表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/53

22

「へぇ~、それでこの場所を丸ごと貰ったんすか」

「建物の撤去方法がとってもユニークだったのです。シリウス様が小瓶の蓋を開けたら、ふよふよと震え出して溶けて中に吸い込まれていきました」


 少し引き気味のレイブンに昨日の出来事を話しながら、マリアライトはシャベルで貯蔵庫跡地の土を掘っていた。彼女のためにシリウスが喜んで用意した淡い常盤色のドレスではなく、庭師が身に着けるような作業着姿で。

 どこか儚げな雰囲気を漂わせる彼女には正直似合わない格好だ。

 マリアライトの様子が気になるようで、物陰から見詰めているのは城のメイドたちだ。皆、好奇心と困惑の籠った眼差しを向けている。

 当の本人は生き生きとした表情で作業を続けている。朗らかで優しい笑顔ばかり見せている印象があったが、こんな風に活発的な一面があったなんて、レイブンにとっては意外だった。


「純粋に趣味として植物を育てるのは久しぶりなので、とても楽しいです」

「人間って変わってるっすねぇ。世話の仕方一つ間違っただけであっという間に枯れちゃうもんを好き好んで育てるなんて、俺にはちょっと理解出来ないっす」

「シリウス様も驚かれていたようです。それでも、戸惑いながらも許可を与えてくださいました」

「そりゃ、あんたが喜ぶことなら何だってするって決めてますからね……」


 それに皇太子妃候補の望みを叶えないわけにはいかない。それが聖女であるなら尚更である。


「ただ翡翠の聖女が植物育てるのが大好きっていうのは、何だかしっくり来るっすね」

「レイブン様、それに関してお聞きしたいことがあるのですが、他にはどのような聖女様がいらっしゃるのでしょう?」

「炎の聖力を持つのは紅玉の聖女、氷の聖力を持つのは藍玉の聖女、治癒の聖力を持つのは月長の聖女って感じで結構いるっす」

「どれも初めて聞くお名前ばかりですね……」

「人間たちはレシュムヌの書を知らないっすからね。しゃーないっす」

「?」


 マリアライトがそれについても質問しようとしていると、遠くから一人の兵士が走って来た。


「聖女様、お待ちいたしました! こちらが『種』となります!」


 声を張り上げて叫びながら、大事そうに宝石が鏤められた箱を持っている。その兵士はマリアライトの前に膝をつくと、彼女に向かって箱を差し出した。

 マリアライトは何のことか分からず、首を傾げた。


「こちらは……?」

「トパジオスの種でございます。シリウス殿下からお話を伺っておりませんか?」

「セラエノでは植物の栽培を始める際、最初に必ずトパジオスという種を植えるとお聞きしていましたが……」


 まさかこんな豪華な箱に入った状態で持って来られるとは予想していなかった。兵士に礼を言って箱を受け取り、早速開けてみる。

 すると中には、柔らかそうなクッションが敷かれており、その上に茶色い種らしき物体が鎮座していた。

 それを物珍しげに眺めつつ、マリアライトはシリウスから聞いた話を思い返していた。


 トパジオスとは、元々は原初の時代に存在していた翡翠の聖女の名である。

 このトパジオスの周囲で他の植物を育てるらしいが、成長を妨げてしまわないかとマリアライトは気になった。しかし、実際は邪魔をするどころか成長を促進させる力を持っているのだとか。

 そのために聖女の加護が宿っているとされ、彼女の名が付けられたそうだ。


「どんなお花が咲くのかしら……」

「人それぞれっすね。このトパジオスってのは種を植えた者によって形状が異なるんす。強気な性格の奴なら大きくて真っ赤な花、ネガティブな性格なら小さくて青い花だとか……マリアライトさんは可愛いピンク色の花辺りっすかね」

「どうでしょう? では早速植えてみますね」


 掘ったばかりの穴に種を入れ、また土を被せていく。

 種が埋まっている場所に手を翳して祈りを捧げると、すぐに緑色の芽がひょっこりと姿を見せた。

 レイブンだけではなく、種を持って来た兵士やこっそり覗いていたメイドたちもそっと見守っている。

 聖女の力を注ぎ込まれた芽は急激に成長していた。夜空に向かってまっすぐ伸び続け、すぐに折れてしまいそうだった茎も太さを増していく。数分のうちにマリアライトの背を追い抜き、茎の太さは成人男性の腕程になり……。


「待って待って! 何かおかしくね!?」


 異常を感じたのはレイブンだけではなかった。兵士とメイドも困惑の表情を浮かべている。

 可憐な花を咲かせるどころか、どんどんゴツい見た目になりつつある。ついに兵士の身長までも抜かしたトパジオスをのほほんと見上げているのはマリアライトだった。


「シリウス様が突然大きくなられたことを思い出しますねぇ」

「マリアライトさんいいの!? 可愛いとは真逆の方向性に突き進んでるっすよ!?」

「立派に成長してくれるならそれでいいではありませんか」


 ようやく成長が止まったトパジオスの草丈は二メートルを超えていた。

 その頂上では可憐で愛らしいピンク色の花が咲き誇っているのではなく、大量の赤い花びらが丸まって出来た握り拳のような物体が爆誕していた。更に茎には所々赤い染みのような模様が入っている。

 殺意が高い仕上がりとなってしまった。


「まあ……とってもかっこいい!」

「「「「ひぇぇぇ……」」」」


 その禍々しい光景にはしゃぐのはマリアライトだけで、他の者は彼女とトパジオスを交互に見ながら怯えていた。


マスコットその1

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ