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「うえぇぇぇっ!? わ、私がマリアライト様とパーティーにですかぁ!?」


 仰天のあまり仰け反るリフィーの叫び声が地下研究所に響き渡った。

 彼女の間近にいた青髪の魔族は、指で自分の耳穴を塞ぎながら眉間に皺を刻んだ。


「何じゃ、たかがパーティーに誘われたくらいでやかましいぞ。若いもんは声とリアクションがでかいのぅ」

「だ、だってパーティーだよ、パーティー! 私そんなの出たことない!」

「そうなのですか?」


 マリアライトは目を丸くした。

 貴族ではないといえ、この国での地位は高いであろうセレスタインの助手である。社交界デビューを済ませていると思ったのだが……。

 しかしリフィーは、「当たり前じゃないですかー!」と何度も首を縦に振りながら主張した。


「そもそも、私ぶっちゃけ平民以下なんですよ。この国の生まれですらないし」

「じゃが、パーティーのたぐいに参加せんのは、お前の意固地が原因じゃろうて……」


 はあ、とセレスタインは溜め息を零し、白衣のポケットから取り出した飴を口に放り込む。

 どうもリフィー本人に原因があるようだ。マリアライトが再び彼女へ視線を向けると、まるで酸っぱい物を食べた時のような顔をしている。

 もしかしたら、パーティーに誘われたこと自体不快に感じたのかもしれない。マリアライトは眉を下げた。


「気を悪くしたのなら申し訳ありません、リフィー様」

「ち、違うんです、マリアライト様。パーティーに誘われたのはすっごく嬉しいですよ。それもマリアライト様からなんて光栄過ぎますし……」

「こいつには自分を卑下している節があってのぅ。『自分のような奴に煌びやかなパーティーに参加する資格なんてない』と考えとるんじゃ」


 セレスタインに指摘され、リフィーは唇を尖らせながら気まずそうに顔を逸らした。どうやら図星らしい。

 明朗快活に見えて暗い部分を抱えている。マリアライトは口元に優しい笑みを浮かべつつ、少女に問いかけた。


「……リフィー様はどうしてそのようなことをお考えなのですか?」

「……私、そういうの出たことないから恥ずかしいことをして、マリアライト様にも恥をかかせるの嫌なんです」


 パーティーに出たいけど迷惑をかけてしまったらどうしよう。そんな空気を漂わせる少女の表情に、マリアライトは苦笑と共に自身に指を差した。


「私もリフィー様と同じ悩みを抱えていた頃がありました。仲間ですね」

「マリアライト様が? 全然そんな風に見えませんよ。いつだっておっとり優雅で……」

「そうでもありませんでしたよ。聖女の力に目覚めるまで、私もただの平民でしたから」


 突然社交界に出るためのマナーを叩き込まれても、実践で上手く出来るわけでもない。

 初めて舞踏会に出席した時、緊張のあまり失敗をいくつもしてしまった。そんな苦い体験も今となっては懐かしい思い出だ。

 マリアライトがその時のことを思い出していると、リフィーが「むむむ……」と唸り始める。最後の踏ん切りがつかないらしい。そんな助手にセレスタインが口を開く。


「何かやらかした時は儂が尻拭いしてやる。失敗を恐れんで楽しんで来い」

「い、行きますマリアライト様! 私もパーティーに参加させてください!」


 リフィーがついに決心を固めた。


「何かあったらセレスタインが全責任を取ってくれるって言うので!」


 上司を思い切り巻き込む気満々であるが。

 これにはセレスタインも「言うんじゃなかった」と言うような表情を浮かべた。


「お前、本当にやらかすのは駄目じゃぞ。儂の研究費減らされるからのぅ」

「え~?」

「ううむ、こんな馬鹿娘に育てた覚えはないんじゃがな」

「セレスタインに似たんだよ」


 話の内容はともかく、二人は楽しそうに言葉を交わしている。その様子を眺めていたマリアライトの中に素朴な疑問が浮かぶ。

 もしかしたら、この二人の付き合いはかなりの年季になるのでは……?


「リフィーは儂が拾ったんじゃよ」


 マリアライトの心を見透かしたかのように、セレスタインは軽薄な笑みを見せながら告げた。


「儂としては淑女に育って欲しかったんじゃが、結果はこの通り」

「私はリフィー様はとっても素敵な女性だと思いますけれど……」

「マリアライト様に褒められた! パーティー楽しみだなぁ。美味しいご飯とデザートいっぱり食べられるのかなぁ……」


 先程まであんなに参加を迷っていたとは思えない浮かれようである。締まりのない笑みを浮かべる少女を見守るマリアライトに、「しかしのぅ」とセレスタインが耳打ちした。


「本人が出たがらないからと教えていなかった儂も悪いんじゃが、あの馬鹿娘に社交界のマナーなんぞ大して備わっておらんぞ。儂ちょっと心配になってきちゃった」

「あ、そのことでしたら心配はいらないとコーネリアが仰っていました」

「ん? 何でそこで猫娘の名前が出てくるんじゃ?」

「コーネリア様がリフィー様のマナー講師になってくださるそうです」


 リフィーを誘いたいとマリアライトが言った時、コーネリアが自ら名乗り出てくれたのだ。

「どうせセレスタインの手伝いとか研究ばっかで、そういうのに疎そうでしょ?」と。

 本当はマリアライトが自分で教えるつもりだったのだが、本人にやる気が満ち溢れていたのでお任せすることにしたのである。


 それがリフィーに悲劇をもたらすことになるとは知りもせずに。





 もしかしたら自分はセラエノの中で最も危険な地にやって来たのでは?

 目の前に聳え立つ深紅の館を前にし、リフィーは小刻みに震えていた。

 コーネリアが講師に立候補したらしいことも驚いたが、まさか彼女の自宅でレッスンが行われるなんて予想外である。てっきり王城でやると思っていたら、何故か馬車に乗せられてエレスチャル公爵邸へ直行していたのだ。

 しかも、リフィー一人で。コーネリアを制御することの出来る数少ない、いや恐らくは唯一の存在であるマリアライトがいない。


「や、やっぱり帰ろうかな……」


 まだ何も始まっていないのに、もう怖い。

 体調不良を理由にして、ここは一旦引き返そう。そう思った時だった。


「……帰る? あんた何言ってんのよ」


 ギィィ……と開かれた玄関の扉。その隙間から漏れ出す低い声。

 扉の奥からゆっくりと現れた公爵令嬢は、何故か先端が赤く染まった棍棒を手にしながら訪問者を睨み付けた。


「私が教えたことをきっちり覚えないと、生きては帰さないわよ……」


 本気で頑張らないとられる。リフィーはそう思った。


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