り越えてもらうしかない。私は家族のために頑張ってきたのだ。もういい、もう嫌だ。
引き出しの奥にしまっておいた水晶のブレスレットを持っていこう。あれも売れば生活の足しになるだろう。
ところが引き出しの中の何かに引っかかっているようでブレスレットを入れた小袋がすんなりとは出てこない。
酔っているエイタナが力任せに引っ張ると引っ掛かりが外れたか、突然小袋が飛び出した。中のブレスレットが袋から飛び出て床に叩きつけられた。その衝撃でだろうか、ブレスレットを繋いでいた糸が切れて水晶の玉が飛び散った。





