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 人が泣き叫ぶ声。

 人が怒鳴り散らす声。

 人が助けを求める声。


 この世に生を受けた瞬間から、リフィーの地獄は始まっていた。

 辺境の地では食糧や綺麗な飲み水が限られており、国からの支援も望めない。

 それによって起きるのは何か。熾烈な殺し合いだ。食糧、金、領地を巡り、生きるために自分の仲間以外は殺してしまおうと、上の者たちは考えた。

 女子供も戦うことを強制され、皆が武器を手に取ったが例外もいた。リフィーの家族を含めた少数の人々だった。

 ろくに戦闘の訓練もしていない自分たちが戦えば、間違いなく殺される。けれど、この地に留まり続けていても結局は殺されるか、飢え死にするだけ。

 いっそのこと、逃げてしまおう。誰が初めにそう言い出したかリフィーには分からない。ただその言葉に従うように、皆は戦いの地から去った。


 ただそれでも地獄は続く。

 徒歩で安全な場所を目指すというのは、想像を絶する苦行だったのだ。

 食べるものも飲むものも殆どなく、苦しんでいた時に追手に追い付かれた。裏切り者と罵られながら仲間が殺される中、リフィーは母親に連れられてどうにか逃げ延びた。


「リフィー、今は生きることだけを考えてちょうだい」

「だって! お父さんもお姉ちゃんも置いていっちゃったんだよ? リフィーたちが戻ってくるのを待ってるよ……?」


 泣き叫んで他の家族を迎えに行きたいと駄々を捏ねると、母はリフィーの頬に平手打ちをして黙らせ、無理矢理歩かせた。


 それでも。


 それでも、限界がきた。最後の家族が動かなくなり、リフィーも地面に横たわり動けなくなった。

 このまま目を閉じれば辛い思いをしなくなる。また家族に会えるかもしれない。

 そんな希望を縋り付くように瞼を閉じた時、声がした。


「ほお、もう死んでいると思うたが、まだ息をしておったか。おい小娘、儂の声が聞こえるか」


 若い声のくせに老人のような喋り方。もう瞼を開ける力も残っていなくて、応えるように口を動かすと笑い声が聞こえた。




「最初は神様かと思ったんですよ。自分はもう死んじゃって、天国にきたんだって思い込んでいたから」


 途中まで食べ終えたサンドイッチを見下ろし、リフィーは口角を上げた。無理矢理笑みを作っているような、初めて見る彼女の表情にマリアライトは静かに見詰める。いつもは無邪気で明朗な少女が、今はひどく大人びて見えた。


「そしたら、あーんな変人おじいちゃんだなんて思いませんでした。私が『神様?』って聞いたら、すごい嫌そうな顔で『儂は神なんぞ信じていないんじゃ』って言うんですよ?」


 その時のセレスタインを想像してマリアライトは小さく噴き出した。


「確かにセレスタイン様らしいですねぇ」

「本当ですよね! ……でも神様じゃなくてよかった」


 同意を得られてはしゃいだ後、リフィーは穏やかな声音で言葉を零した。


「だってセレスタインに助けてもらったから、私はこうして生きていられる。私以外の家族は全員死んじゃってるのに、一人だけ生きてるなんてずるいなって思う時もあるけど。だけど……今すごく幸せなんです」


 そう言い終えると、リフィーは大きな口でサンドイッチを頬張った。その横顔を暫し眺めてから、マリアライトもサンドイッチを口にする。先程よりもチョコが苦く感じるのは気のせいだろうか。



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