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鋼の心

たまたまそういうメイクが流行りの時期だった。はず。




 夜会に噂のゼイングロウ皇帝夫妻が不在。

 そのことは緘口令が敷かれていたが、人の口に戸は立てられない。ゼイングロウ皇帝夫妻の世話をするメイドや護衛たちは、家柄だけは立派で役立たずを揃えていたこともあり、噂は一気に広まった。

 同時にケダモノ夫婦と揶揄しているゼイングロウ皇帝夫妻が絶世とつくような美男美女らしいという話も広がっていた。

 良い意味でも悪い意味でも、メーダイルの貴族たちの話題を持ちきりにしていた二人に、ここぞとばかりに招待状が届く。城の催しに出ないなら、プライベートで誘えばいいと貴族が送ったのだ。

 運よく乗ってくれれば話題になり、見世物としてちょうどいい。そういう下心まみれのお誘いだ。

 日に日にその招待は増えてくるが、全部お断りしている。差支えのないよう定型文のお断りばかりだが、量が量なので総出で書いている。

 ユフィリアたちが忙しそうにしていても、離宮の使用人たちは庭や廊下でおしゃべりに夢中である。やる気がないどころか、いつでも堂々とサボっている。

 そんなこんなであっという間に三日たち、皆も慣れつつある。


「なんというかメーダイルはある意味懐かしい感じがします」


「懐かしい?」


 ヨルハが怪訝な声で返すので、苦笑するユフィリア。


「実家のような……うちの使用人といいますか、私の専属となったメイドや侍女の大半はこんな感じだったので」


 それはかつて、ユフィリアが実家で冷遇されていたことだ。家族から理不尽な扱いを受けていたユフィリアだが、今は笑い話にできる程度には遠い感覚だった。

 今が幸せに満ちているから、そう思えるのだ。過去であっても不快なヨルハは眉根を寄せるが、ユフィリアはカップを傾けながら笑っていた。


「悪い人たちばかりではなかったのですよ。真面目な子や優しい子は、両親や妹を諫めようとして暇を出され、逆に機嫌を取る子たちが残ってしまっていましたけど」


 ユフィリアの実家であるハルモニア伯爵家は今、残った兄のブライスが継いでいる。

 妹のアリスはユフィリアと親友のマリエッタを誘拐して処刑された。アリスは問題行動を起こしてばかりで見放されて平民になり、ユフィリアはヨルハの婚約者だった。

 平民が貴族を害せば――ましてや次期皇后に手を出せば、無事で済むはずもない。

 両親はユフィリアへの仕打ちが周囲にバレ、距離を置かれた。傾いた家を何とか建て直そうと、ユフィリアに何度も金の無心をしようとし、ゼイングロウまでやってきた。

 大人しくミストルティンで金策をしていればまだ当主でいられただろうに、今はミストルティン国王のラインハルトから蟄居を命じられて田舎暮らしをしている。

 残るブライスは当主になった。生まれを考えれば順当ではあるが、問題が多い状態で伯爵になったのだから苦労しているだろう。


(マリエッタの話だと、少し変わったそうだけど……)


 ふと、思い出すのはピンク色のお守り。お小遣いで買えるような些細な品だが、余計な含みがなく兄から贈られたのは久々だった。

 彼だけは唯一、ユフィリアへの言動を反省していた気がする。

 でも、会いに行く気はない。ヨルハはまだ許していないし、ユフィリアもそこまで心を砕くほど大切に思えない。

 肉親相手に冷酷かもしれないけれど、それだけ隔たりのある関係だったのだ。

 ヨルハは次のデート――という名の食事はどうするかで頭がいっぱいだ。そんな辛い過去より、幸せな未来をユフィリアに提供したい。


「今日はどこへ行こうか? カフェ併設のベーカリー? レストラン? それとも屋台街がいいかな。マーケットで食材を買って、こっちで調理ってのもできそうだけど」


「あの、社交や外交は……」


「あっちが喧嘩を売ってきているんだから、それが終わってからじゃないかな? こっちは何されても平気だし」


 輸入品や輸出品の規制をされても痛くもかゆくもないゼイングロウ。逆に困るのはメーダイルのはずなのだが、嫌がらせは終わらない。

 こんなにも相性が悪い相手なのだから、不干渉で通せばよいと思ってしまう。

 時折、ユフィリアに接触を試みようとする者もいるがヨルハの視線に耐え切れず逃げていく。

 その様子から、ヨルハがいると都合が悪いのは明らかだ。

 メーダイルの思惑渦巻く社交界より、何も知らない街の人々と会っているほうが気も楽だ。建国祭なので観光客も多く、ユフィリアたちのような外国からの旅行者は珍しくない。

 皇后としてはいかがなものかと思うが、皇帝のヨルハが全く参加をする気がないのだ。

 貴族たちの誘いも袖にするので、業を煮やした皇帝から狩猟大会の誘いが来た。


「……人間に合わせた狩りなんて、遊びにもならないんだし。軟な弓を使うくらいなら、石投げたほうがが当たるよ」


 それは獣人の膂力があってこそだが、ユフィリアは苦笑しかできない。

 だが、ヨルハは暇なのでユフィリアにべったり。嫌ではないがこうも引き籠っていていいのだろうかと段々罪悪感も芽生えてくる。


「一度くらい、行事に参加しては?」


「ユフィ、狩猟大会とか興味あるの?」


「最近は行ったことないので、あまり。子供の頃なら、兄に付き合って見学を」


 ミストルティンでは令嬢は狩猟大会に参加はしない。観覧席で見学するのが主である。婚約者がいた場合は、別の意味合いもある。

 狩猟大会で獲物を、妻、婚約者、恋人に捧げる。愛情のアピールの一つであり、高順位であればそれも盛り上がる。優勝者はその盛り上がりに便乗してプロポーズすることだってあった。

 だが、ユフィリアの元婚約者エリオスはそんな甲斐性はなかった。参加しても途中でサボり、別の女性を連れ込むタイプだ。参加するだけして、成果はゼロ。

 ヨルハが番探しをしている時も浮気をしていて、兄のブライスが怒っていた。

 狩猟大会は夜会やお茶会とは装いが違う。財力や流行に合わせた着こなしを見せるチャンスでもある。エリオスはデート用のイベントくらいにしか思ってなかったのだろう。

 嫌なことを思い出した。スンッと表情が抜け落ちたユフィリアを見て、ヨルハは不快な思い出があるのだと察する。


「やっぱり出ようかな」


「ええ!?」


 声を上げてぎょっとしたのはクオンとレオンだ。だが、彼は互いの口を塞いで押し黙る。

 彼ら以外も驚いていた。ヨルハは貴族のやる児戯以下の狩猟大会に興味がないのを知っていたのだ。ゼイングロウでも狩猟大会があるが、そこでもダントツ優勝なので、暇そうにしているくらいだ。


「ユフィのために、一番の獲物を捧げるよ」


「ご無理はなさらないでくださいね」


 ヨルハが本気を出せば、大物どころか他の人がとる分まで根こそぎ狩り尽くしかねない。

 愛情のエンジンがフルスロットルで回り始めている気配を感じ、ストップをかけるユフィリアだった。


 狩猟大会、二日後だった。

 ヨルハが参加する旨を伝えると、当然ながらユフィリア用の観覧席も用意される。

 もともとヨルハの参加は期待していなかったのに、予想外の賓客が来たので会場はざわめいていた。

女性が待機する観覧席の一角に、ゼイングロウ皇后用の一席が設けられる。

観覧席は小高い丘に設置され、身分が高いほど見晴らしがよい場所に案内される。双眼鏡を使って見ることもできた。

 ユフィリアの観覧席は当然最高クラス。寝っ転がれるふかふかの大きなソファ、料理や飲み物が並んだテーブルなどが大きな天蓋の中に用意されている。

 専用の天蓋が設置されているのはメーダイルとゼイングロウの皇后だけである。観覧席にきているのは王侯貴族ばかりだが、大半は大きなパラソルと椅子とテーブルくらいだ。公爵家などの貴族の中でも上澄みは、見晴らしがよく広めの席になって差別化がされている。

 今日は特に天気が良く、汗ばむ陽気だった。

 天蓋の中には空調用の冷気を出す魔道具が用意され、ミオンが大きめの扇で煽いでくれている。最初はソービとクルトだったが、途中で会話から喧嘩に発展して、トウダに外に出された。

 

(空調の魔道具……どういう仕組みかしら。氷の魔石ってかなり貴重よね。風が出ているから、風の魔石と併用しているのかな)


 正直、天蓋の外にいる貴婦人たちより見たことのない魔道具が気になる。

 ヨルハは参加者側なので別行動だ。離れる時、かなり嫌がっていたがこれは仕方がない。

 ユフィリアは髪を側頭部に纏めて、大輪の芙蓉の簪で留めている。赤のアオザイだ。小さく白い花が刺繍され、金糸で縁取られている。スカートのスリットから薄絹が涼やかに揺れるゼイングロウの伝統衣装の一つだ。ヨルハが安全のため、天蓋――護衛たちが集まったこの場から出ることを、原則禁止している。

 この服装も正装の中では動きやすいから選んだ。コルセットや帯できつく腹部を圧迫しないし、スリットがあるから走れる。


(クリノリンやペチコートを重ねると、重たいし引っ掛かりやすいものね)


 果実水にそっと口をつけながら、周囲の様子を窺った。


「あら、あの獣人……兄弟? 犬? 黒猫かしら?」


「双子なんて珍しい。顔立ちも悪くないし、買い取ったらしばらく自慢できそうね」


 本人たちは声を潜めているつもりかもしれないが、筒抜けだ。ユフィリアに聞き取れるくらいなのだから、本人どころかこの天蓋にいる全員に届いているだろう。

 天蓋の入り口の両サイドには、クオンとレオンが立っている。双子だから、対を成すようになり絵になる。

 二人は聞こえてないように不動だ。彼らだけでなく、護衛全員がそうだ。ここで突っかかっても意味がないと分かっている。でも不快には違いない。


「ユフィリア様、眉間にしわが」


「……ええ、少し暑くて」


 聞こえた会話を、ユフィリアが快く思っていないことを察したミオン。ユフィリアが動いてはいけないと、首を横に振る。

 ユフィリアをいたわるように見つめたミオンは、優しい声で伝える。


「正直あんな臭くて厚塗りの化け物どもに何言われてもと思っていますし」


 ゴファッと果実水のお代わりを注ごうと持ってきたソービと、入り口の双子が吹いた。クルトらしき不自然な咳払いも聞こえてくる。さすがにトウダは笑っていないかと思うと、すごく強張った顔でプルプル震えている。

 多分、この会場にきてメーダイルの貴婦人たちを見て思っていたのだろう。失礼だし、護衛の立場もあるからことを荒立てないため心に秘めていたのだ。

 メーダイルの女性はメイクが強めだ。ナチュラルメイク系が主流のゼイングロウとは違い、くっきりとアイラインを引いて、鮮やかなアイシャドウもしっかり入れる。流行がメタリックな青や緑系なのかラメもばっちりはいっている。口紅はピンクやオレンジではなく赤。それも原色に近い深紅で、チークも頬骨全体に乗せるように広く入れている。

 今日は気温が高いので、香水や香油の匂いも強い。化粧自体も匂いがするので、すれ違うだけで濃厚な匂いが漂っている。


「魚拓ならぬ顔拓……取れそうですよね」


 ミオンが追い打ちをかけてくる。ユフィリアは耐え切れずに視線をそらし、扇で隠しながらも口角が歪むのを自覚していた。


読んでいただきありがとうございました。

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