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望んだことは全て叶え、欲しいものは全て手に入れる。それによって誰が不幸になったとしても、自分が満足いく結果となったのなら後はどうでもいい。
そんな歪んだ思考を持つが故に、周囲からは恐れられている。それがコーネリアという女性だ。
どうしてそんな我儘が通用しているのかと言えば、大体彼女の父親のせいだった。
エレスチャル公爵は数百年生きる長命の魔族だ。政治、軍事の双方ともに長けており、セラエノの発展にも大きく貢献した。なので、彼の手腕を評価する声は多いが、大きな欠点があった。
それはとんでもない子煩悩という点だった。目に入れても痛くない程に可愛い娘のためなら何でもする。ちょっと後ろめたいことでもする。むしろ得意分野ですらある。
その父親の背中を見て育ったコーネリアがこのように育ってしまったのは、当然と言えるかもしれない。
更に彼女は火の魔法を得意としており、その実力は国一番とも噂されている。そのことがコーネリアを増長させる一因となった。彼女を止められる者は誰もいない。唯一止められそうな実父は悪い意味で親馬鹿だ。
そして、不名誉なランキングで三冠女王となったコーネリアが現在強く欲しているものが二つ存在する。
皇太子シリウスと、皇太子妃の座だった。
「既にお相手いますよ?」なんてツッコミなど邪悪令嬢の耳に届くはずがない。
「要するにコーネリア嬢にしてみれば、あんたは横からシリウス様を掻っ攫ったライバルってわけっすよ」
「何だか大変なのですねぇ……」
自室でゆっくり紅茶を飲みながら、マリアライトはレイブンから説明を受けていた。コーネリアが来ていると知ったシリウスがやけに怖い顔をしていたが、まさかそんな人物だとは想像もしていなかった。
「シリウス様が皇太子に選ばれた直後から、ずーっと自分が婚約者になる! って言い張ってて、その度にシリウス様は断っていたんすよ。あの人って権力で解決しようとする人がすごい大嫌いだから。陛下もコーネリア嬢を妃に迎えたら国民からの反感がヤバそうだったんで、息子の婚約者にはしませんよーって書状送ったんすけどね。無理でしたわ」
「まあ……」
マリアライトは口元を押さえた。ショックを受けたのではない。昔流行っていた小説に出てくるような令嬢が実在していた事実に感動を覚えていたからだ。
ピシアでも大物の貴族を親に持つ令嬢がたくさんいたが、皆礼節を重んじる女性ばかりだった。特にレイフォード公の娘であるリーゼは、父によく似た真面目で気品のある人物だったらしい。
なので架空の存在だと思っていた、性格に難ありの令嬢がとにかく気になる。会ってみたい。
「シリウス様も言ってたけど、マリアライトさんはあんなのと会わない方がいいっすよ。異国の聖女を婚約者にしたって公表したから流石に諦めると思ったのに、鼻息荒くして乗り込んで来たんすから」
「……そうですか」
もしかしたら、その情報がコーネリアの耳に入っていなかっただけなのでは? とマリアライトは疑問に思った。だってそうでなければ、既に相手のいる男性に求婚するはずがない。
ローファスだって新しい婚約者を探す前に、マリアライトとの婚約を破棄したのだ。
「そういえば、ちゃんとお相手を見付けることが出来たのでしょうか……?」
「ん? 何の話っすか?」
「すみません、こちらのお話です。シリウス様は今、そのコーネリア様とお話をされているのですね」
「納得してくれるか微妙っすけどねー……ってあ、きたきた」
窓辺に止まった烏がレイブンを呼ぶように鳴いている。
「はい、はい……うん……まあ、そりゃそうなるか……」
どうやって言葉を理解しているのか、烏の鳴き声を聞きながらレイブンが何度も頷く。ちょっと可愛い。烏はよく見ると目がくりくりしていて愛嬌があるのだ。マリアライトは紅茶を楽しみながらのんびり眺めていたのだが、やがて烏がどこかに飛び去って行った。
マリアライトへ振り向いたレイブンが安堵で頬を緩めている。
「やったー! 帰ってくれたみたいっす!」
「え? もう帰られたのですか?」
「白熱しすぎて火の玉やら電撃やらが飛び交って、最終的にシャンデリアがテーブルに落下したところで向こうも納得したみたいっすね」
それは最早話し合いなんて生易しいレベルではなく、乱闘の域に達していた。二、三人怪我人が出ていそうだが、レイブンの反応を見るに日常茶飯事なのかもしれない。
いやーよかったと、いつになく爽やかな笑みを浮かべているレイブン。だが、マリアライトはコーネリアに会ってみたかったと密かに残念がっていた。
「そんじゃ、俺はシリウス様に直接話聞きに行ってくるんで……」
異変は突然起きた。部屋の外が騒がしいのだ。「やめてください!」「お待ちください!」と制止の声が繰り返し聞こえてくる。やめてくれないし、待ってくれないようだ。
「……マリアライトさんはここで待っててくださいね」
険しい顔をしたレイブンが部屋のドアを開けようとした時だった。外側からドアが勢いよく開き、扉がレイブンに激突した。
「レイブンさん!?」
その場に崩れ落ちたレイブンにマリアライトが駆け寄ろうとするより先に、部屋に一人の人物が入って来た。
苛烈な炎を彷彿させる朱色の長髪。強い意志を宿した灰色の双眸。華奢な体を包む紅蓮のドレス。
美しいながらも、どこか近寄りがたい雰囲気を纏う女性がマリアライトを見るなり鼻を鳴らした。
「あなたがシリウス殿下の寵愛を受けているとかいう聖女? 何よ、ただの芋女じゃないの。殿下も趣味が悪いこと」
初対面で罵倒されている。しかし、マリアライトはそれどころではなかった。
女性の頭には髪と同じ色をした猫の耳が生えていたのである。




