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「うひゃあっ」
リフィーは反射的にマリアライトの後ろに隠れてしまった。エイリアから放たれる強烈な威圧感に耐えられなかったのだ。
笑顔を浮かべてはいるものの、内心では彼女抜きで盛り上がっていたことに立腹しているのだろうか。リフィーだけではなく、多くの参加者が身を強張らせていると、
「あなたがエイリア様でしょうか? ご招待くださいましてありがとうございます」
マリアライトがエイリアへお礼を言いに、近付いて行った。マリアライトの背中にひっついていたリフィーもそれにずるずると引き摺られていく。
いや、あんな怖そうな人に近付いちゃいけません! と引き留めようとはしたのだ。けれど可憐な見た目とは裏腹に、強靭な足腰の持ち主であるマリアライトを止めることは不可能だった。
まさに飛んで火に入る何とやら。リフィーがびくびくと震えていると、エイリアは観察するような視線をマリアライトに向けた。
「その桃色の髪……なるほど。そなたが皇太子妃候補であり、翡翠の聖女か」
「はい、マリアライトと申します」
「何者にも畏れぬ強靭な心の持ち主と聞いていたが……噂通りの人物のようだ」
エイリアはそう言うと、周囲を見回した。
「この場にいる大半が妾の姿を見た途端に臆した表情を浮かべたが、そなたは違った。妾に対しての敬意はあれど、恐怖を感じることはなかった」
「……恐怖ですか? エイリア様とお会いしたのは今晩が初めてですけれど、怖い方には見えません」
むしろどうして怖がらなければならないのか。そう言いたげに首を傾げるマリアライトに、リフィーは「言われてみれば」とハッとした。
悪趣味な外観の屋敷と、エイリアの見た目ですっかり怯えてしまっていたが、別に何かをされたわけではないのだ。少なくとも現時点では。
自分も堂々としなければ。リフィーの瞳に光が宿る。
「マ、マリアライト様の言う通りですよね! 私たちを招待してくれたエイリア様を怖がるなんて失礼ですもんね!」
「……む? そなたは何者だ。その雰囲気、貴族ではないようだが」
「き、貴族ではない……」
確かにそれはそうなのだが、雰囲気で判断されるというのは何とも。
「聖女の付き添いか? シリウス殿下も、もっと役に立ちそうな者に任せればよかったものを……」
「エイリア様、聖女様と田舎臭いちんちくりんだけではなく、私ともお話してくださいまし!」
エイリアに声をかけたのは参加者の一人だった。そして彼女を皮切りに他の令嬢や夫人も集まってくる。
自分から話しかけに行った方がエイリアに気に入られると、マリアライトを見て判断したのだろう。
一斉に集まり出した参加者たちにマリアライトが弾き飛ばされてしまった。
「マリアライト様大丈夫ですかぁ!?」
「はい! それよりエイリア様の人気ってすごいですねぇ」
「まあ、ロイトール侯爵夫人なので、お近付きになりたい人はいーっぱいいますよね……」
誰もが我先にとエイリアに話しかけようとしているのがその証左だ。
できればロイトール侯爵家と深い繋がりを持ちたい。そんな願望を胸に秘めて、このパーティーに参加したのだから。
けれどエイリア本人がこの状況を望んでいるとも限らない。彼女は自分を取り囲む夫人令嬢を冷ややかな目で眺めていた。リフィーはそのことに早い段階で気付いたが、夫人令嬢たちはと言えば、
「エイリア様、本日は素敵なパーティーにお誘いいただきありがとうございます!」
「以前からエイリア様とはお会いしたいと思っておりましたの!」
「その黒いドレス、とっても素敵ですわ。流石、黒が最も似合う魔族と呼ばれているだけのことはあります」
皆、媚びた笑みを浮かべて、エイリアを喜ばせるための言葉を発する。
逆に彼女の不興を買っているとは知らずに。
「……妾も褒めちぎり、距離を詰めようとする努力は認めてやろう」
ようやく口を開いたエイリアに称賛され、参加者たちは嬉しそうに頬を緩ませる。
が、すぐに顔色を一変させた。
「しかし、不愉快極まりない。妾はマリアライトとその下っ端と話をしていたのだ。なのに次から次へと……そなたらは自分の立場を理解していないと見た」
「し、失礼しました、エイリア様! あなた様とお近付きになりたくて、つい強引になってしまいまして……」
エイリアの横に立っていた令嬢が慌てて謝罪したが、既に遅かった。
彼女の体が勝手に浮き上がり、巨大な灰色の泡に閉じ込められてしまったのだ。令嬢が内側から泡を叩いて脱出しようとするが、びくともしない。
「エ、エイリア様!? これは一体何なのですか!?」
「……本当ならば、もっと過激にいきたいところだが、華やかなパーティーの場を血の色で染めたくはない。しかし、そなたの顔を見ているだけで腹が立ってくるのでな。──というわけで、屋敷から出ていってもらおう」
「えっ!?」
令嬢を包み込んだまま、灰色の泡がパーティー会場から流れるように移動していく。
そして最後には廊下へと出て行ってしまった。
「まずは一人。次は誰にするか……」
参加者たちを見回す漆黒の女主人。その場に重苦しい沈黙がのしかかる。
誰も口を開くことが出来ずにいた。エイリアを怒らせて、先程の令嬢のように強制退場となってしまう可能性があるからだ。
「利口でよろしい」
エイリアは満足げに微笑むと、離れた場所に避難していたマリアライトへと視線を向けた。
「聖女マリアライトよ、そなたには私の言の葉に従ってもらうぞ」
何だか怪しい雲行きになってきた。目を細めるエイリアと目を丸くするマリアライトを交互に見ながら、リフィーは心臓の鼓動を速めた。




