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 レイブンは遠ざかってゆく馬車を見送りながら、「行っちゃったっすねぇ……」と小声で漏らした。

 行先がロイトール侯爵の屋敷とはいえ、リフィーが同行しているとはいえ、マリアライトが魔族たちのパーティーに出席する。

 礼節を重んじる女性なので彼女から問題を起こすことはないだろうが、妙な胸騒ぎを感じる。

 やっぱりシリウスに掛け合って、こっそり尾行するべきだったか。

 いや、今回のパーティーは男子禁制の場。

 それを破って会場に潜入したと知れれば、顰蹙を買うのは確実だ。


 ここは二人が無事に帰って来るのを祈るしかない。

 自身にそう言い聞かせていると、誰かがレイブンの肩を叩いた。


「よし。俺たちも行くぞ、レイブン」


 片手に長髪のウィッグを持ったシリウスだった。


「な、何すか、その手に持っているもんは」

「俺たちも女性の姿となり、パーティー会場にこっそり紛れ込む」

「大真面目な顔でトチ狂ったこと言ってんなよ」

「いいから早く着替えるわよ。やっぱりマリアライト様を一人にしておけないわ!」

「誰が着替えるかバーカ!!」


 潜入するか迷っていた自分が阿呆らしくなる主の思考回路ぶりに、レイブンは敬語を忘れてキレた。

 マリアライトがパーティーの参加を決めてから、今の今までこんな戯言を言う気配はなかったはずだ。

 一体どのような心境の変化があったのか。女装癖に目覚めたなんて言い出したらどうしよう。

 詳しく問い質そうとした時、赤い魔族がシリウスの背後に降り立った。


「この皇太子の言う通りよ」

「コーネリア師匠! じゃなくてどうしたんすか、コーネリア嬢」

「恥ずかしいから、師匠言うのやめなさい。……そんなことより、マリアライトをロイトール邸に行かせたのはまずかったかもしれないわ」


 コーネリアは眉根を寄せながら言葉を吐き捨てた。


「ロイトール侯爵夫人エイリア。彼女、実は聖女にものすごく興味を持っているみたいで、特に翡翠の聖女にご執心なんですって」

「……お前もそのことを知っていたのか」


 ウィッグの毛を指に絡ませながら、シリウスが意外そうに目を見開く。

 それに対してコーネリアは、「私も知ったのはつい最近のことよ」と素っ気ない口調で返した。


「近頃エイリアはとってもご機嫌らしくて、一緒に茶会に参加した夫人が理由を聞いてみたら『翡翠の聖女がパーティーに来るから』って答えたそうよ。その時の彼女、猛禽類みたいに目をギラつかせていたんだって」

「! 王宮にもそのような内容が書かれた手紙が送られて来た。差出人は不明で真偽も定かではない上に、それだけの理由でパーティーを欠席させるのも悪いと思っていたが……」


 二人のやり取りを横で聞いていたレイブンは嘆息した。


「だからって女装して潜入はないっしょ。バレたら俺辛すぎて舌噛み切って死ぬっすわ」

「何言ってんの。あんた、そこはバレないように命懸けて女になりきりなさいよ」

「俺に女装なんて無理ですわよっす。ヒール穿いたら五歩で転倒ですわっす」

「……まあでも、『あの子』がいるから多少のことは何とかなるかしら」


 コーネリアの呟きに「リフィーのことか?」と尋ねたのはシリウスだった。


「ええ。あの子には私の護身術の一部を授けてあるわ。立派な戦士よ」

「ふん……お前にしてはやるじゃないか、コーネリア」

「で、ここに来たのはリフィーについて、あのおじいさんに聞きたいことがあるから」

「リフィーさんの……っすか?」


 レイブンは首を傾げた。

 まさか見込みがあるからとか言って、本格的に弟子にすると言い出すのでは。

 そう予想していたが、彼女の口から出た言葉は意外な内容だった。


「あの子何者? ただの魔族じゃないわよね?」



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