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009 狩りは効率的に



 『器用増加/H』の効果がついた『ツインリング(銅)』を嬉しそうに左手の薬指に装備したアキが作ったお菓子は『ツインリング(銅)』なしよりも美味しい気がする。

 あくまでも気がするだけで総合品質も追加効果も別段変化はない。まぁ本人も嬉しそうだし、深く突っ込むことでもないだろう。

 そんなアキを悔しそうに見ていたナツが次は自分の番だと主張するもアキは『ツインリング(銅)』を渡そうとしない。

 危うく兄妹喧嘩が勃発しかけたけど、ボクが言えば渋々ながらアキも聞き入れてくれたので事なきを得た。

 ちなみにアキ同様左手の薬指に『ツインリング(銅)』を装備したナツが作った『初級ヒーリングポーション』も総合品質、追加効果共に変化はなかった。基本的に『初級ヒーリングポーション』は無味無臭なので味の変化もわからない。


「くっ……!」

「これが兄様への想いの差ですわ! オーッホッホッホ!」


 その結果の差に両膝を突いて悔しがるナツとどこのお嬢様キャラだと突っ込みたい高笑いをするアキ。

 今回はアキが勝利したみたいだけど、実は勝率は五分五分くらいだったりする。

 いつもの風景が『ラビリンス・シード』内でも見れてなんだかちょっとホッコリとしたのは2人には内緒かな。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 レンタル時間をちょいちょい延長すること3時間半ほど。

 ナツとアキの『スキル』のLvもほどほどに上がり、自分の分のアクセサリーも作った。

 とはいっても追加効果の関係上、生産メインのボクにはあまり意味がないのだけれどね。

 でもないよりはずっとマシなのでよしとしよう。ボクも狩りにはついていくわけだしね。


「じゃあ2人共一端ログアウトするよー」

「「はい、兄上(兄様)」」


 現在はゲーム内時間で夜9時を少し回ったくらいだ。

 これから難易度が1段階上がった狩場に行ってもいいのだが、もう大分長い時間ログインしっぱなしである。

 タイムアクセレーションシステムのおかげで現実世界では6分の1しか時間が経過していないとはいえ、ログアウトして休憩を取った方がいいだろう。

 双子コンビも生産で四苦八苦していたので尚更だ。


 暗転の後に見えるのは見慣れた自分の部屋の天井。

 すぐにノックの音が聞こえて双子が部屋に入ってくる。

 2人にもちゃんと自分の部屋があるのだが、彼らが自分の部屋にいるのは勉強するときか寝る時か、もしくはボクが留守にしている時だけといっても過言ではない。

 大体はボクの部屋か、リビングにいるのでこうしてボクの部屋で思い思いに寛いでいる光景は日常だ。


「兄様、まだムースがありますけれど、何味がよろしいです?」

「ん~ボクはいちごかな」

「ナツはチョコでいいですわね」

「残りは抹茶だろ? チョコで」

「わかりましたわ」


 お菓子作りが趣味のアキは冷蔵庫や冷凍庫や大型ストッカーに作ったお菓子のストックを溜め込んでいたりする。

 もちろん長期間溜め込んだりはしないが、大体いつでも何かしらのお菓子はあるのが橘家の冷蔵庫なのである。

 なので休憩タイムにアキのお菓子を食べるのは割とよくあることである。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 お菓子を食べたり、掲示板やwikiを覗いたりと思い思いに休憩時間を過ごして再度ログインする。

 休憩時間は大体1時間半といったところだ。そろそろ『ラビリンス・シード』内も朝を迎える時間。

 暗転と共にやってくる一瞬の浮遊感が終わると朝靄に霞む街の光景が視界に入ってくる。

 靄のエフェクトがとてもリアルだ。

 旧世代の遊戯用没入型仮想現実機器では靄とか霧とかのエフェクトはもうちょっと浮いて見えるものだったが、今目の前に見える光景はそんな嘘っぽかったものでは決してない。


「なかなかの光景ですね、兄上」

「朝靄も悪くありませんわ、兄様」

「だねぇ」


 ちょっぴりその光景に3人で見入っているとだんだんと大通りにプレイヤー以外の影が増え始める。

 どうやらNPC達も動き始める時間のようだ。

 ボク達もその流れに乗って北門へ向かって移動を開始する。

 食料はアキの『スキル』上げの副産物がそれなりの数あるので大丈夫だし、回復アイテムも十分な数ある。

 『魔法の鞄』を圧迫していた素材などは様々な場所からアクセスできる『倉庫』に移動させてあるので『魔法の鞄』の中身もだいぶ余裕が出来ている。

 ただこの『倉庫』。最初から自由に使えるものではなく、まずは使えるように契約しなければいけないのだ。

 だが契約といっても非常に簡単でアクセスできる場所ならどこでも行えるので前回生産施設で個別スペースをレンタルした際に契約しておいたのだ。

 契約に必要なのはお金だ。

 無双して素材を大量にゲットしてお金に変えられたので3人分まとめて契約してある。

 『魔法の鞄』よりも大量にものが入るので便利だが、街などのセーフティエリアからしかアクセスはできない。

 まぁ街中なら色んな場所からアクセスできるので、契約金が溜まったら優先的に契約しておくべきものなのは間違いない。


 装備ももちろん万全の状態になっている。

 装備にはそれぞれ個別に耐久度が設定されており、数値ではなくゲージで表示されているのだがこれがなくなると破損状態となり、装備できなくなってしまう。

 破損状態になってしまうと修復するのにお金や素材が少なくない量かかってしまったりする。

 なので耐久ゲージがなくなる前に回復させる必要性があるのだが、街中であればNPCが営む鍛冶屋にいけば大抵の装備はゲージをMAXまですぐに回復させられる。

 プレイヤーも耐久ゲージを回復させることは出来るが、各装備ごとに決まった『アーツ』が必要であったり、施設を使わなければいけなかったり、『スキル』Lvが低いとあまり回復しなかったりする。

 ボク達の場合は、全員の装備を全部ボクが作っているのでもちろん耐久ゲージを回復させることが可能だ。

 施設もレンタル施設でもいいし、携帯セットでも問題ない。

 というか携帯セットは耐久ゲージを回復させる場合以外には緊急時のアイテム補充くらいにしか使わないのが現状だ。

 でもあるとないとでは安心感が違う。

 狩場で回復アイテムが切れても、素材さえあれば街まで戻ることなく補充が可能だし、耐久ゲージでも同じだ。

 今はまだ街から程近い狩場だから問題ないが、ずっとそうではない。

 狩場で耐久ゲージを回復させることができれば代えの装備を用意することなく長く篭れる。


 まぁたくさんの装備を切り替えつつ運用するプレイヤーも中にはいるので絶対に必要というわけではない。

 βテスト時にはアイテムによる耐久ゲージ回復はなかったが、そのうちきっと出てくるだろうしね。


 北門にはすぐに辿りつき、ゲーム内昼時間よりは少し人が少ないかな? と思わなくもない草原フィールドをそそくさと移動する。

 残念ながら北門に着いた頃にはもうゲーム時間は昼時間になっており、夜時間のMOBを直接見ることはできなかった。


 今回の狩場予定地は林フィールドよりも先の森フィールド。

 森といってもそれほど深くはなく、林というよりは森といった方が正しいかな? といった程度のところだ。

 森フィールドには林フィールドに出てきたMOBの森バージョンといった感じや、中型と呼ばれる結構な大きさのサイズのMOBも出てくるようになる。


 例えば、今まさにナツが【初級挑発術】の『アーツ』――『ワイドタウント』でヘイトを集めながらトレイン(・・・・)している中にいる3メートルはありそうな『フォレストベアー』。

 同じくナツのトレインの中にいる林フィールドにいた『ブランチボア』を2周りほど大きくした『ハンマーボア』。


 中型とは分類されているがかなりでかくて迫力がある。

 でもそんなことは気にも留めずにナツはガンガン挑発を続け、ヘイトを集めまくって行列を増やしている。

 だがナツのトレインは一定以上の数以上にはならない。

 なぜなら最後尾でアキが見事なバックスタブ――死角、特に背後からの攻撃はダメージ倍率が高い――で瞬殺しているからだ。

 ちなみにさすがに中型のMOBともなるとHPはかなり多くなり、いくらボクの装備があっても各上の相手ということもあり、一撃で殺しきることは難しい。

 そして一定数以上倒さないのはナツの【初級挑発術】のLv上げのためである。

 ある程度数がいた方が効率がいいのだ。


 新規取得したアキの【索敵】でMOBを効率的に探しながらLv上げをし、ナツの【初級挑発術】もLvを上げる。

 ついでにアキは殲滅も担当しているので【初級格闘術】と【初級加速術】のLv上げにもなっている。

 【初級加速術】はトレインを追いかけたり、一定数までMOBが減ったら釣ってくるために離脱を繰り返しているからだ。


 ちなみにボクは『うさたんキグルミパジャマ』の『認識阻害/C+』がいい仕事しているのでこの森フィールドでもMOBから無視されているので、ドロップ拾い係兼採取を担当している。

 ナツのトレインは一定範囲をぐるぐるしているので今回は採取を余裕をもって行えるのでありがたい。


 賛否両論ありそうな狩り方ではあるが、ボクが文句を言うことはないだろう。

 だって……「前回みたいに追いかけてドロップ拾うの大変なんだよねー」と言ったのはボクだからだ。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 森フィールドの一角をナツトレインがぐるぐる回ること30分くらいだろうか。

 『フォレストベアー』3体にたこ殴りにされるナツと、森の木々に擬態して鋭い枝で攻撃してくる『ニードルトレント』3体の攻撃を避けまくっているアキという光景に今では切り替わっていた。

 これももちろん効率的な『スキル』のLv上げ作業である。


 無双したり、トレインしたりでは育たない防御系の『スキル』を鍛えているのだ。

 ナツの場合は【鎧】【初級中盾術】【防御】【当たり判定増加】の4つを一気に育てることができるし、アキの場合は【初級加速術】【回避】【警戒の目】の3つだ。


 アキにも【鎧】があるが、回避することが多いアキは後回しにするつもりらしい。もしかしたらボクの作る防具の性能もあるので切ってしまう気かもしれない。


 『アイアンカイトシールド』を器用に使って『フォレストベアー』の豪腕を逸らしたり、受け止めたり、【鎧】を育てるためにわざと受けたりしているナツはいくら防具の性能がいいとはいえ、ダメージを受けている。

 だがボクの作った『初級ヒーリングポーション』を一度使えば防御系の『スキル』の副次効果でHPが結構増加しているナツでも一気に全回復してしまう。

 現状ではどう考えても過剰回復だが、別段惜しむ必要性もない。むしろガンガン使ってガンガン『スキル』Lvを上げる役に立ててくれた方がボクも嬉しい。補充はボクの『スキル』上げにもなるしね。

 なのでナツには余裕を持って使うように言ってある。

 まぁ別にHPが0になってもデスペナルティを受けて街まで戻るだけなんだけどね。


 『ラビリンス・シード』ではダメージを受けても痛みはなく、それとわかる衝撃が走るだけなのでどれだけたこ殴りにされようとも肉体的には平気だ。

 でも心理的にはやっぱり攻撃を受けるのは辛いものがある。

 それでもナツはボク達を守る盾役を買って出てくれる。実に献身的で頼れるいい子なのだ。


 逆にアキは徹底的に攻撃をかわしまくっている。

 その動きはまるで舞い踊っている様にすら見えるほどだ。一切攻撃をしかけていないのも一因だろう。

 【初級加速術】でスピードを上げ、【回避】で当たり判定が減り、【警戒の目】が攻撃の軌跡をある程度教えてくれる。

 肉体的疲労が発生しないゲーム内だからこそ延々と避け続けることが出来るのだろう。

 これがリアルだったらいくら体力があろうとずっと避け続けることなど出来はしない。


 まぁ全てを完全に回避できているわけでは決してないんだけどね。

 だがかすった程度では防具の性能もあってほとんどダメージになっていない。もし比較的紙装甲のアキが直撃を受けても防具の性能とボクの『初級ヒーリングポーション』ですぐに復帰できるだろうけどね。


 ボクはボクで採取に勤しんでいる。

 森フィールドでは林フィールドよりも採取アイテムの質がいいのか【観察】もやっとLvMAXに到達したので【初級物品鑑定術】に派生進化させておいた。

 これでやっと『鑑定証』の『アーツ』が使えるようになるので生産品に詳細を見られるARを付与できるようになる。


 資金稼ぎのためにある程度ステージ数を少なくして性能を抑えた装備を作り、商人プレイヤーなどに売るのも楽になる。

 『鑑定証』のない装備は商人プレイヤーもあまり歓迎してはくれない。

 商人プレイヤーは大体が【初級物品鑑定術】を取得しているので『鑑定証』をつけることができるけれどそれも無料というわけではない。NPCに『鑑定証』をつけてもらうにもお金がかかる。

 そういった理由で『鑑定証』を目当てに『鑑定証』のない装備を商人プレイヤーに見せて性能を確かめるために『鑑定証』つけさせ、やっぱり売らないといった行動を取ったプレイヤーがβテスト中に何人かいたらしい。

 どこの世界にもせこい人間というのはいるものだ。


 そういうこともあり、装備の取引には『鑑定証』はほぼ必須と思った方がいいのだ。


 30分ほどたこ殴りにされたり、回避しまくったり、採取しまくったりとそれぞれにLv上げを楽しみ、少々の休憩を挟む。

 休憩中にアキがゲーム内で作ったお菓子を食べて空腹度を回復させるがやはりさっき食べたムースの方が格段に美味しい。

 早くアキにはLvを上げてもらい、品質の良い素材でお菓子を作ってもらおう。


「じゃあ休憩はこの辺にして、奥行ってみようか」

「「はい、兄上(兄様)!」」


 Lv上げは前哨戦に過ぎない。

 今回の狩りの本命は実は森フィールドの奥にあるのだ。


らびしーまめちしき


・ツインリング(銅)

2重に環が連なった指輪。

銅製の非常に簡素な物。


・耐久ゲージ

数値ではなく、ゲージで表示される装備の耐久度。

ゲージがなくなると破損状態となり、装備できなくなる。

破損状態を修復するには、素材やお金が大量に必要となる。

必要となる量は総合品質によって異なる。


・靄、霧エフェクト

動体に自然と纏わりつくような表現がVRでは非常に処理が重かったために簡易エフェクトとなっているタイトルが多かった。

しかしクロノスでは大容量の処理を超高速でこなせるため、非常に自然なエフェクトとなっている。

様々な色の自然な形での反射も実現。


・トレイン

大量の敵が連なって移動している状態。

この状態ではほとんどの場合、足を止めると死亡する。

範囲攻撃などで一括処理する狩り方などでも使われる。

MPKの温床になるため大抵の場合は嫌われる行動。


・バックスタブ

背後からの不意打ち。

大抵のゲームでは背後へと不意打ちの攻撃はダメージ倍率が高く設定されている。

『ラビリンス・シード』でも同様にダメージ倍率が高く設定されており、挑発などで気を引いている間にバックスタブを決めると高火力が出やすい。


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