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これからちょこちょこ更新再開して参ります。

「まずは、そなたたちを妾の自室へと案内しよう」


 エイリアはマリアライトとリフィーをパーティー会場から連れ出した。

 廊下は、キャンドルの赤い炎で仄かに照らされている。曲がり角から、魔物が突然飛び出して来そうな不気味さを感じさせる空間だ。

 エイリアはしばらく歩いたところで立ち止まり、壁に手のひらをそっと置いた。

 すると、巨大な黒い扉が音もなく現れる。


「さあ、入るがよい」


 そう告げながら、エイリアは扉を開けて中に入った。マリアライトとリフィーも「お邪魔しまーす……」と後に続く。

 ロイトール侯爵夫人の自室は黒色の家具ばかりが置かれ、大量の黒い薔薇が飾られているが、それ以外は普通の部屋だ。むしろキャンドルの青い炎に照らされて、幻想的なムードを醸し出している。


「……お洒落なお部屋ですねぇ」

「そうですね。もっとこう……ヤバいのを想像してました。骸骨や血塗られた剣が飾ってあったりとか……!」

「はい。あとは、黒い棺桶が置かれていたり……!」


 予想を裏切られ、マリアライトとリフィーは何だか拍子抜けした気分になっていた。


「そなたたちは、妾を何だと思っているのだ」


 エイリアは呆れたような口調で言うと、「こちらだ」と部屋の奥へと向かった。

 そこにあったのは、黒いレースに覆われた天蓋付きの寝台だった。


「ふふふ……」


 マリアライトに視線を向けながら、妖艶な笑みを浮かべるエイリア。

 それを見た途端、リフィーに衝撃が走った。


「ホギャーッ! 今すぐ逃げますよ、マリアライト様ぁ!」

「え? どうしてですか?」

「エイリア様に狙われてるからに決まってるじゃないですか! このままだと、ベッドに引きずり込まれますよ!」

「それは困ります! 今はお昼寝の気分ではありません!」

「うわーん、この人全然意味分かっとらーん!」


 詳しい説明は後だ。リフィーがマリアライトを連れて逃げ出そうとしていると、


「馬鹿者。大声を出すな、小娘」

「あいたっ!」


 エイリアは扇の柄で、リフィーの頭頂部をベチンッと叩いた。

 その直後、寝台の中から「ひっ、ひっく」としゃくり声が聞こえてきた。それはすぐに、激しい泣き声へと変わる。


「ああ、泣かせてしまったか」


 エイリアは慌てた様子でレースを開けると、火がついたように泣いている赤子を寝台から抱き上げた。

「あら」と、マリアライトは声を零した。この赤子が、先日産まれたエイリアの子供なのだろう。


「よしよし。いい子だから、泣き止んでおくれ……」


 優しい声であやすエイリアだが、赤子は顔を真っ赤にさせて泣き続けている。

 エイリアは我が子の背中を擦りながら、リフィーをギロリと睨み付けた。


「まったく……そなたのせいだぞ、小娘」

「す、すみませんでした……だけど、マリアライト様が危ないと思ったんです」

「私には愛する夫がいるのに、聖女に手を出すわけがないだろう」

「あんな妖しげな雰囲気でベッドまで連れて行かれたら、誰だって勘違いします!」


 リフィーとエイリアの言い争いに驚いたのか、赤子の泣き声が更に激しさを増す。

 二人がおろおろとしている横で、マリアライトはドレスのポケットから何かを取り出した。

 細長い植物の種だ。それを一粒床に置き、両手を組んで祈りを捧げる。

 すると種から芽が伸び始め、あっという間に成長して黄色い花を咲かせた。

 花はベルのような形をしていて、茎の部分を持って揺らすと、カラン、カランと軽やかな音が鳴った。


「あぅ……?」


 赤子がピタッと泣き止み、不思議そうに花を見ている。マリアライトは「綺麗な音ですよね」と言いながら、再び音を鳴らした。

 音が気に入ったのだろう。赤子はすっかり機嫌を直して、満面の笑みを浮かべている。


「あー! あぅー!」

「はい、どうぞ。茎のところを持ってくださいね」


 マリアライトに花を手渡されて、赤子はきゃっきゃと大はしゃぎだ。花をぶんぶんと振り回している。

 リフィーとエイリアは、その様子に目を丸くしていた。


「マ、マリアライト様、すごい……」

「このお花は現在開発中の新種だそうで、今回はその種をシリウス様から特別にいただきました。エイリア様にお渡ししようと思っていたのですが、すっかり忘れてしまっていました」

「ふむ。音が鳴る花か……」


 そう呟きながら、エイリアは赤子を寝台にそっと戻した。


「素敵な贈り物をありがとう。あとで押し花にでもして、大切にしよう」

「本当ですか? ありがとうございます」

「……ああ」


 軽く咳払いしてから、エイリアはマリアライトに向き直った。


「……さて聖女よ。そなたには、妾の望みを聞いてもらうぞ」

「はい。何でしょう?」

「妾の子に、名を与えて欲しい」


 エイリアは我が子へ目を向けながら、その理由を語り始めた。


「そなたは聖女であり、未来の皇太子妃でもある。そのような人物が名付け親になるということは、それだけで大きな意味を持つのだ」

「つまり、皇族との繋がりが欲しいってこと……?」


 リフィーの言葉に、エイリアは「ああ」と頷く。


「貴族にとって権力争いは未来永劫続くものだ。子の世代になった時、少しでも優位に立てるよう、今のうちに種を蒔いておく必要がある」

「こちらの国の貴族も、大変ですねぇ……」

「それじゃあ、名前を付けてもらうだけのために、マリアライト様をパーティーに招待したんですか?」

「勿論、それだけではない」


 エイリアはそう答えると、テーブルに置かれていた数枚の色紙と羽ペンをマリアライトに差し出した。

 そして真剣な表情で言う。


「翡翠の聖女マリアライトよ。妾は、そなたの大ファンなのだ。だから、これにサインを書け」

「まあ。そうだったのですね……って私のファンですか?」


 突然カミングアウトされて、マリアライトは目をぱちくりさせる。


「エレスチャル公爵令嬢を、燃え盛る炎の中から救ったのはそなたなのだろう? 自分を蹴落とそうとしていた相手をも助ける慈愛の心……なんと素晴らしい!」


 胸に手を当てながら熱く語るエイリアに、リフィーは思った。

「この人、推しを子供の名付け親にしたかっただけだ」と。

 一方、マリアライトは困っていた。


「私、誰かの名付け親になるのも、サインを書くのも初めてで……しっかりやり遂げられるか心配です」

「大丈夫ですよ。サインなんて、ノリと勢いがあれば誰だって書けます!」


 珍しく不安そうなマリアライトを元気づけるように、リフィーは明るい声で言った。

 しかしその直後、エイリアが両目をカッと見開きながら言い放つ。


「聖女に妙なことを吹き込むな、小娘! サインとは、心を込めて真剣に書くものだぞ!」

「心を込めて……真剣に……っ!」

「あーもー、余計なことを言わないでくださいよ! マリアライト様がテンパってるじゃないですか!」


 マリアライト様って、どうして面倒臭い人ばかりに好かれるんだろう。

 リフィーは深く溜め息をついた。

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