45 王家と我が家
我が農園は相変わらず美味しい野菜と果物を作っている。だけど少し変化が起きた。
王家の皆様が召し上がる野菜と果物はうちの農園が納入することに決まったのだ。最初は、ギルさんから「ここの農園の作物全部を買い上げたい」と言われたけれど、それは勘弁してもらった。
農園で生み出す作物の量は少ないけれど、雨の力はなるべく広く民の健康に貢献したいと父がギルさんに訴えた。
「どうか医者や薬に気軽に頼れない平民を優先させてください。それが娘の願いなんです」と。
父が交渉した結果、王家の五人分だけにしてもらえた。そんなことが許されたのは王妃殿下を病から救ったあの絹布のおかげだ。
毎朝父が馬車で市場まで野菜と果物を運び、担当の人が王家の分だけを受け取って行く。
イーサンは家で家事を引き受けて過ごしている。あれだけの大怪我をしたイーサンの姿が潜入しているであろうファリル王国の人に見られたら困る。
ヘルード第四王子は無事に、いや強制的に国境まで送り届けられた。なので我が家は今の所平和だ。
覚悟していた国側から厄介な要求も無い。私の秘密は守られているらしい。ただ、マークス殿下が「絹布のお礼をしたい」と繰り返しおっしゃる。それを何度も断っていたら
「じゃあ聞くが、アレシアは大切な母の命を救われて、その人に何もお礼をしないで平気か?」
とおっしゃる。
「私のことを秘密にしてくださることがお礼です。それに農園に第四王子がいらした時に守っていただきましたので、お礼はもう頂きました」
「頑固だな」
「ええ。頑固です」
ちなみにこのやり取りは現在うちの台所のテーブルで行われている。殿下はムシャムシャと鶏肉の煮込みを召し上がり、刻んだ豚の塩漬け肉と煮潰した豆を混ぜた辛い田舎料理をスプーンで口に放り込み、ポンカとサンザシを絞って混ぜたジュースをゴクゴクお飲みになっている。
王妃殿下から警護を連れて行けばここに来ていいと許可が出たそうな。うちの両親は「アレシアが連れ去られるのを防いでくれたお方だから」と歓迎している。
私の両親の王家に対する恐怖心が薄れてきたようだ。
「アレシアに手間をかけさせるのだから」とおっしゃって殿下は毎回律儀にお金を多めに払ってくださる。
(食べるわぁこの人。どこにそれだけの食べ物が入るのか感心するほど良く食べるわ)
「はぁぁ。実に美味い。なんでこうもここの食べ物は美味いのか」
「殿下は好き嫌いが無くてなんでも召し上がりますけど、こんなに美味しそうに召し上がるのは珍しいんですよ」
「あらギルさん、そうなんですか?」
「はい。アレシアさんが作ると余計に美味しいのかもしれませんね」
突然ゴホゴホとむせた殿下がギルさんを睨みつける。
全部の料理をきれいに召し上がり、姿勢を正した殿下が私にお願いがあると切り出された。
「エドナが君に会いたがっている。本当はここに来たいのだろうが、母上のお許しが出ないのだ」
「平民の私が王宮にお邪魔するのですか?先日のヘルード殿下の件で近所の方々に注目されてしまいましたから、あまり目立つことはしたくないのですよ。うちの果物が王妃殿下のお気に入りだからという名目で守ってくださっている警護の方々も目を引いてますし」
「それなら僕にいい考えがあるよ!」
ギルさんがニコニコしながら声をかけてくれた。
「市場に野菜を卸す時にアレシアちゃんが野菜と一緒に王宮の使用人用の馬車に乗ればいいよ」
「でもお邪魔しても何を話せばいいのかわかりませんよ。私は農家の娘ですから話題が……」
「エドナの周りには上昇志向の強い令嬢が集まって来るからな。疲れるらしいんだよ。エドナはアレシアがそばにいてくれるだけで癒やされるらしい」
なるほどね。
婚約適齢期の王子様が二人もいらっしゃるから、将来の王族を狙う女の子たちがエドナ殿下に群がってるのね。言うならば王子殿下たちを釣り上げるための餌にされてるというか。お気の毒に。王女殿下はおっとりしてらっしゃるものね。
「わかりました。私でよろしければ」
「そうか!助かる!あいつはあいつで不憫なことも多いんだ」
殿下が日程を提示され、私はいつでも自由なので一番早い日を選んだ。
「本当に助かるよ。僕がここに来ていることをエドナがなぜか気づくらしくてね。ここに来た日は僕を睨むんだ」
「うちの料理はニンニクやショウガ、香草やスパイスをたっぷり使うからじゃないですか?殿下から美味しい匂いが漂ってるのかもしれませんね」
「あ、そういうことか。うっかりしていたな。それと、君に護衛をつけたい。これは僕の希望だ。イーサンの時に僕は彼を守れなかった。あの布があることを知ってはいたが、それでもあれは死んでいてもおかしくないほどの大怪我だ。あんなことが二度とあってはならない」
たしかにね。頭を割られてあの場で息絶えていたら治せなかったと思う。絹布があるからと油断してはいけないのだ。治癒効果のある絹布でも、さすがに死人を生き返らせることはできない。
あの布を使った後に人がみな「喉が渇いた、おなかがすいた」と言うのは体が修復しようとして体内の栄養を使うからだろうと私たちは推測している。死んでしまったら修復する働きは起きないのだから油断は禁物だ。
エドナ王女殿下にお会いするのは三日後に決まった。
差し入れを持って行ってもいいらしいので桑の実だけでなく果物の詰め合わせを手土産にお邪魔しようかな。
私はエドナ王女殿下にお会いできることを前向きに考えることにした。正直言うとあの王宮には苦痛な思い出が多すぎて気が進まないのだが。
けれど、前世のつらい記憶を思い出して悶々としたところで何も生まないわけで。私を苦しめた人たちは全員がもうこの世にはいない。生きている私が怯える必要はないのだ。
「そうよ。気楽な気持ちでエドナ殿下と楽しく過ごせばいいのよね」





