クルトの成果
新人たち、裏で頑張る。ミオン+双子たちは通常護衛任務中。
ヨルハに命じられ、トウダは多くの荷から手紙を取り出していた。
筆記用具一つでもゼイングロウとメーダイルは違う。それにメーダイル側の態度を見ると、安易に頼む気にもなれなかった。
それにこちらではトウダの姿は酷く浮く。ゼイングロウでも辰や巳の一族でしか出ない鱗の肌。トウダは真っ白なので特に目立つ。
離宮のメイドたちは、人に近い姿のソービには近づいてきた。ヨルハの美しさには色めき立つくらいだったのに、トウダを見ると怯えて逃げていった。
あそこまで露骨に毛嫌いされたのは子供の頃以来である。幼さとは純粋で残酷だ。自分とは違う何かをちょっとしたきっかけで疎み、徹底的に排斥したがる。
一部の子供であっても、狭い世界で生きる子供にとっては辛いできごとであった。
ソービはやたら突っかかってくるけれどあれはライバル心。クルトは気にしていない。彼は好奇心が強いから、外見の少しの違いくらいは個性で受け止める。
人間のユフィリアも、最初は少し驚いていたがすぐに慣れた。
時折、何か聞きたそうな顔をしている。あれは珍しい薬草や昆虫を見た時と同じ、知的好奇心が疼いている時の目だ。ヨルハの羽根や、硬質化したソービの髪などにも似たような反応をするので、獣人固有の能力に興味があるのだろう。
最近は周りの人たちが疎まないから忘れていた。
己の外見は好まれるものではないのだ――特に、この国では。
「…………別にいいか」
ゼイングロウ側だって、全員メーダイルのことを嫌っている。
獣人だからではない。人間であり、その中でも特に温厚なユフィリアですら怒っている。あんな提案をするくらいだから傍目に見ても、メーダイルの非礼は明らかなのだろう。
むしろ、攻撃してくる相手が逃げるのだから使いようによっては便利かもしれない。同僚のソービは、トウダの肌を誉めていたし、マイナス点ばかりではないのだ。
「おや、トウダ。何をしているんだ?」
「ヨルハ様が本国に文を送るから、筆記用具を探している」
「なるほど、では手伝おう」
ふい現れたのはクルトだった。荷物と奮闘しているトウダを見て声をかけたのだ。
今回、ゼイングロウは最低限の人数に絞り込んでいる。いざとなったら、この面子で武力制圧できるようにという戦闘特化の人選だ。
行き先が友好国のミストルティンだったら、もっとメイドや侍女、侍従などの使用人が増えたはずだ。
メーダイルとも和平を結んでいるが、いつ破られるか分からない仮初の関係だ。それに、最近は不穏な動きが多いメーダイルに、緊張が高まっている。
先の結婚式の時でも、メーダイルの影がちらついていた。ミオンたちが無力化された際に、獣人を標的としたと分かる妨害や攻撃の道具が使用されたのは明らかである。
それがきっかけでトウダたちが護衛に選出された。
「お、あったぞ」
目当ての物を見つけたクルトは、トウダに渡す。
本来ならば使用人たちが分別するだろうに荷物だが、ゼイングロウは人手が足りないので手が届かず、メーダイルのメイドはそもそも世話をする気もない。信用ならないので、ある意味では利害は一致している。
トウダは念のため、おかしなところがないか箱を空けて中身を確認した。不自然な点はなさそうで安心する。
「問題ないな。いくぞ」
蓋を閉め、紐でしっかり結んでおく。こうすれば、落としても散らばらない。
護衛たちは、過去にメーダイル側から受けた嫌がらせに目を通している。茶葉のすり替えによる異物混入、寝具に針を仕込む、金具の損傷による大型シャンデリアの落下、皇帝夫妻の散歩中に何故か猟犬が乱入して襲撃などと、これでもかとあれこれと仕掛けてきた記録の数々。
意外と毒が使われないのは、獣人の嗅覚の鋭さを警戒してのことだろう。
その気遣いをもっと建設的な方向に使うべきだと思う。
「そうそう、厩舎で面白い話を聞いたんだ」
世間話をするように、いつもの明るい調子で話し出すクルト。トウダの反応が薄いのはいつものことだから、相槌がなくても気にしない。聞いてはいると分かっているのだ。
「我が国の皇帝夫妻が来ていることで話は持ちきりらしいんだ。結婚直後からありとあらゆる口実で誘い続けて、やっと面子が保たれたなんて言われているらしいよ」
その割には歓迎されている気配がない。
当座の宿として貸し出された離宮は悪くないが、そこに配置された使用人たちの質は最悪だ。
「特に話題は番様である皇后陛下。まあ、ユフィリア様だね。メーダイルからの縁談も来ていたらしいけど、自由恋愛派のこちらとしては釣書で伴侶を選ぶのは性に合わないから仕方ない」
縁談が持ち込まれていたなんて知らない。微塵も噂ですら出たことがない。
番探しが始まるまで大変だった。伴侶を探す気がなくひたすら渋るヨルハを、シンラとコクランが説得していた印象しかない。
「ユフィリア様はゼイングロウに来る前、生粋のミストルティン人だった。一度たりともメーダイルに留学どころか、旅行すらしたことがないはずなのに、あのお方について妙な噂が回っている」
ゼイングロウに着いてからもヨルハが厳重に囲い込んでいたはずだ。
その行動範囲は、すべてヨルハの監視下だった。ユフィリアは普通の人間の少女だし、周囲にヨルハの手の者が潜んでいることなど、気づいていないけれど。
住まいは精霊の木だから、人間が辿り着くのは難しい。ヒト族至上主義を掲げるメーダイルの兵は、大半が人間だ。魔法師団にエルフもいると聞くが、ヨルハの目を掻い潜るほどの手練れがいるとは思えない。
ユフィリアが錬金術に精通し、薬の調合や薬草の栽培を手掛けているなんて、ゼイングロウでも一部にしか伝わっていないはずだ。どこからその情報が漏れたのだろう。
知らずに表情が厳しくなるトウダに、クルトは変わらぬ笑みで続けた。
「噂がね、広がっているんだ。かの皇后は『緑の手』の持ち主だと」
「緑の手?」
聞いたことがない単語だ。トウダが首をかしげると、クルトは頷く。彼もまた、知らない言葉だったのだ。
「なんでも、自然から恩恵を受けやすい者や、大地に愛された者を示すらしい。その手の持ち主が育てれば、植物が良く育ち豊穣が約束されるそうだ」
そんなお伽噺のような能力があるのだろうか。トウダの表情には露骨な疑いが出ている。
確かに、ユフィリアの作る薬は好評だ。自分で育てている薬草畑も順調だ。ついこの前も、弱った桑の木を見事に元気を取り戻した。
「……エルフじゃなくて?」
「魔法ではないからね。珍しいけれど、そう言った人間は本当にいるらしい。だが、問題なのはその稀少な能力の持ち主を、メーダイルは長年にわたり血眼で探しているらしくてね」
ここで一気に話がキナ臭くなる。
メーダイルが欲している人材を、偶然とはいえ仇敵ゼイングロウの皇帝が手にしているなんて業腹だろう。
同時に、奪ってやったらどうなるだろうとか考えていそうだ。
「噂好きや口さがない連中は我が国の番様を、バーデン陛下の側室に召し上げるなんて言っているらしい」
トウダは思わずクルトのほうへ振り返った。
ヨルハからユフィリアを引き離すなんて、ましてや他の男をあてがうなんて間違いなく激昂する。メーダイルの地図を書き換えたいのだろうか。下手をすればメーダイルという国名が、この周辺国の地図から消える。
「……冗談にしては性質が悪い」
「冗談だったら良かったんだけどね。割と本気らしいよ。本当に『緑の手』の持ち主でなくても、間違いなくヨルハ様やゼイングロウを盛大に侮辱できるからね」
頭がおかしくなっているとしか思えない思考回路だ。トウダには全く理解できない。
外交上、貴人として優美に振る舞っているヨルハだが、その本質はかなり淡白だ。興味が薄い相手には、とことん無関心。寵愛を注ぐユフィリアには甘々だが、彼女を害す相手にはどこまでも冷酷になる。
今回の訪問だって、かなり嫌々来ているのだ。
「メーダイルは学習能力がないのか?」
「シンラ様やコクラン様の時もやっていたそうだから、懲りないよね」
頭にわらび餅でも詰まっていそうな危機管理のなさに、トウダは声を低くして唸る。それに同意を示しつつ、クルトは肩を竦めたのだった。
幻獣である二人すら止められないのだから、その二つ上の格をいくヨルハの逆鱗に触れた場合を考えられないのだろうか。
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