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【エピソード5:夏だ! 祭りだ! コスプレ喫茶だ!?】

昼休み。

別に授業中のネタがないから、いきなり飛ばしてる訳ではない。それは、ありえない。絶対にない。

寧ろ、槞牙は授業中に何事も無かったことに安堵していた。

理由はここ五日で起こった『不測の事態』にある。

静かに勉学に勤しむ時間、突如ソラ暴走。

静かに勉学に勤しむ時間、突如ソラ暴走。

静かに勉学に勤しむ時間、突如ソラ暴走。

――と、様々な事件があるのだ。

そんな中、今日は平穏無事。ソラの説明によると、二日前に絵本に夢中になり徹夜した、のが原因らしい。ビバ、テツヤ。

今まで周期的に昼休みは『そいつ』の出番だった。

しかし、どうだろう?

悪魔は去った。恐怖の着ぐるみ紅ほっぺは去ったのだ。

槞牙は喜悦に浸っていた。今の彼なら言うだろう。『帰ってきて良かった。強い子に会えて……』と。

誰に会ったのかは、捨て置き。

槞牙は、眠っている柚菜の頬を軽く突いて遊んでから、後ろの問題児を見た。

真面目に勉強をしている。良い事だ。内容は難し過ぎてよく分からないが。

瑠凪の姿が見当たらない。おそらく、礼拝堂でお祈りタイムだろう。

同様に雫。

こちらは部活の勧誘を受けているはずだ。最近は特に多い。

それも、そうだ。入学から三ヵ月も経つと、帰宅部なことが判明する。

加えて性格上、『見るだけなら』の精神と槞牙以外に対しては弱腰の彼女。

まさに恰好の的。

相手も部の存続を懸け、必死にアプローチしているのだ。

槞牙は周りの様子を確認し終えたのを契機に、最前列の菻音に目をやった。

彼女は席から移動せず、机上で何かの作業に没頭している。

槞牙の瞳が妖しく光った。


「にひひ……。ちょっと、からかってやるか」


イタズラ小僧の台詞は、生徒の喧騒に溶解されていく。

ハミング・ウォーキングで背後から近付き、途中で気配を断つ。

さて、どうするか?

こういうのは初手からのノリが肝心。

軽く肩を叩き、振り向いたと同時に人差し指で頬を突かれる罠でも張るか? ……ガキか俺は。

両目を塞いで、だ〜れだ、とでもするか? ……十年前のアニメキャラか俺は。次は名案。背後から、いきなり胸を揉む。……変態か俺は。

いや、しかし三番目はやってみたい。反応も楽しみだ。



槞牙は背後から近付き、菻音が座る椅子の裏側に着いた。指の運動を行い、侵入角を確かめる。

この時点で、周りから見れば不審者そのもの。

だが、マジで被害者五秒前の菻音は気付かない。それは訓練を積んだ槞牙の成せる業。

勿論、エロ技ではない。実戦にも用いられる。

夜道で強襲する場合、闇に紛れるのに最適。上手く行けば、簡単に敵を無力化できる。反対の場合も、ある程度だけ逃走した後に使い、返り討ちにするかやり過ごすかできる。

達人の域になると、他人の視覚認識を狂わせるのも可能。目の前に居るはずなのに居ないような錯覚すら、相手に感じさせられる。

槞牙も私欲が絡むと達人域。


「うりゃ!」


掛け声と共に、強行突入。目標を欲望の限り揉み解す。


「にゃひあっ!」


奇声を上げ、思わず立ち上がる菻音。背後に目線を送り、


「槞牙さん! ダメです! このような場所で、そんなこと……」


「ほほう。じゃあ他の場所ならオーケーなのか?」


「そ、そんな……。イジワル……です……」


何だか、どこかで聞いたことある会話だが万事引用。そして掌にある、崩れないプリンの感触は最高だ。

菻音の身体から力が抜け、机に突っ伏す。頬は朱に染まり、息が荒くなる。


「どうだ、菻音?」


「あ……、や、やっぱり違う場所なら……その、良いです……っ……」


机に甘い息が吹き掛かった。



「くはぁー! これは最高だよな?」


妄想は爆発し、槞牙のテンションは最高潮。五拾五行も使った豪華な妄想だ。

さっそく実行に移すべく、背後に回り込む。まずは何をしているのかを、そっと確認。


「…………」


すると槞牙は、欲望まで突っ走りなニヤけた面を剥ぎ、菻音の肩に手を置いた。


「よっ。また漫画か? 頑張ってるな」


「あ、槞牙さん。そうなんです。もうすぐ完成ですので、その……」

そこで目線を伏せ、何やら唸る。

セミロングの黒髪に白のリボン。楚々として、あどけなさの残る顔。スタイルも幼い面が多いと見せ掛けるも、その実は大したもの。忍法、隠し巨乳。最初の単語には特に意味はない。

ヒーローや漫画家と、色々なことに憧れを持つ〈パステル〉使いの一人。紆余曲折を経て、槞牙と仲良くなった。

その白石菻音は、やがて毅然な色合いの瞳と上目遣いのセットで口を開いた。


「もし宜しかったければ、続きもお読みやってくださいませです!」


その一言だけの為に、よほど緊張したのか敬語を間違えている。ついでに台詞自体も。


「へへっ……、当り前だろ。この俺が責任を持って読者一号を担ってやる」


「本当ですか?」


「自慢じゃないが、俺は胸のでかい女の子に、嘘を吐いたことはないぜ」


「余計な一言が無ければ、格好良い台詞ですね」


菻音の指摘を、槞牙は偉そうに踏ん反り返って弾く。


「そこは専売特許だから譲れねえな」


菻音が微笑。

愉快な感覚に包まれていますよ、表情だけで直に伝わる伝家の宝刀。

それから三分ほどイミ無し雑談をすると、


「んじゃ、そろそろ俺は屋上にでも行くわ。じゃあな、頑張れよ」


槞牙は踵を返し、教室を出た。



通常の扉より幾分か頑丈なドアの向こう。

景色は良好。

空は快晴。雲一つなし。

界隈は静寂。煙草の煙なし。不純異性行為なし。頭上から苺パンツの美少女なし。

ガラガラな風景を埋めていたのは、ただ一つ。手摺りに寄り掛る赤い髪の美少女。

その髪は、少し内巻きとなっている。吊り気味の目に、赤い瞳。端整はパーツの集まりだが、その面差しは一言で悪女系。

体形に関しては、非の打ち所が無い。均整でいて、異性の魅力が盛り合わせ。

そんな女――進藤瑠凪は、槞牙と目を合うと、あからさまに嫌そうな顔をした。嫌悪の仮面、産地直送だ。


「他の子はあんたを気に入ってるみたいだけど、あたしは違うから絡むのは止めてよね」


辛辣と名の付くコロイドを感じ、槞牙は苦笑。


「こんな完璧な男を捉まえて、よくそんな恐れ知らずな台詞を……」


いい加減、妄想だと気付け。瑠凪も同意見。


「前から思ってたけど、頭だいじょうぶ?」


「至って健康。その証拠に女が好きだ、世界中の誰よりも……って、この台詞こそ大丈夫なのか?」


意味不明な語りに瑠凪は溜息。

槞牙はそんな瑠凪を見て、苦笑に否定文をブレンドした。苦『くない』笑みで続けて、


「そんなことより……、あれから母親とは上手くやってるのか?」


「答える義務はないわ」


「じゃあ、母親のことが好きか?」


切り替えた疑問に、瑠凪は一瞬だけ意表を突かれた時の表情になった。伏し目がちな視線を地面をスライドさせてから、切り出す。


「き、嫌いも嫌い。大嫌いよ」


「そんじゃ好きなのか。判りやすいなぁー、瑠凪も」


瑠凪は眉根を寄せ、槞牙を睨む。身体はすでに戦闘体勢。


「勝手に決めないで! あと、馴々しく名前で呼ぶのも止めて」


「それは無理だ。なぜなら、俺には女の子を名字で呼ぶことのできない呪いが掛かっているんだ」


「誰が何の目的でよ!?」


声を荒げ、ツッコミを入れる瑠凪。

槞牙は御ふさげモードで病人擬きを演じの体裁を解き、右手で手摺りに触れる。瞳に優しさを讃える成分を有し、それを言葉にする。


「俺を嫌う代わりによ、他の人間を好きになってくれるか?」


瑠凪は次の台詞を詰まらせた。


「そう約束するなら、俺はお前にセクハラの類は一切しないし、必要なこと以外では喋り掛けない。……どうだ?」


唖然とする瑠凪。

瑠凪の瞳は視点が定まっていないかのように、白い空間を赤が泳ぐ。

唇から吐息と何かが漏れる。形を成さない、息に乗せられただけの声。

唇を引き結ぶ。次には、はっきりと聞えてくる。


「い、いきなり何を訳の分からないこと言ってるの!? 付き合ってられないわ!」


瑠凪は、複雑な心境を有体に顔に収めたまま、遁走していった。

槞牙はそんな瑠凪を追わず、空を仰いだ。

――全く、何でそういう風にしか言えないんだろうな。

進藤瑠凪。

彼女は父親が昏睡状態になってから、ずっとグレていた。問題がある母親とはいえ、異常に嫌悪していた。そしていつしか、この世界すらも嫌悪しかけた。

そんな時に乱入して引っ掻き回せば、好かれないのは当然。しかし逆に、その感情を向ける相手が自分に変更させられる。

覚悟していた。他人の家庭事情に土足で踏み込んだ時点から。

先程の言葉は本心だ。瑠凪にも、そういう人間でいて欲しい。

恨まれ役は自分が。いくら軽蔑されようとも、それを望む。願う。

だからこそ役に堪え忍ぼうとする、思考を受け入れる。それでいいんだ……。

珍しく鬱いでいた自分に気付き、槞牙は頬を叩いた。いかん。俺は俺らしく男の究極の夢、酒池肉林&ハーレムを妄想しなくては。

妄想を働かせていると、後ろから足音。少し距離を空けて停止。

瑠凪が戻ってきたのか?

まさか俺の隠された気持ちを見抜き、そして同じような受け入れた。

そうに違いない。そうでなければ彼女に戻ってくる理由がない。

ならば、するべきことは一つ。いつもの調子でネタを一発。

やれ! やるんだ!


「なあ、瑠凪。俺様と熱いワルツを踊るには、相当な覚悟と体力がいるぜ。特に必要なのは――」


大仰に振り向き、


「強靱な足腰! それこそ、普段はやらない夜の――」


そこで止まった。いや、固まった。続きが気になるが石化した。

後ろに立っていた人物は瑠凪ではない。お約束の雫様でもない。


「『夜の――』なんだね。我が友、繞崎槞牙」


そう。沁銘院真一だ。

大きく横流れする薄紫色の髪。狐目。下にのみある銀縁の眼鏡。その風体は、まさにキレ者。色んな意味で。


「まさか、男女のパーマロイなどと続ける気かね。我が友、繞崎槞牙」


「なあ……、パーマロイって磁性合金のことだよな?」


「あまり気にするな。意味はない」


相も変わらず意味不明の度合いが増す、この二人。

しかし槞牙にしてみれば、真一の登場は願ってもないことだった。

何しろ、こちらから会いに行っても、いない確率が高いのだ。どうでもいい時や、重要な用件の場合は必ずいるが、それ以外はいない。

中学時代にボディガードの後をつけ、真一の居場所を探し当てた経験がある。木の幹を入り口に地下部屋となっていた場所だ。

ト〇ロか、お前は!? などと、若さ故の過ちから突っこんだ。懐かしい。

そんなこと、今はどうでもいい。

槞牙には、彼からどうしても奪取しなければならない物があった。それは槞牙の名誉に関わる、大スキャンダルな内容が収められた映像記録。

交渉のための言葉を選ぶ槞牙。だが先手を打ったのは真一だった。


「時に親友。我輩が入手した君に関する情報を、妹の繞崎雫に提供しようと考えるが、いかがかな?」


「お前は親友を脅す気か!?」


語気を激しくさせる槞牙の様子に、ふむ、と真一。


「そうか。では交換条件を呑むのだな? 我が友、繞崎槞牙」


「早っ! 勝手に進めるなよ」


「なら仕方がない。……流すか」


「犬とお呼びください!」


今ここに、忠犬槞牙が誕生した。

真一の目が眼鏡の奥で妖しく歪んだ。都合良く逆光で見えはしなかったが、槞牙にはそんな気がした。

真一は何かのチケットのような広告紙と、自前のカメラを槞牙に渡す。


「最近流行のコスプレ喫茶で始めた新企画。『客もコスプレで萌え萌え』の無料券だ。そのカメラに、しっかりと収めてくるのだ。目標はすでに分かっているだろう? 期待しているよ。我が友、繞崎槞牙」


肩に手を置き耳元で囁くその行動は、役者も真っ青な悪役っぷり。

槞牙の頬に、つつーッと汗が一滴。

真一の要求はこうだ。

雫を含めた、計五人のコスプレ姿を写真に撮れと。しかも、おそらく際どい系のコスチュームを勧めて。

売るのか? あいつらを。己の保身のために。

善と悪。この二つの思いが混迷に消え、引き出せない。

そんな槞牙に、通り過ぎた真一の背中が語った。


「必要悪、か……。便利な言葉だ。その言葉に流され行動すれば、自己正当はし易い」


槞牙は相手の言葉を聞き、虚ろいでいく眼を地面に向けた。

そうだ。これは仕方がないことだ。必要悪だ。必要悪。あいつらだって判ってくれる。

もはや槞牙は真一の手中に落ちた。


「写真と交換だぞ? いいな?」


「男同士の約束だ。我が友、繞崎槞牙」


悲壮な覚悟を胸に秘め、槞牙は歩きだす。

もう迷いはない。やるしかないのだ。

必要悪。

これが現在の槞牙を支えるもの。唯一、彼の自己正当化を成し遂げる最終兵器。兵器は必要とされるから兵器なのだ。それ以上の意味を持たない。

だから彼は欲していた。この言葉を。

同等に交換アイテムの彼女たちも、一人一人が最終兵器に匹敵する。

最終兵器、彼女……。


「どこか言いたいことをネタに繋げた所で、それはさて置き」


「それ、本文!」


「失敬。我が友、繞崎槞牙」

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