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「ふふ……ふふふふ…………」


 風など存在しない部屋で、キャンドルに灯された露草色の炎たちが激しく揺らめく。

 青白い光に照らされながら、一人の女が愉しげに笑い声を漏らす。

 その女は全身に黒を纏っていた。鎖骨や肩が剥き出しとなっている煽情的なドレスも、絹で作られたドレスグローブも、淡い菫色の髪を纏めるバレッタも黒。まるで闇と同化しようとしているかのように。

 室内に飾られた大輪の薔薇も、天蓋付きの寝台も、ドレスを収納しているクローゼットも全てが黒色。


「聖女マリアライト……まさかそなたが本当に来ようとはなぁ」


 ふっくらと厚みのある唇から零れた声は、歓喜と期待が込められていた。

 明日この館でパーティーが開かれ、多くの令嬢や夫人が訪れる。その参加者の中には人間も含まれており、なんと翡翠の聖女兼次期皇太子妃。

 招待状を送りつけたはいいが、彼女がこの誘いに乗るという確証は得られていなかった。たとえ、何も考えずにのこのこやって来たとしても、エレスチャル公爵の娘がついてくる可能性もある。聖女に奇妙な友情を抱いているらしい彼女の存在は、『例の計画』を破綻させかねない。

 だが自分は賭けに勝った。聖女はあの猫耳娘ではなく、別の娘を連れてパーティーに参加すると情報が入ったのだ。


「ふははははは……! そなたにはたっぷりと苦悩してもらうぞ!」


 皇太子も公爵令嬢も傍におらず、聖女を守る者は誰もいない。

 同行するという娘の情報がないのが気になるが、どうせ王宮のメイドだろう。想定外の事態が起こっても、狼狽えるばかりで何も出来ないに違いない。

 その時聖女は人選を誤ったと気付くかもしれないが、時既に遅し。このロイトール侯爵夫人の言葉に、大人しく従うしかないのだ。



 ロイトール邸でのパーティー当日、セラエノ城正門前には黒いドレスを身に纏ったマリアライトとリフィーの姿があった。普段選ぶことのない色合いのデザインは、両者に常とは違う印象を与える。さらに、マリアライトの明るい髪は後ろで一つに束ねられ、リフィーの頭には青と紫をちりばめたティアラが鎮座していた。


「とっても似合ってるっすよ、お二人とも」

「ありがとうございます、レイブン様。ですけれど、ちょっとドキドキしてしまいますね……」


 慣れない装いでパーティーに参加する緊張と照れで、マリアライトは恥ずかしそうに笑みを零した。その姿に、シリウスが感極まった表情で自らの胸を押さえる。


「くっ……ブラックドレスのマリアライト様もやはり上品で素晴らしい……!」

「シリウス様もありがとうございます。そんなにお褒めになってくださるなら、普段からも着てみてもよろしいでしょうか?」

「えっ、いいんですか!? 着てくださるんですか!?」

「はい。……シリウス様に喜んでいただけると私も嬉しいです、から」


 語尾が小さくなりつつも自分の気持ちを伝えたマリアライトに、シリウスは表情を緩める。時折彼女から送られる直接的で、けれど綿菓子のように柔らかな言葉はとても心地がいい。

 そんな二人の様子を微笑ましげに眺めていたリフィーは、ある人物が見送りに参加していないことに安堵していた。


「……セレスタインさん、呼んでくるっすか?」


 だがしかし、レイブンが気を遣ってそんなことを言い出すので、即座に首を横に振る。


「いいよ、いいよ! こんな格好見られて似合ってないとか馬鹿にされたら、コーネリア師匠直伝の目潰しを炸裂させちゃうかもだし」

「物騒な師弟コンビが誕生しちゃったっすねぇ……」

「それにセレスタインからはドレス着る前に注意受けてるし」

「……注意っすか?」

「まあ、こっちの話」


 リフィーは笑いながら、ドレスで隠された胸元をそっとなぞった。


「ではそろそろ行きましょうか」


 ロイトール邸行きの馬車の御者がマリアライトとリフィーに声をかける。


「リフィー」


 馬車に乗り込もうとするリフィーを呼び止めたのはシリウスだった。


「必ずやマリアライト様をお守りするのだぞ」

「は、はい! マリアライト様をお守りします!」

「いいか、周りは全て敵だと思え。この馬車に乗った瞬間からお前の護衛任務は始まって……」

「すいませんシリウス様。リフィーさんをさっさと馬車に乗せたいんで話切り上げてもらっていいすか」


 レイブンはそう言いながら、真顔でリフィーを馬車へと押し込んだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] この会話のノリ好きだなあ。
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