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 死刑囚のような気持ちになりながらリフィーが屋敷の中に入ると、メイドがにこやかな笑顔で出迎えてくれた。


「お待ちしておりました、リフィー様」

「…………」

「リフィー様? 何かございましたか?」

「…………」


 いつまで経っても返事をしようとしないリフィーに、コーネリアが片眉を上げる。


「ちょっとあんた。相手方のメイドに挨拶されてるんだから、返事くらいしなさいよ」

「あ、あぅ、あひぃ」

「あんた、酔っ払ってる?」


 リフィーの顔は真っ赤に染まり、呂律が回らない状態だった。視線も一点に定まらず、妙な鳴き声を発しながらきょろきょろと周囲を見回す姿は見ている者を不安にさせる。


「すみません、やっぱ帰ります」

「こらぁ!!」


 そしてようやく言語を話したと思えば、まさかの帰宅宣言。コーネリアが両目を見開いてリフィーを羽交い締めにする。


「言ったでしょ!? あんたに覚えさせるまでは生きて帰さないって!」

「うわあああん、魔女の館だぁぁぁ!」

「誰が魔女だ!」

「だってやっぱり無理ですよぉ。貴族のお家にいるってだけで緊張しちゃうんです」


 半泣きのリフィーの主張に、コーネリアはメイドと視線を合わせ……はっとした表情を浮かべた。


「いや、あんたの住所城でしょ」

「城と言っても、地下だし高級感も全然ないんで……」

「まあ、それはそうだけど」

「城の中に足を踏み入れたことなんて、殆どないんですよ」


 外に出る時は、セレスタインから貰った転送装置であっという間。居住スペースも地下研究所の奥にある。

 キッチン、バスルーム、トイレも完備されており、空気循環の作用を持つ魔導具のおかげで常に綺麗な空気を吸うことが出来る。


「あんたたち、城の下を好き勝手改造しまくってない? 陛下に怒られるわよ」

「お風呂の水溢れさせて、城の中にまで水がどぱーんっていった時は流石に叱られました」

「既に前科持ち……」


 あの時の陛下、本当に怖かった。

 忌まわしい記憶を思い返してぶるりと震えつつ、リフィーは悲しげに目を伏せる。胸の中は後悔でいっぱいだった。


「やっぱりマリアライト様のお誘いお断りすればよかったなぁ……」

「は? あの女の好意を迷惑だと思ってんの? 捻り潰すわよ」

「ち、違いますよ! その逆です!」


 血走った目で物を握り潰すジェスチャーをするコーネリアを前にして、リフィーは高速で首を横に振った。このお嬢様、予想以上にマリアライト過激派すぎて怖い。

 何とかこちらの意思を伝えなければ。


「こんな私をパーティーに連れて行ったら、大恥を掻くに決まってます……」

「……今さら『やっぱり行きません』なんて言えるわけないでしょ。だからちゃんと胸を張ってマリアライトの隣に立てるよう、この私があんたを一から教育してあげる」


 そう宣言するコーネリアの声はいつものように刺を含みつつも、どこか優しい。

 この人こういう人だったんだ……と意外に思いつつ、リフィーは頷いた。彼女の言う通りだ。ここまできたら、もう腹を括るしかない。


「というわけで、あんた今すぐ運動しやすい格好に着替えなさい」

「えっ?」

「えっじゃないわよ。まずは基礎体力を身に付けるの。庭の走り込みを始めるわ」

「えっ!?」


 突然変なこと言い出した。困惑するリフィーだったが、コーネリアは真面目な顔で話を続けた。


「そんなひ弱な体じゃパーティーで生き残れないわよ。マナーを習う以前の問題ね」

「私たちが参加するパーティーって戦場で開催されるんですか……?」

「戦場みたいなものよ。たまに酔っ払った馬鹿が魔術をバカスカ使って、会場がえらいことになるの。だから攻撃魔術を避けながら優雅に食事を楽しむ術を会得しないと……あんた死ぬからね」

「ギャーッ!」


 絶対無理だ。というよりそんな恐ろしい場所に行きたくなんてない。

 リフィーは玄関に向かって走り出した。


「お、お邪魔しましたぁ!」

「逃がさないわよ」


 コーネリアがぱちんと指を鳴らす。

 その直後、床を突き破って生えてきた植物の蔦がリフィーの体に巻き付いた。


「イヤーッ! おうち帰る! 帰してーっ!」

「だから私が教えたことを覚えるまでは帰さないわよ。それに……」

「ヒィエッ」


 コーネリアの手がリフィーの頭を鷲掴みにする。


「あんたにはマリアライトを守るって大事な役目があるでしょうが……」

「が、頑張ります! 頑張ってマリアライト様を守れるように強くなります!」


 殺気混じりの眼差しを向けられ、リフィーにはもはや頷く以外の選択肢は残されていなかった。

 



「えぇっ、コーネリア嬢がリフィーさんのマナー講師になったんすか!?」

「ああ、コーネリア本人が立候補したそうだ」


 執務室に書類を持って行くついでにシリウスから教えられた情報に、レイブンはうへぇと顔を歪めた。

 リフィーに社交マナーを教えられる者はもっとたくさんいたはずだ。なのによりにもよってコーネリア。最悪のクジを引いてしまった感がある。


「だ、大丈夫なんすか、リフィーさん。コーネリア嬢のことだから、絶対にろくなことにならないと思うんすけど」


 本日が講習初日らしいが、ちゃんと城に帰って来れるのかとリフィーの身を案じる。コーネリアに苛め抜かれてボロボロになっていそうだ。


「安心しろ。恐らくお前が考えているような事態にならないはずだ」


 書類に目を通しながらシリウスが柔らかな口調で言う。


「今回、パーティーの出席を頼んだのはマリアライト様だ。自分のせいでリフィーが酷い目に遭っていると知れば、マリアライト様は悲しむ。そしてそれを知ったコーネリアも悲しむ」

「悲しみの連鎖が起きるってわけっすね」

「コーネリアはああ見えてマリアライト様に尽くす女だ。今回はあの女を信じよう」

「ああ見えても何も、見た目通りのお友達大好きお嬢様じゃないっすか」


 とは言え、シリウスの言葉にはレイブンも同意出来る。マリアライトが関わっているとなれば、コーネリアも全力でサポートに動くだろう。

 そうなるとあの令嬢が講師となったのは正解だったかもしれない。そう考えるレイブンは、その頃リフィーがエレスチャル邸の庭園をマラソンさせられているとは夢にも思わなかった。


 



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