45
リフィーの試着タイムが終わると、彼女は戦場から帰還した兵士のような面持ちでマリアライトの下に戻って来た。
「大丈夫ですか、リフィー様?」
「す、すごいですね、世の中のお嬢様たちは……あんな着せ替え人形のような思いをしながらドレスを仕立ててもらっているなんて……」
今までお洒落とは無縁だったリフィーには過酷な一時だったようだ。マリアライトに抱き着くと、ぐすぐすと鼻を鳴らし始めた。
一方、デジレは溢れんばかりの笑みを浮かべていた。
「リフィー様、可愛らしいからどのドレスを着てもとっても似合うんですよ。もうどれが一番いいか中々決めることが出来ず大変でした~」
「ウワーン、すみませんでしたぁ……」
「そんな謝らないでください。私にとっては至福の一時でしたので」
そう言葉を返すデジレの表情に嘘偽りはなかった。
「私もっとたくさんの女性が私の作ったドレスを着た姿を見たくて、自分の店を開いたんです! 夢は私のドレスオンリーのファッションショーを開催すること……!」
「まあ、素敵ですね! その時は是非私も参加させてくださいませんか?」
拳を強く握り締め、熱く語るデジレにマリアライトが尋ねる。
するとドレス職人の目は、猛禽類が如き眼光を放った。リフィーがびくっと震えた。
「当然でございます! 次期皇太子妃様のドレス、心血を注いで仕立ててみせます」
「ありがとうございます。……あら、リフィー様?」
マリアライトに張り付いていたリフィーが素早くショーケースの前に移動した。何かを凝視しているかと思うと、嬉しそうにマリアライトを手招きした。
「マリアライト様、これ見てくださいよ!」
「ティアラですか?」
リフィーが指差したのは黄金製のティアラだ。他よりもやや小さめのサイズだが、大粒のサファイアとアメジストを使用しており、決して見劣りしない豪華なデザインとなっている。
ただ宝石を使ったティアラは他にもある。リフィーがこのティアラに特別惹かれる理由が分からずマリアライトは首を傾げる。
だがその疑問はすぐに解けた。
「セレスタインっぽくないですか!?」
「言われてみればそうですねぇ」
彼女の保護者の髪と瞳の色だ。理由が分かると微笑ましく思えて、マリアライトはリフィーに釣られて笑顔になった。
「そちらのティアラをお気に召しましたか?」
デジレに問いかけられ、リフィーは少しの逡巡の後に頷いた。素直に欲しいと勇気は出ないようだ。
マリアライトは彼女の背中を押すことにした。
「シリウス様は、装飾品も揃えるようにと仰っていました。そんな遠慮なさらないで」
「う……うううううう……」
あともう少し。揺れる少女に最後の一言をかけようとした矢先、デジレが難しそうな顔で言った。
「でもこのティアラを着けるとなると、それに合ったドレスをまた選び直さなければなりません」
「えっ」
「私は楽しいからいいのですけれど……」
また地獄の着せ替えタイムが待っている。デジレからの非情な宣告にリフィーの表情が凍り付く。
けれどその視線は、ティアラへとまっすぐ注がれている。
そしてリフィーは決意を固めた面差しでデジレに向き合った。
「申し訳ありませんが……もう一度試着させてください!」
「はい、よろこんで」
綺麗な笑顔でデジレがリフィーの背後に回り込み、羽交い締めにする。
マリアライトが見送る中、リフィーは再び試着室に引き摺り込まれていった。
二度目の戦いを終えた少女が戻って来た頃には、時計の針は夕方の時刻を差していた。
入店から数時間が経過しており、『針の女王』も閉店時間が迫っていた。
「お、思ったより時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした」
リフィーが深々と頭を下げて謝罪する。
マリアライトとしては他の客たちとの世間話を満喫していたので、待つのは苦ではなかったのだが。
やり遂げた顔のデジレに礼を言ってから二人で店を出る。
店の脇でずっと待機していた護衛の兵士たちに遅くなったことを詫びると、「ドレス選びはとても重要なことですから」と笑って言葉を返された。リフィーが安堵の溜め息をつく。
今日はもう城に戻ろう。そんな流れになった時、リフィーの中に潜む腹の虫が鳴き声を上げた。
「……すみません」
「でも私もお腹が空いてしまいましたね。夕食の時間にはまだ早いですし……兵士様、どこか軽食が食べられるお店でおすすめはありませんか?」
狼の頭部をした兵士にマリアライトが尋ねると、彼は「じ、自分のでありますか!?」と慌てふためいた。仲間たちからもちゃんとした店を選べよ、と睨まれ、兵士は顔を引き攣らせた。
「そ、そうですね。そのー、自分の行きつけの店なんですが……」
その場全員からの視線を集めつつ、兵士はある方向を指差した。
兵士に案内されて訪れたのはサンドイッチ専門店だった。
創業四百年の老舗で、食事時になると店の前には長蛇の列が出来るという。
今の時間帯は女性や子供たちが甘味系のサンドイッチを買いに来ていた。
「おやぁ、この子がいつもお世話になっております」
店主は狼頭の老婆だった。兵士の祖母であると発覚し、マリアライトたちは彼に温かな視線を送る。本人は身内の店を紹介してしまい、申し訳ないと謝罪していたが祖母思いの優しい青年だとほっこりしていた。
「うわぁ~! いっぱい種類ありますよ! マリアライト様は何にします?」
「そうですねぇ……では私はビターチョコオレンジのクリーム少なめにしましょう」
大はしゃぎのリフィーに聞かれ、マリアライトは暫し熟考してから答えた。この店はクリームの量も調整出来るのだ。甘さよりもほろ苦さを楽しみたいという理由でのチョイスだ。
「それじゃあ、それじゃあ……私はスペシャルフルーツミックスのクリームたくさんで!」
リフィーが選んだのはこの店の人気ナンバーワン。十種類のフルーツをクリームと共に包み、仕上げに甘酸っぱいフルーツソースをたっぷりかけたものである。
ついでに兵士たちも注文した。デザートが苦手な彼らは、ひき肉や細切れした野菜を辛みの強いソースで味付けしたものや、豚肉のフライを挟んだものを選んでいた。
近くには公園があるので、そこで食べることになった。
ベンチに座り、リフィーは早速サンドイッチに齧り付いた。
「ん~! 甘くておいひぃ……!」
「では私もいただきます」
マリアライトも口の周りが汚れないよう気を付けながらぱくんと一口。
オレンジの甘酸っぱさとチョコの苦みの相性は抜群だ。クリームを少なめにしたので、チョコの苦さを深く味わうことが出来る。
「美味しいですね~。今度セレスタインにも買ってあげようかな。あの爺ちゃん、甘いの大好きなんです」
「……リフィー様にとってセレスタイン様は大切な御方なのですね」
ティアラだって、彼と同じ色をしているから選んだ。
セレスタインもリフィーを気にかけており、彼女の幸せを祈っている。
この二人は強い絆で結ばれているようにマリアライトは見えた。
「そりゃあ大切ですよ。だって、私の命の恩人ですし」




