表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/53

35

 ふんふんと鼻歌を歌いながら種を植えていく。元気に育ちますようにと思いを込めて土をかけるが、聖女の力は使わない。使えばすぐに成長してくれるだろう。けれどのんびり時間をかけて成長させて、その過程を楽しむのがガーデニングの醍醐味と言える。


「どんなお花が咲くのか楽しみだわ。……コーネリア様どうしました?」

「どうしましたじゃないわよ。あんた、これ見てシリウス殿下は何も突っ込まなかったの?」


 マリアライトの手伝いで庭について来たコーネリアは、問題のトパジオスを目の当たりにして頬を引き攣らせていた。

 人の腕を連想させる二本の花と、土の中から僅かに姿を覗かせる謎の緑色の球体。今すぐ焼き払いたい衝動をコーネリアを襲う。


「シリウス様は喜んでくださっていました」

「あの男、あんたが関わっているもの全てを肯定するつもりなんじゃない? 私が言うのもなんだけど、あんたが私みたいな性格だったら、この国終わってたわよ……」


 王による妃への盲目ぶりが国の破滅を招く話はよく聞くものだ。マリアライトが裏表のない性格で助かったと、コーネリアは安堵した。

 だが、マリアライトの笑顔に寂しさのようなものを感じ取って、怪訝そうな顔をする。


「どうしたのよ? あいつに気持ち悪いことでも言われた?」

「そうではないのですけれど……最近、シリウス様が何かを隠していらっしゃるようで」

「隠し事ねぇ。浮気の類いではないと思うけど」

「……もしかしたらレイブン様のことが関係しているのかもしれません」


 そう語るマリアライトは悲しげに目を伏せた。

 レイブンがデネボラ皇子の配下になってしまったのだ。レイブンがデネボラに媚びを売っている現場を多数の人物が目撃していた。更にシリウスから聞かされた機密情報をデネボラに教えてしまったらしい。そのことを問題視したシリウスが解任を言い渡したのである。

 そして、それを待っていたかのようにレイブンは新たな主にデネボラを選んだ。


「レイブンってここ最近デネボラ殿下にベタベタくっついてたから、鞍替えするんじゃないかって噂は流れてたわよ。しかも、そのデネボラ殿下はシリウス殿下から皇位継承権をぶん取るつもりなの」

「デネボラ様はシリウス様のお兄様なのにですか?」

「兄だからよ! シリウス殿下はあの通りの性格だから国民からの受けはいいけど、政治能力は第二皇子の方が上だとされているし、何よりも神獣の保護活動をやってるってのもポイントが高いの。どうして陛下がシリウス殿下を次期皇帝に選んだのか分からないって、陰で言われてるくらいよ?」


 熱く語るコーネリアに、マリアライトは何度も頷きながら耳を傾けていた。シリウスはマリアライトの前では政治の話をしようとはしない。自身を取り巻く現状を知られたくなかったのか、それによって心配をかけさせまいとしているのか。


「大変なのですねぇ……」

「あんたも呑気にしてる場合じゃないわよ。もし本当にデネボラ殿下に皇位継承権が移ったら、あんたも妃になれないのよ?」

「そうなったら、シリウス様と以前みたいにのんびり暮らすことが出来ますね。シリウス様のお心次第ですけれど」

「継承権奪われても、よほどのことをしない限りは平民に落とされることはないと思うけど……」


 だが、それでもいいかもしれないとマリアライトは思っている。自分を心から大切にしてくれる人となら、どこで生活していてもきっと楽しい日々になると信じているからだ。


「一途っすねぇ。いい奥さんになれるっすよ、マリアライトさん」


 その声は頭上から聞こえた。二人が見上げると、トパジオスの花の上にレイブンが腰を下ろしていた。

 

「うげっ、噂をすれば出たわねゴミ烏」

「酷い言われようっすね」

「デネボラ側についたんだから、マリアライトに会いに来る理由なんてないじゃない」

「俺にだって都合があるんすよ」


 敵意を剥き出しにするコーネリアに溜め息をついて、レイブンが花から飛び降りる。


「ちょっとマリアライトさんにお願いがあって来たんすよ」

「お願いですか?」

「はいこれ」


 レイブンがマリアライトに差し出したのは、黒い巾着袋だった。その中には植物の種がぎっしり詰め込まれていた。


「これは何の種でしょう?」

「神獣たちの主食って果物なんだけど、グルメなもんで特定の種類しか食べたがらないんす。しかも、入手困難なものばっか。そこでマリアライトさんの力でたくさん栽培しようって話っす」

「そんなの自分たちでどうにかしなさいよ」


 コーネリアが猫耳を立てて抗議した。怒りで感情が昂っているのか、彼女の手の爪は鋭くなっていた。


「俺だって元主の婚約者にこんなお願い事はしたくないっす。でも、神獣の餌を確保するのって大変なんすよ。魔物がわんさか出る危険地帯に出向いて、命懸けで果物を獲って来ることもしょっちゅう。それでも、足りなくて腹を空かせてる神獣は多いっす」


 レイブンはわざとらしく悲しそうな声を出しながら、涙を拭う仕草をした。コーネリアが舌打ちしても気付かない振りをしている。


「分かりました」


 だが、マリアライトは種が入った巾着袋を受け取っていた。いつもと変わらないのほほんとした笑顔で。


「い、いいんすか?」


 こうもあっさり了承すると思っていなかったのだろう。レイブンの声にも動揺のの色が混ざる。


「ちょっとマリアライト。こんな奴に協力してやる必要なんてないわよ」

「神獣さんたちがお腹を空かせているのはよくありませんし」

「それはそうだけど」

「たくさん果物をご用意しておきますね」

「うっす……」

「ですから、レイブン様も頑張ってください」


 屈託のない笑顔で励ましの言葉を送るマリアライトに、レイブンの顔が一瞬歪む。けれど、すぐにへらりと笑って「そんじゃ、よろしくっす~」と言い残して立ち去っていく。

 その後ろ姿を睨み付け、コーネリアは巾着袋を取り上げようとしたが、マリアライトにあっさりと避けられてしまう。のんびりしているように見えて、意外と動体視力に優れているのだ。


「神獣さんたちのために私たちも頑張りましょう!」

「『私たち』!? まさかあんた私まで巻き込もうとしてんじゃないでしょうね!?」

「一人だと大変ですし」

「私は絶対にやらないわよ!」


 そう言いながらも、その十分後にはマリアライトに種を植え方を教わるコーネリアの姿があった。




 帝都から離れた場所に位置する建物がある。デネボラ皇子が管轄する神獣保護施設だ。その入口は数メートル超えの鉄の門で守られており、数人の門番が常に目を光らせている。


 施設で行われているのは、主に負傷した神獣の治療だ。檻に入れられた生物に職員たちが治療を試みているが、悪戦苦闘しているようだった。


 虹色の翼を持つ鳥が鳴き喚き、炎のように赤く揺らめく体毛で覆われた狼が威嚇する。

 額から藍色の宝石を生やした栗鼠りすに至っては檻から脱出しようと暴れている。


「おーおー、皆元気っすねぇ……」

「自分たちに危害を加えると思っているのだろう。彼の恐怖や怒りはよく理解出来る」


 頬を引き攣らせているレイブンに、デネボラが苦笑混じりで言う。


「レイブン、君が私の部下になってくれて助かった。おかげで聖女の協力を得られたよ」

「あの人もシリウス殿下と同じでお人好しっすからね。それに俺もデネボラ様からたんまりお金をもらってるんで、仕事はきっちりこなすっす」

「……それは人前でする話ではないと思うが」

「まあまあ、いいじゃないっすか。俺が金と将来の地位に釣られてデネボラ様についたってのは、シリウス殿下にも筒抜けなんすから。あんたが皇位継承権を奪えるように何でもしてやりますよ」


 ニヤリと笑みを浮かべるレイブンの言葉を聞き、顎を擦りながら喉を鳴らした。


「私があの弟から奪いたいのは次期皇帝の座だけではない。あの聖女も含まれている」

「……マリアライトさん? まあ聖女はレアっすけど、あんたの好みはあんな何も考えていないようなぽやぽやしたお嬢様じゃないっしょ?」

「確かに君の言う通りだ。だがね、彼女がいれば私の思い描く『楽園』が完成するのだよ」


 レイブンにだけしか聞こえないような小さな声で言うと、デネボラの薄い唇は弧を描いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ