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この魔族の国セラエノにおいて、見ているだけで目が痛くなる建築物ランキング堂々の一位はエレスチャル邸だろう。赤一色に塗りたくった外装に何の意味があるのかと誰もが疑問に思っているし、この順位は不動である。
では『最も不気味な建築物』ランキングの一位は?
国民たち、特に貴族の面々は口を揃えてこう答えるに違いない。
ロイトール邸であると。
「薔薇に寄生されてるじゃん」
目的地に到着したリフィーは、エレスチャル邸に負けず劣らずの規模とインパクトを誇る屋敷を目の当たりにし、その感想を真顔で述べた。
壁や柱、屋根に彫られているのは無数の薔薇だ。それも情熱的な赤でも、清楚な白でもなく、黒い塗料で色を与えられていた。本物と見紛うほどの精巧さで彫られた無機物の薔薇たちは美しくもあり、得体の知れなさを見る者に抱かせる。
「綺麗な薔薇ですねぇ。一輪持ち帰ってしまいたいくらいです」
「えぇ~~? 私は黄色とかオレンジ色のお花がいいですよぉ……」
花の彫刻に興味津々のマリアライトとは反対に、リフィーは嫌悪感を示す。すると、二人の後ろを通りかかった他の参加者が目付きを鋭くした。
「そこのあなた、ティアラを着けている方」
「へ? 私ですか?」
「そう。今の発言、会場ではくれぐれも控えるように。ロイトール侯爵家は黒薔薇をこよなく愛する一族です。もしエイリア様の前で他の花を褒めてしまったらどうなるか……分かりますね?」
「はい……気を付けます」
どうなるかは分からないが、絶対に口に出してはいけないということは理解した。
リフィーが青ざめながら頷くと、参加者は「ではまた後ほど」と言い残して先に屋敷に入って行った。
「マ、マリアライト様……もし私が失言したら、マリアライト様は私を捨て置いて逃げてください……」
「そんな……リフィー様を置いてはいけませんよ」
絶望感たっぷりな申し出に、マリアライトも眉を下げる。が、すぐにいつもの朗らかな笑みに戻り、リフィーの両手を握る。
「それに安心してください。もしもリフィー様がポロッと言ってしまいそうになったら、側にある料理でリフィー様のお口に詰め込みます!」
「対処法が雑ぅ! でもありがとうございます!」
しかしこの聖女、本当に実行しそうな雰囲気がある。
そうなったら自分だけでなく、マリアライトの印象がまでもが変なことになってしまう。もういっそパーティー会場で一言も話さず、誰にも気付かれないように気配を消すべきか。
リフィーはそう思い悩みながら、マリアライトと共に屋敷へと足を踏み入れた。
「マリアライト様! これとっても美味しいです!!」
会場であるホールに用意された料理の数々に、リフィーのテンションは上昇の一途を辿っていた。一言も話さない方が……と悩んでいたことも忘れ、初めて出会う味に心を弾ませていた。
そんな様子の少女に、マリアライトは安堵の笑みを浮かべる。
「リフィー様、先ほどまで悩みを抱えていたようで心配だったのですけれど……元気になってくださってよかったです」
「えへへ……やっぱり美味しいものを食べてると、ポジティブな気持ちになりますね」
そんな会話をしていると、痩身の給仕が二人に声をかけた。
「あなた方も『アーテル・ノクス』は如何ですか?」
給仕の持つ盆には、黒い液体が注がれたワイングラスが並んでいる。マリアライトはそれを受け取りながら彼に尋ねた。
「『アーテル・ノクス』とは、どのようなワインなのでしょう?」
「いえいえ、これはワインではなくジュースです。ロイトール家で育てた黒薔薇と葡萄で作られており、濃厚な香りと甘みがお楽しみいただけます」
「わあっ、美味しそうですね。いただきまーす!」
給仕の言葉を聞いたリフィーは笑顔で『アーテル・ノクス』を口に含み、
「………………」
真顔になった。甘い。確かに甘いのだが、花の香りが強すぎて味に悪影響を与えている。会場を見回せば、他の参加者たちも黒いジュースを飲んで、リフィーと同じような反応をしていた。
お世辞にも美味しいとは言えない。だが招かれた立場で、素直にまずいと火の玉ストレートを放つわけにもいかなかった。ロイトール家の自家製ジュースなら尚更である。
「このジュース……とても素晴らしい味ですねぇ。薔薇に囲まれた中で甘い葡萄を丸かじりしているような、そんな贅沢な気分になれます」
「マリアライト様……!?」
絶賛するだけではなく、給仕からおかわりまでもらっているマリアライトに、リフィーを含めた多くの参加者が驚愕の視線を向けた。




