51
「こちらのパーティーに来ることが出来て本当によかったです。だって素敵なお土産をいただけることになりましたから!」
マリアライトが嬉しそうにしているのは、『アーテル・ノクス』のボトルを貰えることになったからである。他の参加者は微妙なリアクションをする中、マリアライトだけがその香りと味を褒め、おかわりも美味しそうに飲み干した。
その様を見てジュースを配り歩いていた給仕は感動と感謝で目を潤ませ、そんなにお好きならと帰りにボトルを数本ほど差し上げたいと申し出たのだ。
給仕曰く、『アーテル・ノクス』は最高級の味。そのためか多くの魔族は緊張で味が分からず、いい反応を見せない。
しかしマリアライトは心から薔薇の芳香と、葡萄の甘さを楽しんでいる。「そのような方は初めてです」と給仕は熱く語っていた。
マリアライトの横でその熱弁を聞いていたリフィーは思った。いい反応を見せないのを、緊張のせいにしてはいかんだろと。
「城に戻りましたら、シリウス様とご一緒にいただこうと思います」
「き、きっと、シリウス様もお喜びになると思いますよ……」
婚約者一筋のシリウスなら、漆黒の葡萄ジュースの香りにも耐えられるはず。私たちの皇太子を信じるんだ……と自分に言い聞かせつつ、リフィーは改めて周囲を見回す。
「それにしても……やっぱり独特の雰囲気で、ちょっと怖いかも」
「そうですねぇ……」
マリアライトもリフィーに相槌を打ちながら、ホール内を眺める。
デザインは異なるものの全員が黒いドレスを着ており、会場の至る場所に黒薔薇が飾られている。
魔族にとって『黒』は忌避すべき色ではなく、むしろ馴染みがある色だ。
セラエノには常に夜空が広がっており、国の象徴とも言えるセラエノ城の外装も黒一色。そのため、親しみを持たれている。
だがここまで黒をごり押しされると、こっちが引いてしまう。
「ロイトール家の方々が黒い薔薇を好んでいらっしゃるのと関係しているのでしょうか」
「好んでいるのを通り越して、最早崇拝の域に達してません? この屋敷のアレは……」
ここが狂気の黒薔薇屋敷であることを思い返し、その徹底ぶりにリフィーが恐怖すら抱いている時だった。
「あ、あなたが翡翠の聖女マリアライト様……?」
一人の令嬢が緊張の面持ちで、マリアライトに声をかける。途端、会場は水を打ったように静まり返った。
全員が自分への視線を注ぐ中、マリアライトは口を開く。
「はい。聖女なんて呼ばれるほど立派な人間ではありませんけれど……」
「キャー本物~~! 私大ファンなんです!」
強張っていた顔は喜色満面となり、令嬢は興奮に叫んだ。
「あのコーネリア嬢を自分の配下にしただけではなく、神獣の暴走を止めたとか! そんなすごい方が皇太子妃になるなんて、最高ではありませんか!」
「いえ。コーネリア様は配下ではなく、私の友人で……」
「んまぁ! あなただけずるいわよ! 私も聖女様とお話がしたいわ!」
「お待ちになって! わたくしが先ですわ!」
令嬢が声をかけたのを皮切りに、次々と参加者たちがマリアライトへ群がっていく。今まで話しかけるタイミングを窺っていたのだろう。握手を求める声も上がっている。
まさかここまで人気とは。マリアライトの横から弾き飛ばされたリフィーは、呆然と床に座り込んでいた。
しかし城から出発する際、シリウスから与えられた使命を思い出してすぐに我に返る。
「わ、私がマリアライトをお守りしないと……!」
マリアライトも笑顔で自分のファンたちの対応をしているが、内心では困っているはずだ。たとえ全員に目潰しを喰らわせることになるとしても、あそこから聖女を救い出さなければならない。
両手でピースサインを作ったリフィーがファンの群れに突撃しようとした時だった。
「ほう? 何やら騒がしいと思えば、聖女に夢中になっておるのか」
艶やかな声がリフィーの背後から聞こえた。
振り返ればそこにいたのは、上から下まで黒を身に付けた妖艶なる美女。
「皆の者、今宵の主役が誰であるか忘れてしまったようだな……?」
威圧感のある声と共に浮かべられた蠱惑的な笑みに、皆が頬を引き攣らせる。
リフィーは確信した。
彼女こそがロイトール家の女主人、エイリアであると。




