メーダイル流の歓待
招待しておいて歓迎されてない。
ゼイングロウの道中、ユフィリアとヨルハは同じ馬車で移動する。
道中、ユフィリアには穏やかなで接しているが、ふと外を眺めている時の視線が鋭い。
(ヨルハ様……警戒なさっているわ)
漠然とした緊張ではない。それよりもっと危険性を前提に考え周囲へ注意を払っている。
二人の結婚式は、当然ながらゼイングロウ国内で行った。今回はメーダイルに赴く。相手の領域に飛び込むのだ。
今は平和条約が締結されているが、いつメーダイルが破棄をするか分からない。建国祭で何かしら揉め事が起き、それがきっかけになるかもしれない。
メーダイルを調べると、大体二十年ごとくらいに揉めている。皇帝が番たる妻をめとると、ほぼ確定で和平条約は破綻する。
原因は、メーダイルからの侮辱行為。主に皇后や子供たちへの攻撃行為がきっかけだ。
現役皇帝=ゼイングロウの最強獣人だ。攻撃しても返り討ちにされるから陥れる矛先は自然と彼らの愛する者たちへと向かう。その皇帝が最も慈しむ者が標的になるのだ。
基本は冷静な歴代皇帝たちも己の番が危機に陥れば、一気に激昂する。いつもなら一歩引いているゼイングロウ側が一気に好戦的になり、メーダイルとの関係が悪化するのだ。
つまり、今はユフィリアが一番危険だ。
ヨルハはきっと、ユフィリアを連れていくことを快く思っていない。
皇帝やゼイングロウの体面より、ユフィリアの安全を優先したいからだ。
今回、シンラとコクランはゼイングロウに残っている。もし、メーダイルが即座に戦争を仕掛けた時、ヨルハが戻るまで国を守る者が必要となる。
シンラとコクランは若い頃にメーダイル相手に暴れた経歴もあるので、牽制にもなるだろう。
途中、何かしらあるかと思いきや不気味なほど予定通りだ。
城についた後、メーダイルから賓客として歓待を受ける。抱き着かんばかりの大袈裟な笑顔が、外交官の顔に張り付いている。
外交官は丸いビール腹をした豊満というより、肥満体型だった。豪奢なシルクシャツや深紅のベルベットの上着と大粒のルビーのタイピンなどで飾り立てて、胴体はやたらとボリューミーだ。半面、頭髪はやや寂しく、それでも何とか整えようと努力して整髪料を塗りたくっている。そのせいで頭頂部にただでさえ少ない頭髪が、ぺったりと力なく張り付いていた。
毛艶命の獣人たちは、その憐れな頭髪に一瞬目が死んだ。憐れみすらある虚無である。
髪や体格より別のことが気になった。やたらと満面の笑顔が不自然で、ユフィリアは引っかかりを覚えた。
もちろん、国の要人が来ているのだから素の態度で接するとは思っていない。メーダイルと言えば、ヒト族至上主義を掲げており、獣人を見下している。
しかし、国力の差はゼイングロウに軍配が上がる。武力もそうだが、広大なゼイン山脈を有しているので資源も圧倒的なのだ。肥沃な土地もあるので、貿易で食糧を規制しても通用しない。
メーダイルはゼイングロウを無視できないのだ。表は穏やかに友好的に接さなければならない。
(たとえ、本心は違っても……)
ユフィリアも社交界で鍛えた淑女の笑みを浮かべたまま、ヨルハの傍に寄り添っている。
侍女としてソービも控えているし、ミオンたちも護衛の配置についていた。
「ええと本来ならが謁見の間にご案内するのですが、少々問題がおきまして……」
「それは大変ですね。メーダイル帝国は大国ですし、国の有力貴族も多くいます。交流のある国からも、多くの来賓がお越しになっているはずでしょう」
ヨルハが普段は聞かない猫かぶりの声を出す。ユフィリアを甘やかしたり、甘えたりする時の声とも違う、よそ行きの声としゃべり方。
これが外交の『皇帝ヨルハ』の顔なの。ユフィリアは初対面の時を思い出すが、ちらりと見上げたヨルハの黄金の瞳はちっとも笑っていない。
圧倒するような美貌は、笑みと言って差し支えのない形をしているが、本当の彼の笑みを知っているユフィリアからすればとんだ作り物だ。
ヨルハとろくな交流のない外交官は気づいていない。ニコニコと笑っているが、笑顔で何かを誤魔化し押し切ろうとしている。
「お待たせするのも申し訳ないので、先にお部屋にご案内いたします。少し歩きますが、王城でも広く歴史ある離宮が皇帝陛下と皇后陛下のお使いになる場所となります」
王宮から離れている。つまり、利便性の悪い場所だ。
メーダイルで重要視される賓客は、広さではない。メーダイル皇帝や皇族の住まう部屋からの近さで示す。最も重要視するなら、皇帝の住まいの一角を貸し与える。ゼイングロウの勢力を考えれば、それくらいしてしかるべきだ。
ユフィリアはそっと扇を開いた。笑みはきちんと浮かべていても、不快さで口元が歪んでしまいそうである。
通された離宮は馬車を使って移動する必要があるほど遠い。メーダイルの風習をヨルハが知らないとは思えないが、何も言わないことから理由があるのだろう。
外交官は離宮の内部――ギリギリ玄関まで案内すると、逃げるよう去って行った。あとは離宮付きの使用人たちに投げたのだ。
使用人たちは最初、ねめつけるようにユフィリアたちを見た。獣人の国から来た蛮族の顔を拝んでやろうと言う視線だったが、二人を見て硬直した。
美しい。
皇帝は独特の雰囲気が印象的な高身長の美丈夫、そしてその隣にいる妻は少女のような可憐さと月の女神を思わせる神秘的な美貌の皇后だ。
実物を見るまで、巨大な毛むくじゃらが来るとでも思っていたのだろう。美の暴力に目を白黒させ、何が起こっているか理解できないとありありとその顔に書いてある。
ユフィリアはにこりと笑みを浮かべ、扇を閉じた。
「まずは休めるところに案内してもらえるかしら? ソービ、お茶とお菓子の用意を」
客である貴人に見惚れて職務を忘れている怠慢な使用人。その程度が集められた離宮をあてがわれた。それなら、その杜撰な考えを利用させてもらう。
メーダイルの使用人が呆けている間に、ソービは返事と共に頭を淑やかに下げて、速やかに仕事に取りかかっている。本来ならば、この腑抜けたメーダイルの使用人たちがやるはずだ。
ヨルハたちが国に到着した時点で、湯と茶葉、そして茶菓子の用意を完璧にしてしかるべきなのに、この体たらく。
とりあえず、何とか休める部屋は案内してもらえた。
「ヨルハ様、よろしいのですか?」
ユフィリアは使用人の質の悪さに驚いていた。ユフィリアがゼイングロウ風のドレスを着ているのが物珍しいのもあってか、露骨に視線が追ってくる。ヨルハが睨むと散るのだが、一人でいると鬱陶しい。
ヨルハはソファに腰かけ、ユフィリアを手招く。
「まあね。想定範囲内だ。シンラとコクランが色々壊したから、警戒してるんだろう」
そう言って、ヨルハは離宮を見渡す。歴史を感じさせる重厚な造りだが、大理石の床は綺麗に磨き上げられているし、シャンデリアも輝いている。壁も綺麗だし、たくさんの壁画や絵画が飾られており、全体的に手入れされていた。
庭は緑が多く、色鮮やかに咲く季節の花が見える。自然が多いとゼイングロウを思い出し、少し安心した。
「それにシンラから聞いていたけど、メーダイルの城って臭いんだよな。脂粉や香水以外にも、色々ぐちゃぐちゃ混ざって気持ち悪い」
鋭敏な感覚を持つ獣人には辛いのだろう。ユフィリアはそこまで分からなかった。
確かに少し匂いの強さは感じた。南方で温かいので、香りを感じやすいだけではなかったのだ。
ゼイングロウでは香水を使うことはほとんどない。使うとしたら人間か、嗅覚が鈍い格のない獣人である。
ユフィリアの近くには高い格を持つ獣人が多くいたので、香りが強いものは避けていた。香油を使うことはあっても匂いのきつくない物にしている。
何よりヨルハはユフィリア自身の匂いが好きだといつも言うのだ。現に、今もユフィリアにすり寄っている。
「ユフィが一番。ユフィ……すごくいい匂い」
「それはお風呂後にしてください……今は長旅の後ですから、ちょっと」
そっとユフィリアに引き剥がされ、ヨルハはしょんぼりしている。
シンラたちも良く言っているが、番の香りはいつだって至高なのだ。どんな高名な調香師が作った香よりも素晴らしい。
「じゃあ一緒にお風呂入ろう!」
メーダイルはすごく臭いのだ。田舎のほうはそうでもないが、都会というか帝都、王宮と進むにつれて臭いがきつかった。
香水も土産物として人気だが、ヨルハは受け付けがたい。ユフィリアにこんなものが付いたら、素晴らしさが損なわれる。
ミストルティンもちょっと臭うけれど、この国は比較にならないくらい強い。
「ユフィに癒されたい」
ひしっとユフィリアが逃げないように抱きしめるヨルハ。潰さないように手加減はされているがユフィリアが一生懸命に指から解こうとしても、一本も動かない。
駄々っ子モードのヨルハだが、この状態の彼の攻略法はもう知っている。
「私は喉が渇きました」
「お茶にしよう。ソービはまだ戻ってこないのか?」
すぐに姿勢を正したヨルハは、愛する番の喉の渇きが一刻も解消されることを優先した。
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