021 エリアボス
『始まりの箱庭:249.6.0』の『壁』に沿って進むこと10分ほどでエリアボスがいる石碑を囲むように出来ている広場に到着することが出来る。
『壁』の近くはほとんど遮蔽物がない状態なのでその場所は割りと最初から見えていた場所でもある。
だがエリアボスの姿は見えない。
なぜならばこの石碑広場はインスタントダンジョンとなっており、挑むパーティ以外の邪魔が入らないようになっている。
ただし、高難易度モードのエリアボスに限ってだが石碑広場に立ち入れるのは1つのレイドパーティと決まっている。
つまりは高難易度モードに限り、エリアボスに挑むのは順番制になるということだ。
もっとも一度討伐されて高難易度モードが解除されると何パーティでも一度に挑戦することが可能になる。もちろんインスタントダンジョンは変わらないのでそれぞれ別々の固体と戦うことにはなるのだけれど。
未だ高難易度モードのエリアボスは倒されていないことは確認済みだ。
だが順番待ちが出来るほどこの場所に辿り着けたプレイヤー達がいるわけではない。
もしかしたら現時点でたどりつけているのはボク達だけかもしれないくらいだ。
なのでもちろん順番待ちの行列など出来ているわけがなく、石碑広場前は閑散としている。
森を抜けてしまえばMOBのPOP量も激減してしまうので、MOBもまったくといっていいほど見当たらない。
ここでゆっくりと準備を済まし、万全の態勢でエリアボスに挑むのだ。
「ナツ、アキ。準備は出来た?」
「「はい、兄上(兄様)」」
ボクの問いかけにいつもと変わりない息の合った声が返ってくる。
ボク達は今日のハイライトとしてこの場にいるんだ。準備不足なんて状況にはなるはずがない。
でもそれでも心の準備というのは大事だ。
本来は大勢のパーティ――レイドパーティで挑むようなボスを相手に、たった3人で戦うのだから。
だが、双子コンビから返ってきた声はいつも通り。何の不安も恐怖もない。
『ラビリンス・シード』はゲームだ。
痛みも多少の衝撃でしか表現されず、血飛沫も零れる内臓も表現が緩和され、リアルなソレとは言い難い。
だがそれでも第4世代となり、よりリアルとなったこの世界では旧世代よりもずっと生々しく感じることが出来る。
実際に何度も戦い、ダメージを受けても双子は忌避感を抱くことはなかった。
それでもやっぱり少し心配になってしまうのが兄としてのボクの偽りない感情というものだ。
ゲームなんだから無理をせず、楽しくやらないとね。
「さぁ行こうか、2人共」
「「はい、兄上(兄様)!」」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
石碑広場に足を踏み込んだ瞬間、広場を覆うように赤い膜が広がっていく。
これは高難易度モード限定の処理らしく、この赤い膜が出現している間は他のパーティは一切この石碑広場に侵入することが出来なくなる。
端から見ても1発でわかる非常に理解しやすい演出だ。
まぁ今回は観客なんてMOBくらいしかいないだろうけどね。
「兄上、アレですね」
「βの情報通りですわね。『ビッグうさたん』同様ボスへの大きな修正はないようですわ」
石碑広場に赤い膜が出現するのと同時に広場の奥に一体の巨大なボスがその姿を現す。
ボク達はβテストの情報をかなり活用して今まで攻略を進めている。
ボクの作り出すアイテムの性能もかなり要因を占めているとはいえ、βテストの情報がなければエリアボスに辿り着くまでもっと時間がかかっているだろう。
その情報と今目の前にいるエリアボスの外見情報はアキの言葉通りに差異はなさそうだ。
あとはステータスや攻撃パターンの変化があるかどうか。
ドロップアイテムは今回はあまり気にしていない。それ以前に倒せるかどうかの問題だからね。
だがどちらにしてもボク達が取れる対ボス戦法はあまり多くない。
何せ3人しかいないんだからね。
「さぁ始めるよ、2人共!」
「「はい、兄上(兄様)!」」
一定の距離まで近づくことによりエリアボス――『巨狼兎』が耳を劈く咆哮を発し、戦闘が開始される。
この咆哮は戦闘開始の合図であって、特に特殊な能力とかは持たない。
だが、戦闘が始まってから使ってくる同じような咆哮には一時的な硬直効果のデバフ――『スタン』が発生するので厄介だ。
まぁ撃たせるつもりはないけど。
その巨体の重量を感じさせない軽やか且つ、素早い動きで急激に接近してくる『巨狼兎』だが背中についているドリル付き触手の射程距離に入る前に足を縫い付けられたかのように急激な制動がかかり動けなくなる。
予め展開していた『陣:拡大足止』の結果だ。
発生したデバフは『足止/深度4』。
PK達にかかった『足止』よりも深度が低い。これは耐性の結果だろう。さすがはエリアボス。高難易度モードだから状態異常がかかっただけマシなのだけどね。
だが状態異常がかかることが判明しただけでも効果はあった。
というか状態異常がかからなければ早々にボク達は消耗戦に移行することになっていたのだけどね。
これで勝率の高い選択肢が取れる。
「カァッ!」
『足止』でその場に釘付けにされている間に、ナツの『フィアータウント』が炸裂して『巨狼兎』のヘイトが一気に移動する。
視線と敵意がナツに集中した瞬間に『巨狼兎』のHPゲージが1割に到底満たない量ではあったがアキのバックスタブにより削り取られ、ドリル触手が反撃のために動き、予め展開していた『デコイシールド』に阻まれる。
『『連携A』は問題なしのようだね。引き続き『連携A』で削っていくよ』
『『はい、兄上(兄様)!』』
ボスクラスのMOBはプレイヤーの動きを学習して対処してくる。
さらに高難易度モードのエリアボスにもなると動きだけではなく、こちらの会話もヒントとしてくるためパーティボイスチャットやコールで相手に聞かれないように対策をしなければいけなくなる。
『連携A』はボク達の通常連携の1つ、足止からの挑発、バックスタブだ。
足止の状態異常がかからないと成功確率がガクッと下がってダメージが激減する連携だが、決まれば非常に優秀なダメージソースとなる。
一先ずは『連携A』で削れるだけ削り、対処され始めたら次へと移行する。
『連携A』では状態異常は『足止』しか使わない。
エリアボスを含む全てのMOBには耐性が存在し、同じ状態異常を短時間に使い続けるとどんどん耐性が強化されていってしまう。
特にHP量の多い高難易度モードのエリアボスにはこの耐性強化が厄介極まりない。
ボク達のような正攻法ではなく、ハメを交えた戦法で挑むプレイヤーにとっては致命的になりかねないほどに。
まぁ当然ながら耐性強化についてはわかりきっていたことだ。
要は無効化されるまでは状態異常は有効なのだし、いくら耐性を強化してもそれを上回る性能のアイテムを使えば状態異常は発生する。
ボクのアイテムならかなりの時間は稼げる。その間に削れるところまで削るのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『足止』をしても『巨狼兎』には攻撃する方法がいくつも存在する。
だがそのほとんどがナツの『デコイシールド』に誘導される性質を持つものばかりだ。
一部『デコイシールド』に誘導されない攻撃でも『デコイシールド』を軌道上に配置すれば威力を減衰、または無効化することが可能となる。
もちろんナツのMPの消耗量はかなりのものになるが、そこはボクの『初級マナポーション』をガンガン使ってもらって補える。
だが『ポーションディレイ低下/A』の追加効果がなければ今頃MP回復が間に合わず遠距離防御が使えず、結果的にアキは何度か被弾してしまっていたかもしれない。
回復系ポーションのディレイは同一のものであり、『初級マナポーション』であっても『初級ヒーリングポーション』であっても同じだ。
防御を担当するナツは当然被弾するのも織り込み済みであり、ダメージを受けることは当然の結果だ。
だから『初級マナポーション』ばかりを使っているわけにはいかない。
ポーションディレイは回復効果を受けた者全てに発生するため、ナツが使ったあとにボクが彼に投擲してもディレイの影響でボクが投擲した分が無効となってしまう。
それでも総合品質と追加効果のために1回分で完全回復が可能なボクのポーションは消耗量よりも回復量が上回る。
ボスはプレイヤーの行動を学習し、対処しようとする。
それは即ち、短期決戦こそが最上の戦法ということになる。
『連携A』が学習され、対処されるまでに『巨狼兎』のHPを半分以上削ることに成功した。
ここからは畳み掛けの時間だ。
戦闘開始からまだ3分と経っていない。
だがこれでも予定よりも時間がかかっているくらいなのだ。
やはりたった3人で高難易度モードのエリアボスを倒すというのはなかなか難易度が高い。
エリアボス、特に高難易度モードになると一定以上のダメージを受けたボスは特殊な状態となり、『凶化』される。
『凶化』されると防御力が犠牲になる代わりにそれ以外の全てのステータスが向上し、新たな攻撃パターンや姿になることがある。
ご多分に漏れず、『巨狼兎』も『凶化』すると防御以外の全ステータスが向上し、狼の顔が兎に変化する。
可愛くないシリーズの頂点と言われる『巨狼兎』の所以はこれにあるのだ。
「実に可愛くない」
「同感ですわ、兄様」
「可愛くないどころか醜いですよ、兄上」
ボクのポロッと漏れた感想に双子コンビが間髪入れずに追従するが、いくら高性能なAIを積んでいるとはいえ、所詮MOBである『巨狼兎』に悪口は意味がない。
意味はないはずなんだけれど、『凶化』したばかりということもありまるでボク達の率直な感想に憤慨したかのように猛烈な勢いで攻撃を仕掛けてくる可愛くないシリーズの王様。
「まぁ……終わりだけどね」
猛烈な勢いで突っ込んできた『巨狼兎』だったが、ボクの言葉通りにその勢いは一瞬にして消え去り、完全に停止する。
『足止』が効いた時点で、違う状態異常の発生も確認しておいてある。
耐性強化が行われないように一度だけに留めておいたが、もうそれも解禁だ。
完全に『麻痺』状態になっている『凶化巨狼兎』は何もすることができない。
短時間限定とはいえ、完全に動きを止めることが出来る状態異常――『麻痺』はボク達のような少人数でエリアボスに挑むパーティにとって必須といえる状態異常だ。
だがエリアボス、特に高難易度モードの場合、そのHP量と耐性強化によりここぞというときくらいしか『麻痺』は使えないものだ。
今回ボク達は止めのために『麻痺』を温存した。
もちろんそれだけじゃない。
『凶化』で防御力が下がっている上に駄目押しで『呪石:防御』、『防御破りの矢』、『陣:防御低下』の3段重ねで深度を高める。
結果として『物理防御ダウン』の深度はなんと8まで上昇している。
さらには戦闘開始から常用していた『護符:攻撃力増加』のとっておき――偶然作れた攻撃力特化型追加効果と防御力減少の付いた『護符:攻撃力増加』を重ね掛けしておく。
防御力を減少させる代わりに平時使用バージョンの『護符:攻撃力増加』よりも数段攻撃力を高めてくれるまさに捨て身の特化型『護符:攻撃力増加』だ。
その効果は実に平時の5倍の攻撃力を実現している。
その他にもありとあらゆる止め用のデバフとバフを展開する。
これで準備は完了だ。
あとは『麻痺』が切れるその瞬間まで全力で攻撃し続け、残りのHPを削り飛ばすだけ。
「さぁ止めだよ、2人共」
「「はい、兄上(兄様)!」」
普段は状態異常系しか使わないボクも今回ばかりはメイン火力の1人だ。
アキのバックスタブの邪魔をしないように気をつけながら、『魔宝石:火弾』、『魔宝石:水弾』、『魔宝石:土弾』、『魔宝石:風弾』を大判振る舞いで放出し続ける。
ナツもこのときばかりは『フィアータウント』を連発しつつも攻撃系『アーツ』を随所に挟んで攻撃に参加する。
ガリガリと削られていくHPが底を尽き、『凶化巨狼兎』が一際大きな断末魔を上げて砕け散る。
深度8の『麻痺』はまだ十分にその効果時間を残していたが、終了まではさすがの高難易度モードのエリアボスといえど耐え切れなかったようだ。
これなら最初からクライマックスでも十分間に合ったかもしれない。
まぁ何はともあれ、無事倒せた。それが今は1番大事なことだ。
「「やりました、兄上(兄様)!」」
「うん、2人共よくやったね。お疲れ様」
「「はい、兄上(兄様)。ありがとうございます!」」
『凶化巨狼兎』が砕け散った瞬間、同じタイミングで振り返って満面の笑顔を見せる可愛い双子に労いの言葉をかけ、ボク達の初のエリアボス戦は終了した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
高難易度モードのエリアボスを倒すと、街の中央にある石碑には討伐名簿としてパーティ名が刻まれる。
ボク達のパーティ名はデフォルトのままの名前になっていたのだけれど、『巨狼兎』を倒す前に記念という意味もあって変更してある。
『巨狼兎』を無事に倒し、石碑に登録を済ませてから『始まりの箱庭:249.6.0』から次のエリアに繋がる通路を歩む。
通路は周囲がまったく見えなくなるほどの暗闇なのにボク達の姿ははっきりと確認できる不思議空間だ。
そしてずっと先に出口となる光が見える。
あそこからが新しいエリアだ。
βテスト時は新しいエリアにはいけなかったらしい。
それがβテスト時の攻略可能限界領域だったらしいが、時間的にも限界だったらしい。
βテストは専門の医師の管理下で1日12時間まで『クロノス』を使用することを許された状況で1週間行われている。
手探り状態であったし、ボク達みたいに高性能な装備もアイテムもなかった。
それでも高難易度モードのエリアボスを倒すまでに至っているのだからすごいものだ。
当時は『巨狼兎』を倒すのにフルパーティが6つ、36人でかかってうち21人が死に戻りする結果となった討伐劇だったらしい。
真正面から正攻法で、適正レベル帯と思われる『スキル』Lv20前半から後半のプレイヤーが36人でこの結果なのだ。
序盤にあるまじき高性能な装備とアイテムに身を固め、それを使ったパワーレベリングを行っているとはいえ、たった3人で高難易度モードのエリアボスを倒すというのは快挙といって差し支えない結果だと思う。
現に通路を歩いている際に他にやることもなかったので双子コンビと一緒に掲示板を見ていたら、さっそく討伐名簿を見たプレイヤー達で大騒ぎになっていた。
大半のプレイヤー達が討伐名簿に載っていたパーティ名からボク達がエリアボスを倒したことを推察していたようだ。
もちろんアリシーや『破砕の鐘』からも問い合わせのメールが着ていた。
たくさんの驚愕と祝福と、同じくらいの嫉妬で大騒ぎの掲示板を双子コンビと一緒に笑いながら見ていれば遠くに感じていた光がもうすぐそこまで来ていた。
ボク達はこれからβテストでは到達し得なかった新たなエリアに足を踏み入れる。
まだプレイヤーが足を踏み入れたことのない未知なる領域だ。様々なイベントやNPCが、MOBがボク達を待ち受けているだろう。
ここからはまったくの手探りで攻略していかなければいけない。
これまでのような事前情報のあった攻略とはわけが違う。
でもボク達の歩みを止めることは決して出来ない。
「さぁ、新しい冒険の始まりだね」
「「はい、兄上(兄様)!」」
この迷宮のような世界に解き放たれたプレイヤーという名の種子達はこれからも様々な形でその歩みを続けていく。
ボク達の長い夏はまだ、始まったばかり。
完
らびしーまめちしき
・侵入不可膜
高難易度モードのエリアボスや、一部イベントなどで見られる侵入不可能属性を持つ赤い膜。
いかなる攻撃、効果でも破壊することが出来ない。
・ディレイ
ディレイには様々な種類があり、代表的なものにポーションディレイ、個別アーツディレイ、魔法ディレイが存在する。
種類に応じてディレイは異なり、ポーションディレイと個別アーツディレイはまったくの別物である。
ディレイ中はその種類のアイテムや効果が一切無効化され、使用することが出来ない。
ディレイ減少や増加の効果はあれど、消滅させる効果は存在しない。
・凶化
一定以上のダメージを受けると発動するMOB限定バフ。
ほとんどの場合は防御力を犠牲に全ステータスを向上させる。
だが一部効果が逆転したり、姿が変化し攻撃パターンが増加したりなどする。
姿が大きく変化する場合、同時にHPを全回復させる厄介な性質を持つものもいる。
・重ね
バフ、デバフは別カテゴリーの効果であれば重ねて強化することができる。
ただし、強化の結果として発動するバフ、デバフは独自の計算式の元に決定される。
・魔宝石
宝石を加工して様々な魔法効果を封じることが出来る。
効果は魔法スキルと違い、使用者のスキルLvなどに依存せず、総合品質に依存する。
・討伐名簿
高難易度モードのエリアボスを倒すと街の中央の石碑にパーティ名が刻まれる。
これは高難易度モードである最初の1度だけの討伐時にしか刻まれず、サービス終了まで残り続ける英雄の記録である。
『ラビリンス・シード』正式サービス開始から初めて刻まれた記念すべき英雄の名は『双子と兎』である。
あとがき
ラビリンス・シードを最後までお読みくださりありがとうございます。
大体12万字の中編物として無事に書きあがりました。
長編にするにはちょっと練りが足りないのもあり、中編物として構成を変更して凡そ予定通りの字数になりました。
結局本編にはパーティ名も出てこないし、プレイヤーとの絡みも極々少ない結果となりましたが、序盤なのでこんなものでしょう。
長編展開ならこれからどんどんプレイヤーとの絡みも増え、高性能AIを積んだNPCとの絡みも増えていくのですが、まぁそれはまた別の話。
というかこれで完結なので読者様方のご想像にお任せします。
ではでは
8/2 完結




